チューナーの育成所 その4

 薄暗い廊下を抜け一行は裏庭へと進んでいた。広い庭には多くの冒険者がおり、皆それぞれに森林浴を楽しんでいた。


「育成所というくらいですから。みな様もっと活気づいて訓練しているのかと思いましたが、わりとまったり過ごしているんですわね?」


「ほんとね。なんだか育成所というより療養所みたいね」


 周りを見渡す一行を他所に、チューナーは尚も庭の奥へと進み続ける。ピノアたちも遅れまいとチューナーの後を追った。


「それにしても広い所ですね。いったい何人の冒険者が訓練をつんでいるんですか?」


 フォルテは、周りにいるみんなが全て自分の敵という状況に身震いしながらチューナーに質問を投げかける。


「そうさねぇ。ざっと、200~300人はいるかもねぇ」


 フォルテの質問にテューナーがこたえる。その数の多さにフォルテは絶句する。


「フォルテさん?大丈夫ですか、顔色悪いですよ?」


 急に押し黙るフォルテを心配してピノアが声をかける。そんなフォルテたちの目の前には新たな建物の影が映り込んでいた。


「あれは何の施設なんですか?さっきとは違って可愛らしさの欠片もありませんが」


 生きた心地のしないフォルテに代わって、緊張感の欠片も無い声でモニカが問いかける。彼女に取ってはこの数の敵ですら眼中にないようであった。


「うむ、この建物はなかなか頑丈に出来ておるみたいじゃのぉ。少々の攻撃ではびくともせん、これは訓練施設か?」


 頑丈な壁に手を当てながらダンバーが話す。


「たしかに。これなら思いっきり訓練しても大丈夫そうですね」


 ピノアも、頑丈な壁を叩きながら嬉しそうに返事を返す。その問いにチューナーが悲しそうな目線を送ってきた。


「違うんだよピノア…。ここは隔離施設さ」


 チューナーの闇に染まった瞳がそのまま声に宿り、それがピノアたち全員に伝播する。


「隔離って、ここでは凶悪な魔物でも飼ってるの?それとも、」


 この中で一番の年長者であるモニカが場の空気を察して口を開く。それはまるで、その先にある答えを予測しているような口ぶりであった。


「出せぇ!!!!俺をここから出してくれーーーー!!!」


 あたりの静寂を遮るように目の前の建物から響き渡る男性の叫び声。その悲痛な叫びを聞いてピノアたち一行は身構える。


「今のは一体!?魔物が現われましたか!?急いで助けに行かないと!!」


 ピノアは腰に携えた剣に手をかけて周囲を確認する。悲鳴を聞いて我に返ったフォルテは、強襲に怯えて腰が引け震えながら辺りを見回す。


「大丈夫ですよフォルテ様。辺りに敵の存在は感じませんから。って実際は敵だらけなんですけどね」


 モニカはフォルテを安心?させると、じっとその目線を建物の中へと向けた。そのモニカの視線に気づいてチューナーが歩き始めた。


「この場所が何なのか、知りたいならついといで」


 一向は顔を見合わせ、黙ってチューナーの後に続いて建物へと入っていった。


「ちょっとなんなんですの、ここは?薄暗いし、湿っぽいし、かび臭いし、不衛生ですわ!」


 ソステートは、建物内に漂う負の空気を感じ取り耐え切れずに騒ぎだす。他のメンバーはその言葉を聞いても異様な雰囲気にのまれ口を開かずにいた。


「ちょいと静かにせい、ソステート!何か聞こえてくるぞい」


 ダンバーの耳が物音を察知し、一同に耳を澄ますように促す。すると一同の耳に女性のすすり泣く声が届いてきた。


「女性の悲しむ声が聞こえます!こっちです!!」


 お節介の代表ともいえる心情の持ち主、ピノアが声を頼りに通路を奥へと駆けだす。一同もそれにつられてピノアの後を追って行った。


「こ、これは一体!?」


 後から駆け出したフォルテたちも、すぐさまピノアの背中の追いつき、一同はそろって立派な檻を前に立ち止まった。檻の中には、一人悲しみに暮れる女性の姿があった。


「大丈夫ですか!?いま助けます!もう少しの辛抱ですよ」


 ピノアは急いで檻に近づくと鍵である南京錠を手に取り、力ずくで外そうと思い切り引っ張る。


「ピノア!ちょいとお待ち!!」


 必死に錠を外そうとするピノアに対して、背後からチューナーの鋭い声がかかる。その言葉にピノアは怒りの目線を向けて振り向いた。


「なぜ止めるんですか先生!!まさか、この女性を檻に閉じ込めたのは先生だとでも言うんですか?そうなら、そうなら僕は、」


「落ち着きな、ピノア。なんでも考えなしに行動しちまうのは悪い癖だよ。それは以前にも教えたはずだよ」


 激情するピノアとは対照的に、チューナーは相手を諭すようにゆっくりとした話し方で接する。


「チューナー殿?詳しく説明してくださるかな?」


 ピノアの怒りをソステートが抑え、パーティーの年長者であるダンバーがチューナーに説明を求める。


「もちろんそのつもりさね。ピノアや、ここはねパーティーから解雇されたメンバーの預り所なんだよ。育成所とは名ばかりのね」


「解雇?」


 勇者パーティーの事情を良く知らないフォルテとモニカはチューナーの言葉に疑問の言葉を返した。


「あぁ、どんなに崇高な目的があろうと、長い時間一緒に居たら少なからず溝は広がるもんさ。そうなったとき、みんながみんな、はいさようならって別れられる訳じゃない。国からの重責を担った勇者一向ならなおさらさね」


「それで、円滑にパーティーメンバーを解雇するために、この育成所があるってことですか?」


 チューナーの言葉に納得いかない感じで聞き返すフォルテ。


「そんな、一緒に戦ってきた仲間をこんな場所に置き去りにするなんて!酷すぎます」


 抑えられていたピノアが声を荒げる。敵であるフォルテもこの惨状を見てピノアの意見に同意する。


「ピノア。あんたはまだ勇者としては半人前だ。もっともっと外の世界をしなくちゃいけない、人の別れは出会い程運命的じゃないのさ」


 チューナーの言葉にダンバーとソステートは口を紡ぐ。どうやら彼らも苦い経験をしてきたようだ。


「そんな顔しないの、ピノアくん。あんたはあんたの信じる勇者の道ってやつを進めばいいのよ」


 重苦しい空気を打ち消すようにピノアを励ますモニカ。まさかの人物から、まさかの意見を聞いてひとり驚くフォルテ。フォルテ以上に多くの勇者と対峙してきた彼女は、この中で一番勇者という存在をわかっていた。


「みんなと同じ道を歩む必要なんてないんだから。それこそ勇者なんて星の数ほどいるし、世の中変わってる勇者ばっかりですからねフォルテ様?」


「え、えぇ。そうですね。ピノアくんは、ピノアくんなんですから」


「ありがとうございます。僕なりの道、頑張って進んでいきます。僕は絶対に仲間を手放したりしません!」


「よく言ったピノアよ!」


「わたくしとピノア様は仲間以上の絆で結ばれていますわ!」


 モニカとフォルテの励ましにいつもの表情を取り戻すピノア。力強い言葉にダンバーとソステートが応える。


「そうそう、成長しても変わらないピノアくんを楽しみに待ってるわよ」


「待ってる?って何処でですか?」


「あ、えっと、吉報を待ってるってことですよ」


 モニカの言葉に不思議な目で応えるピノア。それをフォルテは誤魔化しモニカは笑っていた。


「私も楽しみにしてるよピノア。この子たちも身を護るために窮屈なここに入ってもらっているだけさ。この辺りは凶悪な魔物も多い、うろうろされて死んじまったら預かってる私のメンツがないからね」


 いまだに腑に落ちない表情を浮かべながらも、落ち着きを取り戻したピノア。育成所のことはチューナーの方針ににこれ以上口出しすることはなく、一同はこの建物を後にした。


「ちなみにチューナー様?こちらのダンバー様を是非こちらの施設で育成していただきたいのですが?」


 施設を去る間際、ソステートがチューナーにダンバーを押し付けようを話を持ち掛ける。


「ソステートよ。お主こそ、ここで少し教養を養うべきじゃと思うぞ」


「こんな癖の強い冒険者は勘弁願うね。ピノアやい、責任もって連れて行きなよ!」


 いつものように互いを押し付ける二人に対しピノアに今後を託すチューナー。三人の硬い絆を目にしてフォルテは彼らの安全と旅の途中棄権を切に願うのだった。

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