骨董勇者ウード その2

「たのもーーー」


 お客もいなく、閑散とした武器屋にひと際大きな声が響き渡る。


「な、なんじゃぁ!?」


 武器屋の店主はいきなり現れた威勢のいい声に驚いて答える。


「なんだ?街一番の武器屋というから来てみれば、どれもこれもなまくらばかりではないか?もっと時間と歴史に裏打ちされた価値のある武器はないのか店主よ?」


「なんだぁ、てめぇは?うちの武器は腕のいい刀匠が丹精込めて作った一級品ばかりだ!人間の作ったお飾りの武器とは違うんだよ!!」


「ふん!美術的価値もわからぬ野蛮人が!我が自慢の鎧でもあれば少しはその廃れた目の肥やしになるだろうが、今はあいにく宿屋に置いてきていてな。あぁ残念だ」


「そのおかげでこうしてみんな命拾いしてるんですよねぇ?」


 先ほどまで来ていた価値と匂いの籠った鎧一式は、フォルテの必死の説得によって何とかウードから脱がせることに成功していた。そのことをモニカがポツリとフォルテに漏らす。彼女もすでにガスマスクは外していた。


「ちょっと、ウードさん!!いきりなり押しかけて失礼ですよ」


 店に入るなり店主と口論を交わすウードに対して、フォルテが慌てて抑止する。


「まったく、このような粗悪品ばかりでは我が眼も霞むわ」


 ウードはそういって腰に携える愛刀を抜く。


「はるか昔に創造され、奇跡的ともいえるこのフォルム。あぁこのような刀剣には二度と出会えまい」


 ウードは刀を掲げうっとりと見惚れる。柄だけ見ても造形は芸術的で、見るものを惹きつける。その価値は計り知れないだろう。


「ほぉ、これは見事な刀じゃ」


 武器屋の店主は怒りを収め、ウードの持つ刀に目を奪われる。


「へぇ、確かに見事な彫り物ですね。これは値が張りそうですね」


 フォルテも改めてウードの刀に注目しその見事な装飾に目を奪われた。


「ふふふ、やっとわかったか、愚か者どもが。これこそ1000年前に栄えたピリオド王朝の宝刀、その価値は計り知れぬわ」


「へぇ。これは珍しい物を、先代様も好きでよく集めていましたよ、この刀」


 フォルテの後ろからモニカも覗き込み、フォルテにだけ聞こえるように呟く。


「じい様が?それなら余程強力な武器なんですか!?」


「いえ、武器としてはたいしたことありません。刀の強度もたいしたことなく、私も以前何本か誤って折ってますし。その度に先代様に何度も叱られましたから。あくまで美術的価値があると言っていましたね。なんでも刀一本で国の財源を数年賄えるとか」


 モニカは昔を思い出すように言葉を続ける。


「国の財源と同程度の価値の刀を何本も折って、お叱りだけで許されるなんて、さすがモニカさんですね」


 フォルテはモニカの話を聞いて、改めて彼女の凄さを実感した。


「何をごちゃごちゃ言っている!?せっかく私がこの刀の歴史を話して聞かせてやっているというのに!!もっと真剣に聞けないのか!」


 フォルテたちが話す間も、ウードは刀についての自慢を延々と続けていた。


「まったく、えっと、どこまで話したか,,,あぁ、この宝刀の能力についてだったな」


「能力ですか?なにか隠された力を秘めてるんですか?」


 フォルテはウードの話を聞き疑問の表情をモニカに向ける。この刀の真偽についてモニカに説明を求める。


「それはたぶん、デマですね。様々な宝刀や聖剣なんかを持つ勇者とやりあってきましたが、それに比べてあの刀にはそんな特別な力は感じません」


 モニカがため息をつきながら首を振る。


「うむ。この宝刀、一太刀振るえば大地は裂け、返す刀で天を裂くと言われている」


 ウードはそんな物騒な刀を抜き身で掲げ、自慢げに振り回す。


「おいおいお客さん。店内で刀を振り回すのはやめてくれ、危なくてしかたない」


「それが真実なら、今頃このお店は真っ二つですね」


「我々も細切れですよ、モニカさん」


 店主は考えなしに暴れるウードを叱り、モニカは見え透いた伝説に辟易していた。


「お前たち!さっきから人がせっかく話してやっているのにごちゃごちゃと!」


 気分よく話していたウードであったが、周りの反応の悪さから激高する。


「よし!わかった!では、いまからこの宝刀で試し斬りをしてやる!店主よ、準備せい!!」


「いちいち偉そうなんだよな、このお客は」


 店主はブツブツ文句を言いながらもウードを店の裏手へと案内する。そこには試し斬り用なのか藁で作られた人形が立っていた。


「ほら?これでいいのか?昨夜の雨で藁が湿って重いから刃が通りにくいぞ?」


「ふん!金剛石すら引き裂くこの宝刀を舐めるでないわ!!」


 ウードは辺りに喚き散らし、自慢の宝刀を掲げる。その真剣な眼差しに店主も、フォルテもモニカも固唾をのんだ。


「ちゅえぇぇぇl-ーーすと!!」


 気の抜けるような変な掛け声と共に振り下ろされる宝刀。


「ちょっ!?それじゃあ刃が立ってないから危ない!!」


 ウードの打ち込みをみて咄嗟に声を上げるモニカ。その声も届かず、ウードの宝刀は藁を両断することなく刃が止まる。


「ぐ、ぬぬぬぅぅぅ」


 刃は完全に藁に食い込み刀はピクリとも動かない。それでもウードは力任せに刀を押し込もうとする。


「ああ、そんなに乱暴にしたら」


 パキン


 武器屋店主の声も空しく、辺りに乾いた音が響く。


「え?」


 目の前の光景が信じられず、呆けた声を上げ目の前の折れた宝刀を見つめるウード。その目にはうっすらと涙が浮かんできていた。


「うわぁぁぁーーー、我の、我の宝刀がぁぁぁぁ!!!」


 いい大人が声を張り上げ泣き崩れる。刀が折れたことよりも、その哀れな光景がフォルテたちの感情を一気に冷まし冷ややかで悲しみに満ちた目線をウードに送る。


「フォルテ様、ほら?何か言ってあげて下さい」


「フォルテのだんなぁ。店内でいい大人に大声で泣かれたらたまったもんじゃありませんや。なんとかしてくだせぇ」


「えぇ?私がですか?」


 モニカと店主、二人から頼まれ渋々ウードへと近づくフォルテ。


「う、ウードさん?そ、そんなに落ち込まないで下さい。形あるものは何時かは壊れると言いますし。そうだ、きっと長い時間が経って刀身が錆びていたんですよ?」


 その宝刀にそんな力なぞ存在しないことを知りつつも、何とか理由を付けて励まそうとするフォルテ。


「うっ、嘘だ!!!恐らくそこの藁人形、一見普通に見えて特別な魔術でも仕込んでいたのだろう!?さすが魔族、汚い!!」


 ありもしない事実を並べるウードにフォルテは呆れていたが、お店の信用問題なのか店主が声を上げる。


「ちょいとお客さん?そいつぁ聞き捨てなりませんね。この藁人形は正真正銘普通の藁人形、試しに店にある包丁で切ってみせましょう」


 店主はそう言うと急ぎ店へと戻り、すぐさま包丁を持って帰ってきた。


「刃がちゃんと研いであるのがこれしかなかった」


 ウードは頼りさなそうな小振りの包丁を見つめる。


「さすがにそれじゃあ、普通の藁人形だとしても切ることはできんのではないか?」


 ウードは馬鹿にしたように店主に告げる。


「うーん、大丈夫じゃないですか?ちょっと貸して下さい」


 話を聞いていたモニカが店主から包丁を奪い去ると藁人形に近づいていく。


「おい娘!たいした鑑識眼もないのに何を言っている?そんな包丁で、って、えぇ?」


 ウードがモニカの後ろで何か言っていたようだが、それを気にせずに包丁を藁人形目掛けて振り下ろす。


「あまり刃物は得意じゃないんですが」


 モニカはそう言って包丁を店主に返すと、藁人形は遅れて左右に裂けた。ウードと店主、そしてフォルテも声も上げずにその光景を見つめる。


「も、モニカさんって凄かったんですね!?」


「いまさらですか?これでも、一応一通りの獲物は使えるんですよ」


 遅れて反応を見せたフォルテに対し、モニカは胸を張って答える。


「は、はは、なるほど。私としたことが見誤っておったわ。まさか、伝説の武器が包丁のごとき姿で我を欺こうとしていたとはな」


「いやいや、だんな?これ普通の包丁ですぜ?」


 ウードの勘違いにすぐさま訂正を入れる店主。しかし、ウードはすでに話を聞く耳は持っておらず。店主の包丁をまじまじと見つめる。


「うむ、こうして間近で見ると確かにいいツヤだ。よし、店主よ!この伝説の武器、我に譲ってくれ!!」


「普通に代金払ってくれたら売りますけど?」


 店主は困った顔でウードに答える。


「よし、では我が伝説を引き継ごうではないか!!」


 ウードは嬉しそうに包丁を掲げ、意気揚々と武器屋を後にする。


「フォルテ様いいんですか?あの勇者、包丁持って城まで攻めてきますよ?」


「見た目強盗だね。さすがに門番に止められるでしょ?」


 フォルテは疲れた顔でモニカに答えた。

 その後、ウードは自慢の包丁を実演販売の如く、各地で披露し、一時店主の包丁は予約で数か月待ちの状態になったそうな。

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