骨董勇者ウード

 魔王城の城下町、そこには多くの魔族だけでなく人間の姿も見られる。人間の多くは商人で、交易都市として栄えている城下町で様々な品を手に入れるために訪れていた。その為、多くの人で賑わうメイン通りは昼夜を問わず賑わっている。


「相変わらず町は賑やかですね」


 何か目新しいものはないかと辺りをキョロキョロと見回すモニカ。


「やっと帰って来れました。もう早く戻って休みたいです」


 横を歩くフォルテは疲れた顔をしており、すぐにでも我が城に帰りたい様子であった。


「あっ!見てくださいフォルテ様!!あっちに新しいお店できてますよ!”行ってみましょう」


「えっ?ちょっとモニカさん。今日は疲れてるんで明日にしませんか?」


「ほらほらフォルテ様、早く!早く!!」


「あぁ、すでに聞いてないし、まぁ戻ってもシンバさんに仕事押し付けられそうですからもう少し時間潰してから帰りますか」


 愚痴を零すフォルテの声はモニカには届かず、彼女はすでに遠くへ駆けだしていた。フォルテはため息を付きながらも気持ちを切り替えてモニカのもとへと駆けて寄っていく。


「モニカさん、ちょっと待って下さいよ!そんなに急がなくてもお店は逃げませんよ?」


 モニカのもとにやっと追い付いたフォルテは息を切らしながらモニカに告げる。


「って、ここはずいぶんにぎわっていますね?そんなに人気のお店なんですか?」


 フォルテは、モニカの見つめるお店に視線を移す。その入り口には多くの客が押しかけており、それだけ皆の注目を集めていることが伺い知れた。


「この騒ぎはちょっと違うみたいですね?なんだか揉め事のようです」


 フォルテの言葉に反応して先ほどから様子を伺っているモニカが答える。確かに耳を澄ますと、店員が声を荒げているのが聞き取れた。


「だから何度も言ってるだろ!そんな汚らしい格好で店に入られちゃ迷惑だって!!飲食店は清潔感が第一なんだ、そんな格好で入店されて店を汚されたらたまったもんじゃない!!」


 フォルテは騒ぎの渦中である店舗を見上げる、それほどの高級店の装いはなく、至って普通の茶屋だ。とてもドレスコードを気にする店構えには見えなかった。


「客商売であんな言い方しなくてもいいのに。ファッションは個性の現れ、服装の否定は人格の否定。それで入店を拒否するなんて接客業としてどうかと思いますよね!?」


 フォルテは店員の訴えを聞いてモニカに問いかける。まるで客を追い払うかのような態度に不快感を覚えていた。


「フォルテ様?あちらの御仁を見ても同じことが言えますか?」


 フォルテの言葉にモニカは冷ややかな目線を送る。そして自ら道を開け当事者である客の姿をフォルテに見せた。


「うっ!!あ、あれは!!」


 モニカの言葉につられフォルテは当事者である客の方へと目線を向ける。しかし、その姿を視界に収めると同時に強烈な不快感がフォルテの全身を支配した。


「おぉ、お前は私の姿を理解してくれるのか!?ちょうどよかった、店の人に何とか取り繋いでもらえないだろうか?」


 今まさに追い出されそうな男性客が、藁にもすがる思いでフォルテにすり寄ってくる。


「あ、いや、ちょっと、これは違うんです」


 先ほどまでフォローに回っていたフォルテであったが、男性のあまりの装いに自然と足は後ろへと向かう。彼の姿はまるで浮浪者のようであり、ボロボロの衣服は長年洗濯していないのか茶色く黄ばみ、苔の生えた装備は酷い悪臭を放っていた。


「フォルヘ様?さきほろの立派なご意見は、ろうしましは?」


 モニカは鼻を摘まみながらフォルテを前へと押しやる。


「い、いや、モニカさん!ものには限度といいうものがありまして。さすがにここまで酷いと手の施しようもないかと」


 必死に言い訳を並べるフォルテであったが当の本人と周りは聞く耳も持たず、店主は早々と店じまいを決め込み、巻き込まれるのを恐れた野次馬も蜘蛛の子を散らすようにその場を離れていった。


「フォルヘ様、もう我々でどうにはしないとですね」


「気持ちは有難いですがモニカさん。そんなに遠くに離れて何が出来るんですか?」


 フォルテを励ますモニカであったが、男の異臭に気圧されすっかり遠くで静観を決め込んでした。


「ほれにひても、フォルヘ様?よくほの匂いに耐えらへまふね?」


「えぇ、これでも公務で様々な種族の方と会いますから。魚人の生臭さや毒息を吐くアンデット族に比べたらまだ耐えられます」


「さふが魔王様、状態異常が効かないのがセオリーれすね。では、私はこれを失礼しまふ」


 モニカは妙に納得したように言い、懐からガスマスクを取り出し装着した。


「先ほどからごちゃごちゃと、何を話しとるんだ?お前たち」


 二人の会話に割って入る様に放置されていた男が話しかけてきた。


「いえ、こちらの話しでして。申し遅れました私はこの街を管理していますフォルテと申します。こちらは付き添いのモニカさん」


 フォルテの案内にモニカはガスマスクを着けたまま近寄ってきて挨拶する。


「こんな姿ですが怪しい人ではありませんので」


 フォルテはいかにも怪しいガスマスクにメイド姿のモニカを紹介する。男はモニカの異様な姿をまじまじと見つめ話し出した。


「いやいや、なかなか立派な装備だ。もしや、何かいわくつきのアイテムかな?」


 男はモニカの格好に興味をひかれたのか、目を輝かせて問いかけてくる。


「フォ、フォルテ様ー!やっぱり変人ですぅ!黙ってないで助けて下さいよー」


「モニカさんの格好も負けず劣らずになってますよ。それにしても、なんというか、個性的なファッションですね?」


 フォルテは、助けを求めるモニカを軽くあしらい男に対し話かける。彼の自尊心を傷つけないように注意して言葉を選んでいた。


「ん?君にはわかるのかね?この凄さが!さすが管理者だな!我は勇者ウード、魔王を倒す道すがら数々の伝説の武具を集める者じゃ」


 ウードと名乗った男が勇者ということに対してフォルテは言葉を失う。


「これはこれは、勇者様でしたか!お探しの魔王はこ、ここ、」


「モニカさん!?いったい何を口走ろうと言うんですか?」


 フォルテはモニカのマスクを必死に抑えて彼女の言葉を封じる。


「ぐむむ、先ほど助けて頂けなかったフォルテ様に対する恨み、ここで晴らさせてもらいますー」


「あとでいくらでもスイーツご馳走しますから、ここはお静かに」


 交渉はまとまったのか、モニカは急に大人しくなり、マスクでよく見えないが、表情も満足気であった。


「ん?そちらの奇抜な格好の女性は発作か何かかかな?」


 二人の様子を不思議そうに見つめるウードが心配して声をかけてくる。


「どうぞお構いなく、いつもの事ですので」


 疲れ果てたフォルテは、無理矢理に笑顔を作りながらウードに答える。


「うむ、そうか。もしや呪いの装備か何かではないのか?我が見てしんぜよう!」


 厚意からモニカに近づくウードであったが、彼の接近を嫌うモニカは素早く後退し距離をとる。マスクで表情は見えないがモニカのその行動は一貫していて決してウードを近づけさせようとはしなかった。


「もしや、避けられてるのか?」


「女心は難しいですと言いますからねぇ」


 ウードの訳が分からないといった質問に対して、フォルテは適当に答える。


「仕方ない、飯が食えぬのならさっさと用事を済ませるか。おい、お前!この街の武器屋へ案内せい」


「えっ?僕がですか?」


「お主以外に誰がおる?さっさと案内せい」


 人の話を聞かないタイプなのか、ウードは不機嫌になりながらフォルテに命令する。フォルテは困りながらもモニカに目線を移すが、彼女は関わることを拒否したかのようにずっと姿勢を崩さなかった。


「わかりましたよ。案内だけですよ?僕も忙しいので」


「わかっておる。さぁ行くぞ」


 諦めてウードを案内することにしたフォルテの後を、機嫌を直したウードとそれから必要以上に距離を取ったモニカが付いていく。

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