ハーレム勇者 ミハルス

「まったくうちの旦那ときたら、毎回毎回傷だらけで帰ってきて!!まぁそれはいいのよ!なんて言っても、傷は漢の勲章だからね。そんな多くの傷を背負った旦那に惚れたってのもあるし、私も文句はないわよ。でもねぇせめてこうね、人としての形を保って戻ってきて欲しいのよ」


 城下町の片隅にある酒場、賑わいこそないが隠れた名店的な店構えは知る人ぞ知る優良店であった。

 すでに数件回ってここに辿り着いたであろう客の一人が、連れの二人に向けて愚痴を零している。


「いやぁ、わかるよ。うん、わかる。姫様の言うこともよぉぉく、わかる!」


 酔いが回っているのか、適当な相槌を打って先ほど愚痴を零していた大柄な女性の肩を叩く女性。


「もぉにかぁ!あんたならわかってくれると思ってたわぁ。あんな貧相な魔王に好き好んで仕えてるあんたなら、わかってくれると思ってたわよぉ」


「あぁ、てんめぇ、誰のご主人がボンクラで虚弱でイケメンで可愛らしいですってぇ?」


「モニカお姉さま、一字一句共に会話が成立していませんわ。しかも酷評と賛辞が同居して何を言いたいのかわかりません」


 大柄で旦那の愚痴を言い続ける元王女であったバラライカ、相槌を打ちながらも会話が成り立っていないモニカ、そして二人と同じくらい酒を飲んでいても一向に態度の変わらないコト。

 三人は定期的に集まってはこうして賑やかな宴を開いていた。


「おちびさん、あんたもいつまでも女のケツばかり追いかけてないで、現実見なさい。ほら、あの小さいワンちゃんとなんてどうよ?お似合いじゃない?」


「全ての種族を含めてもモニカお姉さま以上の人はいません!それに誰があんな臆病で頼りないシンバとなんか!」


 険悪に言い合っているバラライカとコトであったが、仲が悪いわけでなく、ある程度の悪口はお互い許しあえる仲であった。


「それにしてもお姉さま?今日はずいぶん遅くまで飲み歩ていますが、お城へは戻らくていいんですか?」


 コトはモニカがこの場にいることにより、勇者が攻めてきた時の対処が出来なくなることを心配していた。


「いいのよ、あんなヘタレ魔王様、いなければ少しは私の有難みもわかるってもんよ!!」


「お姉さま、それで魔王様が討たれでもしたら、逆にこちらが魔王様の偉功を認識することになるかもしれませんが、」


「大丈夫、大丈夫!城には旦那もいるんだから。身を挺して職務を全うしてくれるわよ!ちなみに、あんたのとこはちゃんと遺族年金でるんでしょうね?」


 モニカもバラライカも男たちの心配はまったくしていなかった。


「そうですね、戦死の場合は遺族年金が支給されますよ。それとは別に死亡退職金、役職に応じた特別弔慰金も支給されます」


 コトも真面目にバラライカの質問に答える。


「あぁ、そういえば。旦那が細切れにされたとき振り込まれたわね。あれがそうだったのね」


「それは恐らく間違って支給されたんでしょう。ボンゴ様への死亡判定は常識が通じないですからね、ちゃんと返還してくださいよ」


 コトはバラライカを問い詰めるが、彼女は笑って受け流す。


「あー、やっぱりここにいたんだ?帰りが遅いから心配したのよ!」


 急に発せられた場違いな可愛らしい声に、一行は揃って声のした入口へと視線を向ける。


「あぁ、ベル!わざわざ迎えに来てくれてのかい?」


 バラライカの娘であるベルは頬を膨らませて感情を目一杯表現する。


「ベルちゃん、こんにちは。お母さんのお迎え?偉いわねぇ」


 一人まともなコトが席を立ってベルを迎え入れる。


「いえいえ、いつものことですから」


 すっかり大人びて見えるベルに関心しながら、コトは彼女を母親のもとへと案内する。


「あぁ、ベルちゃん。こんにちは、今日もかわいいわねぇ」


「モニカお姉さま?言い方が怪しいです」


「なぁに?モニカ、ベルのこと狙ってるの?悪いけどベルが欲しければ母親である私を倒してからにしなさいよ!」


 モニカの一言に様々な反応を見せる二人。


「バラライカさん?そんなにベルちゃんを過保護にしたら、本当に嫁の貰い手がみつかりませんよ?」


「軟弱な男にベルをやるくらいなら、あたしが面倒みるわ!」


「それ普通父親のセリフでは?」


 実際人間であり、もとは一国のお姫様であったバラライカであるが、その肩書とは裏腹に実力は魔族をもしのぎ、四天王の一角であり夫でもあるボンゴが頭も上がらないほどの力を誇っていた。


「んじゃ、あたしが貰ってあげるわよ」


「確かに、モニカお姉さまならバラライカさんに勝てそうですね」


「なにぉ、そこまで言うなら勝負よ!」


 こうして何度目かになるモニカとバラライカの飲み比べが行われるのであった。


「もう、早く帰ろうよぉ」


「ごめんねベルちゃん,,,」


 二人を制止することが出来なかったコトは、申し訳なさそうにベルに謝るのだった。


「あらあら、なんだか楽しそうねぇ」


 騒ぎたてる二人に対し、カウンター席から弱弱しい老婆の声が聞こえた。その人物にいち早く気付き、コトが声を上げる。


「あっ、グラ婆!」


「おや?お猿さん、久しぶりだねぇ」


 彼女たちの前に現れたのは魔王軍の最古参である、四天王グラビネであった。


「何だいこのお婆さんは?コトの身内かい?」


 初対面であるバラライカはコトに尋ねる。


「一応同僚?になるんですかね?グラビネ婆さんです」


 紹介を受けたグラビネは椅子から立ち上がり、フラフラとコトたちのいるテーブルに近づいてくる。


「おい、婆さん。無理するなよ、酔っぱらってるみたいにふらふらじゃないか?」


「お婆さん大丈夫ですか!?」


 バラライカがグラビネの足腰を心配すると、すぐさまベルが駆け付けグラビネを支えた。


「可愛らしいお嬢ちゃん。ありがとねぇ」


「いえ、暗いですから気を付けて下さいね。お婆さん」


 そのままベルに手を引かれグラビネはコトたちのテーブルへと移動し座る。


「お姉さま?どうしましたか?」


「ば,,,」


「ば?」


「ババァ!生きてたのかぁ!?」


 感情に震えるモニカに驚く一同。モニカはそのままグラビネの首を締め上げるかの如く詰め寄る。


「お姉さま!?落ち着いて下さい、人の目もありますのでこの場で殺めるのはまずいです!裏路地に行きましょ!裏路地へ!」


「いや、この場でなくてもマズイだろ?」


 必死に止めるコトに、それにつっこむバラライカ。


「あらあら?お嬢ちゃんそんなに興奮して、どこかでお会いしたかしら?」


 一方のグラビネは身に覚えがないように不思議そうにモニカを見つめる。


「数々の愚弄、忘れたとは言わせないよ!」


「んーー、身に覚えがないわねぇ」


「これは、忘れたことも忘れた感じですね」


 モニアとグラビネのやり取りを聞いて、コトが呟く。それを聞いたバラライカとベルは黙って頷く。


「モニカさん、お婆さんとお知り合いなんですかね?」


「お姉さまも魔王軍古参の一人ですからね、知っていても不思議ではないですが。こう興奮と酔いが共存していては、まともに事情聴ける雰囲気ではありませんね」


 ベルの質問にコトが答える。一同はモニカが平静を折り戻すまでただ黙って待つしかなかった。

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