勇者シェフ ウォッシュボード

「ウォッシュボード様!ウォッシュボード様!!いったいどちらに!?」


 タキシードを綺麗に着こなした白髪の老人が、慌ただしく広い城内を詮索している。老人が一生懸命に呼びかけても、その声に返事をする探し人は現れない。


「おい!?お前たち、ウォッシュボード様を見かけなかったか?いいか、誤魔化そうとしても無駄だぞ!」


 老人は眼光鋭く近くにいたメイドに主人の所在を尋ねる。


「ネイル様、どうかわたくしが言ったことはご内密にして下さいますか?」


 ネイルと呼ばれた老人は、部下であるメイドを呼び止め急かす気持ちを抑えきれずに質問を繰り出す。


「わかっている。申せ!」


「城主様は、先ほど献上されました、未知なる料理に大変感銘を受けたとかで、その、産地へ赴くと早々に旅立たれました!」


 女性は震えながら今も睨みつけてくる老人、執事長のネイルに告げる。


「まったくあのお方は」


 ネイルは天を仰ぎ、顔を手で覆う。しばらくしてネイルは決心したかのように目を向いた。


「私も出かけてくる。後のことは頼んだぞ」


 見た目とは違う俊敏な動きで、ネイルは城主、ウォッシュボードを追いかけ魔王城へと向かって行くのだった。


★★★


「うんまぁーーい」


 様々な飲食店が軒を連ね賑わいを見せる繁華街のさらに奥、ひっそりと佇む古びた屋台で女性の感嘆の声が上がる。


「さすが評判通りの有名店ですね、フォルテ様!たしかに絶品です!うますぎますぅ」


「えぇ、ほんとにいつ頂いても絶品ですね」


 料理に舌鼓を打つモニカの横で同じく料理を堪能するフォルテ。


「こんなに美味しいのに、月に三日しかお店開けないなんて、勿体ないですよー」


 モニカの食べっぷりを見て屋台の店主はニコニコであった。


「いやー、そんなに喜んで食べてくれるなんて嬉しいねぇ。無理して店を開けて良かったよ。でも、俺ももう歳だしね、正直この店だって半分趣味みたいなものだからさ」


「そんなー、まだまだこれからですよー。たまにしかこれを食べられないなんて残念です」


「俺も、もう1500歳を超えたんだ、そろそろ引退の時期さね」


「えー、そんな引退を考える歳じゃないですよ!まだまだ若いですって」


 大きい亀の甲羅を背負った甲殻人種である店主、見た目からはその歳は分かりずらい。長命な人種なので、数千年は生きると言われている。

 同じくらい年齢不詳なモニカ、もしかしたら彼女の方が本当に年上なのかもとフォルテは心配していた。


「まぁまぁ、そんな無理を言っても主人も困ってますから。でも、せっかく気に入ったこの味が食べられなくなるのは悲しいですね」


「そんな貴重な品をフォルテはホイホイとよその国に配っちゃうんだから、もったいない!」


「これだけ美味しいので、友好を深めるには最適と思ったんですよ」


 フォルテは目の前に置かれた皿を見つめる。そこには魔王領でしか取れない芋をベースに焼き上げたデザート、通称”魔王焼き”と呼ばれる名産品が皿に乗せられていた。この料理は、何代か前の魔王が、兵糧として使用されていた料理をアレンジしたもので、それがいつの間にか一般庶民に普及したものであった。


「うーん、せめてこの秘伝のソースだけでも再現出来れば!」


「ソースのレシピはもともと魔王が考案したものはないらしいんだけどな」


 モニカの言葉に店主が反応する。


「そうなんですね!?なら、そのレシピ教えて下さい!!」


「ははは、お嬢ちゃん。そいつぁ企業秘密なんだわ。まぁ、俺の弟子になるってんなら、そうだなぁ、100年後くらいには教えてやらんこともないけどな」


 モニカはお皿に残った甘酸っぱいソースを丁寧に舐めとりながら考える。


「意外と直ぐに教えて貰えるんですね、朝昼間食付き、おやつ込みなら考えます!」


「とても教えを乞う態度に見えませんね。そもそもソースのレシピ教えて貰っても、料理したことないでしょ?モニカさん?」


 必死に考え込むモニカに向けて、フォルテは冷ややかに告げる。


「何言ってるんですかフォルテ様!!レシピを教えて貰ったら、フォルテ様が作るんですよ!?」


「なんで僕が!?」


 モニカも自分に料理の才がないことは認めているようで、最初からフォルテをあてにしていた。


「なんだ坊主?お前が弟子になるのか?」


 先代が残した味を子孫が守る、フォルテは一瞬そんな考えも浮かんだが、すぐに首を振った。


「そんな、そんな!ただでさえいつも勇者に邪魔されて仕事が溜まる一方なのに、これ以上手が回りませんよ!」


「えー、フォルテ様がここの味を守って下されば、毎日美味しい魔王焼きが食べれるのにぃ」


 フォルテの言葉に残念そうにモニカが答える。彼女にとっては、食欲が第一なようであった。

 そんなやり取りを進める二人に不意に声がかかる。


「あっ、フォルテ様!?こんなところに居たんですね!?探しましたよ」


 魔王焼きの残りに箸をつけていると、声と共に可愛らしい犬の耳がフォルテの視界に入る。


「あっ、シンバくん!どう?一緒に食べる?魔王焼き」


 獣人であるシンバに向けてモニカは一緒に食事へと誘う。

 フォルテの補佐役を務めるシンバは神妙な顔をしながら、その誘いを断ってくる。


「いえ、それよりお食事中申し訳ありませんが、いま城に勇者が来ておりまして。フォルテ様には早急にお戻り頂きたいのです」


 シンバの態度に嫌な予感を感じていたが、そのフォルテの予想は見事に的中する。


「えっと、いま食事中ですし、どうしても戻らないとダメ?」


 フォルテは何とか抵抗を試みる。


「ダメです!!」


 フォルテの抵抗虚しく、キッパリと吐き捨てるシンバ。


「ほら僕がいなくても、ボンゴさんや、コトさんもいることだし」


 フォルテは頼れる四天王の面々を告げる。


「はぁ、出来れば私もお食事くらいはゆっくり取らせて差し上げたいのですが、今回の勇者はちょっと変わっておりまして,,,」


「変わってる?」


 シンバの言葉に首を傾げるフォルテ。


「何言ってるのシンバくん?変わった勇者なんて、いつもの事じゃない」


 モニカはシンバの言葉を聞いて、笑いながら答えていた。

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