勇者のチュートリアル その2

 入り口から見て正面の建物、周りよりひと際大きな施設の最上階にフォルテとモニカは招待された。窓から見下ろすグラウンドには多くの勇者候補生が実践訓練を受けている。皆が一心不乱に木刀を振るっていた。

 そんな生徒を見下ろしながらリューはフォルテたちに説明を始める。


「これだけ生徒がいても実際に勇者になれるのは半分も満たないでしょう。そこから無事に旅をし、魔王のいる場所まで辿り着けるものは更に極僅か。そして、いまだ無事に帰って来たものはいない」


 リューは物悲し気に言葉を紡ぐ。彼の心情におされ、フォルテは何も言うことが出来なかった。


「フォルテさん!だからこそ中途半端な状態ではここから送り出したくないんです。その為に、あなたの力をどうか貸して欲しい!!」


 魔王を倒す勇者を育てるために、魔王自らが力を貸す。そんなわけのわからない展開にフォルテは苦笑いを浮かべる。


「ここにいる若者の大半は魔物とすら戦ったことのないような素人ばかりです、そこでフォルテさんに本物の魔王さながらの緊張感を、あの子たちに教えてやって下さい」


「本当の魔王という存在を教えられますが、教えたら皆自信もって城に押しかけてきますね」


「モニカさんは黙ってて下さい!」


 リューは真面目な表情でフォルテに詰め寄る。本物の魔王であるが、その残念過ぎる実力を知るモニカは笑いを堪えるのに必死であった。


「そ、そんな、私に教えられることなんて何もありませんよ!!」


 城の外でまできて仮とはいえ、勇者と戦うことを恐れたフォルテは全力で申し出を拒否する。


「いや、なにも急に答えを引き出そうと急かしている訳ではありません。そうだ!講習風景を見ながらゆっくり考えて下さい」


 悪い予感を感じながらも、フォルテはここに来た目的を噛みしめ、ただ黙ってリューの言葉に付き従うのだった。そうして再びリューに連られ、生徒たちの様子を見学に行くことになった。


「リュー先生、こんにちは!」


「こんにちは。みなさん、元気に訓練に励んでいますか?」


「はい!私、もうすぐ仮免許受かりそうなんです。これでやっとフィールド講習に進めます」


「そうは何よりです。でもくれぐれも過信はせずに。教官の言うことをきちんと聞いて下さいね」


「はい、わかりました」


 元気に話しかけてきた女性の勇者候補は、スキップしながら廊下を去って行った。


「えっと、仮免って何ですか?そもそも、この勇者に対するチュートリアルって何を行っているんですか?」


 あまりの展開に我を忘れていたフォルテは、今ならながらリューに問いかける。


「あぁ、すいません。私としたことが、一番基本的な説明を抜かしてました」


 リュー本人も忘れていたのか、情けない声で謝ってくる。


「そもそも、この勇者のチュートリアル施設は最近出来たばかりでして。基本は、勇者になりたい若者を応援するために建てられました」


「また、余計なことを・・・」


「ん?何かおっしゃいましたかな?」


 フォルテのから漏れた心の本音を聞いてリューが訝しんで聞き返す。フォルテはすぐに口をつぐんで首を振った。


「んんん!!な、なんでもないです」


「そうですか、それまでの勇者といえば力も知識もないのに行き当たりばったりで冒険を進められてすぐ詰んで終了。そんなんで魔王の城に辿りつける者なんて極僅か。今よりももっと少なかったんです」


「確かに昔は週に一人くればいい方でしたね。お陰で毎日遊んですごせました」


 リューの説明にモニカが納得いったように口を挟む。


「何をおっしゃっているかよくわかりませんが、そうなんです。なんの経験もない若い勇者を無残に散らせる悲しい時代でした」


「でも、それだけ苦労して来ただけに、昔の勇者の方が気骨稜々たるものでしたけどね」


「ははは、まるで実感してきたかのような口ぶりですね、面白いお方だ」


 先ほどから口を挟んでくるモニカに向けてリューは可笑しそうに答える。


「これでも先代から勤め上げてきた実績がありま、ふぉがふぉが」


「はははは、何でもないです。たまに可笑しなこと言うんですねー、いやー困ったなー」


 これ以上口を滑らさないうちにフォルテは慌ててモニカの口を塞ぐ。


「もう、何するんですかフォルテ様!」


「何じゃないですよ!自分の立場を考えて下さい!見習いとはいえ多くの勇者候補がいるんですから囲まれたらどうするんですか!?」


「囲まれたら?とりあえず、いい暇つぶしになりますね」


「もういいですから、静かにお願いしますよモニカさん」


 フォルテはこれ以上の説得は無理と知りため息交じりにモニカに告げる。


「お二人ともあちらをご覧くださいませ」


 こそこそと話し合う二人に対して、リューは窓から眼下を眺めるように促した。そこには必死に剣術に打ち込む勇者候補生の姿があった。


「なんだか拙い剣術ですね」


 大半が木刀に振り回されている姿を見ながら、モニカが微笑ましそうに告げる。


「えぇ、あのレベルのまま魔物と戦ったら相手に傷すら与えることも出来ずに負けるでしょう」


 彼らの幼稚さを自覚しながらリューはモニカの言葉に答える。


「どうしましたフォルテ様?さっきから黙って見つめてますが?」


 モニカは先ほどからじっと窓の外を見つめるフォルテを気遣って声をかける。


「んー。やっぱりダメですね・・・」


「何がダメなんです?」


「何度シミュレーションしてみても、彼らに勝てる画が見えません。やはり勇者の素質があるだけあってみんな優秀ですね」


 フォルテの目には彼らがどう映っているのか知らないが、ゴブリンにすら負けるフォルテならば彼らといい勝負をするだろうとモニカは考えていた。


「ふふふ、フォルテさん、そんな謙遜はいいんですよ。逆に彼らを叱咤激励しないと成長には繋がりません。優しさも時には必要ですが、特別講師として叱って伸ばすことも忘れないで下さいね」


「えっ?えぇ、わかりました」


 リューになんで諭されたか合点がいかないフォルテは、適当に相槌を打って誤魔化す。そんなフォルテにモニカはこっそりフォローを入れる。


「フォルテ様。ちょっと見識が低かったみたいですね」


「なっ!?まさか、モニカさんに諭されるとは・・・」


 モニカの言わんとすることを察したフォルテは肩を落としてその場を後にした。

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