勇者シェフ ウォッシュボード その2

 勇者襲来の警報が響いてから半日ほど、すっかり静まり返った魔王城応接室では勇者と魔王が向かい合って座っていた。


「それで勇者よ、再度確認だが、本当に貴殿に戦う意思はないのだな?」


 フォルテはもちろんのこと、モニカやボンゴ、コト、シンバ、チャイムにアコール・ディオンに至るまで一同がこの場に介していた。

 多くの部下に囲まれ、フォルテは威厳を保つために荘厳な態度を取っている。


「くどい!何度も言わせるな!!」


 勇者は先ほどから長く待たされたためか、苛立ちを感じさせながら答える。


「ウォッシュボード様?ここは敵陣で御座います。どうか落ち着いて下さいませ」


 勇者ウォッシュボードの傍らには彼に付き従うように老執事が立っている。


「わかっている、ネイル。そもそも何で君までここに来た?」


 老執事のネイルはため息をつきながら主人の質問に答える。


「お仕えする主人が単身敵陣へと出撃なさったんです。例え死地であろうと、ご一緒するのは当然で御座いましょう?」


「まったくお前というやつは、別に武器を持って戦いに来た訳じゃないだ。家の者にもそう伝えていたはずだが?」


「それでもです!何かあっては一大事で御座いますから」


 ウォッシュボードは何を言っても無駄と悟り、話し相手をネイルからフォルテへと切り替える。


「それで魔王よ、私は武器を取って戦いに来たのではない。是非、料理の腕で勝負したいのだ!!」


「え?」


 フォルテはまさかの提案に威厳を忘れた素の声で驚いた。


「料理って、お前を美味しく食べちゃうぞーってことかしら?」


 チェイムが可愛らしく恐ろしい事を言ってくる。


「魔族の風習はよくわからんが、私の言ってる料理の腕とは食材を使って調理し、その美味しさを競うことだ」


 ウォッシュボードは真面目に答える。


「安心してください。魔族であろうとも料理の認識は人間と同じです。こいつ一人の価値観がおかしいだけですので」


 アコール・ディオンが困惑するウォッシュボードに真面目に答える。そのついでに横やりを入れたチェイムの頭に拳を振り下ろす。


「いたーい!ただのユーモアだったのにぃ!!」


 抗議の声を上げるチャイムを、今度は目線のみで黙らせるアコール。心臓に悪い冗談に対して、フォルテも気が気ではなく、チャイムを陰から睨んでいた。


「ん?どうしましたフォルテ様?そんなに熱い視線送って、可哀想な私を気遣ってくれてるんですか?」


「そんなわけないでしょ!」


 チャイムの的外れな意見に、慌てて否定を返し目線を逸らすフォルテ。


「オホン!!それで勇者殿?料理で勝負とはどのような形式をご所望かな?」


 話を本筋へと戻すべくアコールがこの場を仕切った。ウォッシュボードもやっと話が進められると安堵し、話始める。


「それぞれの陣営で料理のフルコースを作って貰い、その美味さを競い合う。一品ずつ勝敗を決め、勝利数の多い方が勝ちとする。これでいかがかな?」


「それで、負けた方はどうなるのだ?」


 フォルテは自分の身を案じてウォッシュボードに伺う。


「こちらの要件は、魔王領に伝わる伝統料理。魔王焼きを勇者焼きに改名してもらう!!あの料理は兼ねてより、我がウォッシュボード家に伝わる秘伝のソースがあってこそ。それを先代の魔王に盗まれたのだ!この屈辱は子孫である私が晴らす!!」


 ウォッシュボードは怒りを込めて力説し、机を強く叩く。その勇ましい姿に後方で控えるネイルは涙をハンカチで拭っていた。


「え?それだけ?それなら別に勝負なんてしなくて、改名して貰っても,,,」


「何をぬけぬけと!!あの料理は先代魔王様が苦労して作り上げた至極の一品。それを盗んだなどと?改名しろなどと!?おこがましいにも程がある!!」


 快く提案を受け入れようとしたフォルテを遮り、アコールが激高して声を上げる。


「何をそんなに怒っている?怒るということは自らの非を認めたか?それとも先代亡き後、料理の腕も鈍って勝負を避けたいのか?それなら素直に負けを認めてもいいんだぞ?」


 アコールの迫力に負け、口を紡ぐフォルテと違い、真正面から言い返すウォッシュボード。


「いいでしょう!そこまで言うのならば、その勝負受けて立ちましょう!!もし、負けて改名とあらば先代様に合わせる顔がございません!その時は素直に魔王様の命も差し出しましょう!」


「えぇっ!?そんな、勝手に!?」


 勢いに乗るアコールの言葉に驚きの声を上げるフォルテ。そんなフォルテの肩を頼もしくモニカが叩いた。


「ご安心ください!フォルテ様!!」


「モ、モニカさん!?」


 自信に満ちたモニカの顔にフォルテは強力な味方を得た気になる。


「今まで食べた魔王焼きの枚数は数知れず。しかしその味はしっかりと私の舌は覚えています。その私にかかれば料理の一つや二つなんてことありません!」


「もしかして!?今まで隠していた料理の才能があったとか!?」


 モニカの意外な才能に身震いするフォルテ。


「作ったことはありませんが、まぁ何とかなりますよ!」


 モニカの無責任な発言によりフォルテの不安は一気に増していく。


「それではフルコースメニュー、オードブル(前菜)、スープ、ポワゾン(魚料理)、ヴィアンド(肉料理)、デザートの五品で勝負ということで。審査員はちょうどドワーフの大使が駐在しております、彼らは中立的立場ですし、何より食に関しては妥協を許しません!彼らにお願いするということでいいですね?」


 一人落ち込むフォルテを他所にアコールとウォッシュボードは話を詰めていく。


「それで問題ない。では来週のこの時間に材料を揃えて、また伺う」


 ウォッシュボードはそう言うと、席を立ち呆然とするフォルテを一瞥し魔王城を後にするのだった。

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