勇者のチュートリアル その3

「こちらは座学の教室になります」


 そう言ってリューの指し示した部屋では、20人ほどの生徒が席に座り正面に立った教師に注目していた。皆が一心不乱に教師の言うことをしたためており、その必死さから彼らの本気度がよく伺えた。


「魔族に対して、そして、魔王に対して、知っているのと知らないとでは雲泥の差。皆がその首を持ち帰るべく必死になって学んでいるんですよ」


「あんなに真剣にフォルテ様のことを学ぶなんて、まるで魔王様のファンクラブのようですね。良かったら私が本当の魔王様の私生活でもお教えして来ましょうか?」


「ちょっとモニカさん!余計なことは言わない約束ですよ」


 モニカの軽はずみな言動にフォルテは再度釘を刺す。


「おや?何かご教授頂けるんですか?それはいい!きっと皆も喜びますよ!!」


 モニカの言葉端を聞き取ったリューは何を勘違いしたのか、モニカを教室へと押し進める。


「ちょ、ちょっとリューさん!!違うんです!モニカさんが教えることなんて何もないんですって!」


 強引なリューを止めようと間に割って入るフォルテ、しかしその体を制したのは他ならぬモニカであった。


「大丈夫ですよフォルテ様。ちゃんと上手くやりますから任せといて下さい」


 いったいその自信は何処から来るのか、楽し気に笑うモニカにフォルテは不安の念しか抱かなかった。そうしている間にも、リューとモニカは連れ立って多くの生徒が待つ教室へと入っていった。


「座学に励む皆さん!今日は特別講師を呼んでおります。皆さんの宿敵!魔王について良く知るという方をお連れしました」


 教室に入るなりリューは、生徒たちに向かって語りかける。


「おぉすげぇ!今までほとんと知り得なかった魔王の情報を生で聞けるなんて貴重なんだ!」


「皆さん落ち着いてください!それでは特別講師のモニカさんです。皆さん盛大な拍手でお迎えしてください」


 割れんばかりの拍手に押され、壇上にモニカが上がる。その顔は高揚感にまみれ、上機嫌なのが伺えた。


「モニカ先生!魔王を見たことあるんですか?」


「モニカ先生!魔王の強さってどのくらいですか?ドラゴンすら束になっても敵わないって本当ですか?」


「モニカ先生!スリーサイズはおいくつですか!?」


 次々に浴びせられる質問の雨、その中で先生という言葉に酔いしれるモニカ。


「えぇ、もちろん魔王様にお会いしたことありますよ。ドラゴンが束になってもって、どこからそんなデマが流れたんですか?この前魔王様は、ドラゴンの爪が当たっただけで流血騒ぎ、そりゃあもう城内大慌て、まったく魔王様の虚弱ぶりにも困ったもので、こっちの力加減も大変ですよ。ちなみにスリーサイズは98の55の83です!」


 上機嫌のモニカは余計なことまでペラペラと話し出す。それを聞いて周りの生徒たちが騒めきだした。


「歴戦の勇者でもその姿を目にしたものは少ないのに、魔王に会ったってマジかよ?」


「ドラゴンが触っただけで瀕死?そんなわけないだろ!俺たちが何も知らないと思って、ふざけてるのかあの講師?」


「おいおいおいおい、私の目は誤魔化せませんぞ!どう見てもバストサイズは50そこそこ、ウエストもヒップの数値もでたらめでずぞ!」


 モニカの講釈に異論を唱えだす生徒たち。


「いやいや、君たちね、誰から聞いたか知らないけど魔王様が強いなんてあり得ませんよ?なんといっても、歴代最弱魔王様なんですから!!」


「ちょっ、ちょっとモニカさん!!なに言ってるんですか!?」


 モニカの暴露にたまらずフォルテが止めに入る。


「おいあんた!!何でたらめ言ってるんだ!!」


 フォルテがまさにモニカを静止する寸前、教室内の生徒から非難の声が上がる。


「いくら私たちが見習いだからって、いい加減なことばかり言わないで下さい!魔王の伝説は今では全国に知れ渡っています。その怒りは国一つを神の裁きの如き力で亡ぼしたとか、すべてが伝説級です」


「あぁ、ありましたねぇそんなことも。でもあれは、実際に神の裁きが下ったので魔王様の力とは関係ないんですよ」


 モニカは以前あったことを思い出しながら生徒たちに釈明する。


「とある高名な霊山では、魔王が自らを亡ぼす武器がありながらも、その寛大な心で公認されているとか。これはまさに自らの力に絶対の自信を持っている証拠です!」


「いや、あれはレプリカでだし。しかも公認したつもりはないんだけど。というか、まだ売っていやがったのか、あのドラゴンが」


 フォルテは心当たりを探りながら、一人毒づく。


「胸よりも、お腹や、二の腕の肉付きが目につきますね。まぁ、私はふくよかな方が好みですので問題ありませんが。ふぇふぇふぇ」


 一人趣旨がズレている生徒が気味の悪い笑い声を上げながら、尚もモニカの体形について口出ししてくる。


「…いま、何て言った?」


 その言葉にモニカは殺気を込めた声で反応する。


「ちょっ!!ちょっとモニカさん落ち着いて!!」


 その空気を唯一察知したフォルテが慌ててモニカを止めようとする。


「いえ、ですから。私はグラマラスな女性より、先生のようなふくよかな」


「誰がデブだぁぁぁってぇーーーー!!!!」


「モニカさん、彼、そこまで言ってない」


 一度火のついたモニカの怒りを鎮めることは不可能と悟りながらも、フォルテは一応小声で訂正する。膨れ上がったモニカの怒りは力となって教室中に膨れ上がる。その熱は巨大な竜巻となり、圧倒的な力は狭い教室内には収まりきらなくなる。


「わぁぁぁぁぁーーー」


「な、なんなの!?」


 教室中は絶叫に包まれ、その悲鳴は割れた窓から外にまで響き渡る。全てを吹き飛ばした後、やっとモニカの心は落ち着きを取りも越した。


「ふぅ、大丈夫ですか?フォルテ様?」


 瓦礫の山と化した教室、地面に埋もれるフォルテに対して話しかけるモニカ。


「いつもの寝起きに比べたらマシでしたね。すっきりしましたか?モニカさん?」


 咎める気力すらも奪われたフォルテは自らの上にかかる瓦礫の重圧にもがきながらモニカに問いかけた。


「えぇ、お蔭さまで。やっぱり力を抑えるって私には向かないみたいです」


 モニカは悪びれた様子も見せずに笑いながら答え、足元に埋まったフォルテを掘り起こした。フォルテは無造作に掘り起こされ、廃墟となった学校を見つめる。


「これでまた一つフォルテ様の偉大なる伝説が築けましたね」


「もう、静かに暮らしたいなぁ」


 陽気に話すモニカに、肩を落としながらフォルテは項垂れて答えたのだった。

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