ハーレム勇者 ミハルス その3
「おいおい、喧嘩はよしてくれ。今こうして俺たちの目的である魔王と対峙してるんだ、今すべきことは言わずとも分かってるだろ?」
「私たちにとっては魔王なんかより、あなたの事の方が大事なの!」
「そうよ!ミハルスがはっきりしないのがいけないんだからね!」
「でも、そんな優しいミハルスも好き…」
女性たち三人が次々に勇者ミハルスに言い寄っていく。その光景を悪鬼のごとき形相で見つめる魔王軍の三人。
「やっちまいましょう!四肢をもぎ取って、塵も残さず消滅させちまいましょう!!」
これまで自らに受けた苦痛を恨みに込めてなのか、ボンゴが今までにないくらい怖い顔でフォルテに告げる。
「えぇ、彼をここから生きて返すことは許しません!」
「ウォウォォォォーーーン!!リア、ジュウころす」
フォルテの支持を受けて、怒りで野生を取り戻したシンバが遠吠えを発する。
「いやぁーん、ハミルス、あの人たちこわーい」
「大丈夫だよビーナ!君たちは僕が必ず守る!!」
「もういいから、死ねやーーー!」
いつもは騎士道を重んじるボンゴであったが、今回に至っては逆上しているのか、耐えきれずにミハルスに斬りかかる。
しかし、ボンゴの怒りを込めた一撃もミハルスは冷静に見極め寸前でかわす。
「なんだ君は!いくら敵とはいえいきなり斬りかかってくるなんて、不謹慎じゃないのか?」
ミハルスは頭を守りながらボンゴの非礼をせめる。
「ぐぬぬぬ、その清々しいまでの姿勢が逆に我々の怒りを駆り立てる」
勇者の言動に奥歯を噛みしめるフォルテ。
「フォルテ様?ちょっとお耳を拝借」
なにかに気づいたのか、シンバが正気を取り戻し意地の悪い表情を浮かべながらフォルテに耳打ちする。
「ほぉぅ、それはいいことを聞きました。シンバさん、お手柄です!」
フォルテから手柄を褒められたシンバは恭しく一礼する。
「ちょっとぉ。なにこそこそと言ってるかしんないけど、あんたたちじゃどう頑張ってもミハルスに勝てるわけないんだからね!!」
フォルテたちの実力を察してか、魔法使いのキリコが声を荒げる。
「うっさいブス!!取り巻きは黙ってなさい!」
「な、何ですって!?獣の分際で、あんたなんて見た目でも力でもミハルスの足下にも及ばないんだから!!」
「その言葉、よく噛みしめておきなさい!」
戦闘員ではないシンバがせめてもと相手に向かって吠える。その間にフォルテはボンゴに作戦を伝え三人は再度臨戦態勢に入る。
「ボンゴさん、シンバさん、参りますよ!」
フォルテの独特な言い回しに反応してボンゴとシンバが動く。狙うは勇者のみ、三人は玉砕覚悟で一矢報いようと団結していた。
「ミハルス気をつけて!こいつらの意思は並じゃないわ!」
女剣士シタールの言葉にミハルスは必死な表情で答える。
「分かっている。しかし、こんな無謀な突撃なんてこっちに取っては格好の的!望み通り、切り刻んでくれる!」
勇者の言葉通り、無謀に突撃してくるフォルテたちにミハルスの剣舞が襲いかかる。
「ここは俺が引き受ける!フォルテ様は気にせず先に、」
「ボンゴさんを壁にして進みます!!」
「分かってます、フォルテ様。ボンゴ様のことは気にせず行きましょう!」
ボンゴが男気を見せようと動き出したが、もともとボンゴを囮にするつもりだった二人は気にすることなく進む。ボンゴが寂しげな顔で切り刻まれていくのを横目で見ながら、フォルテたちの突撃は続く。
「フォルテ様!右から来ます!」
「ほっ!!あぶなぃ」
シンバの指示を受けて取り巻きの女たちの攻撃をかわしていくフォルテ。
「さっきからなんなの!?あんな素人丸出しの動きなのに、全然攻撃が当たらないじゃない!」
「シタール!よく見て、全部の指示はあのコボルトが出してるわ!先にあいつを捕まえて!!」
魔王使いのキリコが冷静に全体を見渡し剣士シタールに指示を出す。
「そうゆう事かい!ワンちゃん、おいたが過ぎたみたいだね!!」
「キャウン!!」
シンバはあっ気なくシタールに首根っこを掴まれ、観念したように耳を垂らす。
「シンバさん!!あなたの思いは無駄にしません!!」
一人残ったフォルテは仲間の犠牲により、なんとか勇者ミハルスの背後を取る。
「しまった!」
「取ったぞーーーーー!!」
驚愕の表情を浮かべるミハルスに対して、勝ち誇ったかのように右手を上げるフォルテ。
その手にはふさふさの髪の毛が握られていた。
「えっ!?ミハルス、あなた、まさか…」
「み、見るなー!見ないでくれぇ」
光り輝く頭を必死に隠そうとするミハルスに女性たちの視線が集中する。
「はははぁ、どうだ女どもよ!これが愛しの勇者様の正体だ、幻滅したか?嫌悪したか?どうせ女なんて男の上辺しかみてないんだ!」
まさに魔王といったフォルテの言葉、すべてが憎悪に満ちていた。
「すまない、君たちを騙すつもりはなかったなんだ。勇者として冒険を続けるうち、サイズの合わない兜や、気密性の高い兜、そのすべてが私の頭皮を酷使していった。そして気付けば私の髪はこれ以上ないダメージを追っていたんだ」
職業病ともいえる名誉の負傷、その頭を輝かせながら凛々しく立ち上がるミハルス。
「ごめんなさい、そんなつもりはなかったのミハルス。ただ、ちょっと驚いてしまっただけで」
「えぇ、そうよ。どんな見た目だろうと私たちの気持ちは変わらないわ。ねぇそうでしょ?」
ビーナの言葉に他の二人が力強く頷く。
まさかの理解ある言動に開いた口が塞がらないフォルテ。
「ありがとう、ありがとうみんな。魔王よ、君のおかげで私は偽りの自分を脱ぎ捨てることができた。本当になんとお礼を言っていいのか」
「あ、あぁ」
「この感謝は言葉では言い尽くせない」
「あ、そう、ならこのまま帰ってくれる?」
フォルテの悲痛な願いを快く受け入れる勇者ミハルス。魔王の間には虚しさだけが取り残されていた。
「フォルテ様、負けましたね」
しょぼくれて耳を垂らしたシンバがフォルテに駆け寄る。
「えぇ、完全敗北ですよ。あそこまで言われたら引き下がるしかありません。シンバさんも、ボンゴさんも本当にお疲れ様でした」
労いの言葉を受けて朽ちかけていたボンゴと思わしき存在が微かに反応する。それを横目に見ながらフォルテは顔を引きつらせた。
「明日にはボンゴ様も元通りになると思いますが、我々の心の傷までは元には戻りません…」
シンバが涙ながらに訴える。その悲しい遠吠えは城の隅々にまで響いた。
★★★
一方盛り上がりも鳴りを潜めた宴会の場では、皆が酔いつぶれていた。
「お姉さま、私はまだ飲めますぅ」
「モニカぁ、もう、一軒行くわよぉ!付き合いなさいよねぇ」
「もう、お母さん、いい加減にして!」
立つ気力もないコトとバラライカに対し、ベルが献身的に介抱している。
「しかし、ほんとに忘れちまったのか?ババァ?」
「人を年寄り扱いするもんじゃありませんよ」
「なんだい、寂しいじゃないか。なんとか言ってくれよ」
さっきまでの威勢はなく、どこか寂しそうなモニカ。そんな心情を察することなくグラビネは飄々と杯を傾ける。
「あーあぁ、こんなことならフォルテ様のとこにいれば良かった」
「お姉さまぁ、私というものが隣にいながら聞き捨てなりませんわ!」
モニカの呟きに対し敏感に答えるコト。
「なんだか寂しくなってきたね。旦那に差し入れでも持って行ってやるか」
なんだかんだとボンゴの心配をするバラライカを笑顔で見上げるベル。
「なんだい、ベル?にやにやしちゃって?」
「なんでもない!さっ、パパの所に行こ!」
照れた仕草を隠しながら立ち上がり、出口へと向かうバラライカとコト。
「私は飲み足りないし、しょうがないシンバでも誘おうかな」
コトは疎外感を感じ、シンバを誘うべく店を後にする。
「ほら、お嬢ちゃんも。待っていてくれる人のところにおかえり」
動こうとしないモニカに対し、グラビネが背中を押す。
「わかってるわよ。本当にムカつくババアね」
口悪く返しながらも笑みを零し、モニカもフォルテの元へと帰って行くのだった。
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