チューナーの育成所 その3

「ごめんくださーぃ」


 メルヘンな外観とは裏腹に静まり返った室内、どこか不気味な印象を受ける空間に扉を開けたピノアも緊張を隠せずにいた。


「誰もいないですわね?いわゆる廃屋ですわ」


 不気味な空気を感じ取ってピノアの後ろから恐る恐る顔を覗かせるソステート。


「あっ!フォルテ様あそこ!」


 何かに気付いたのか、急に声を上げるモニカ。その声を聞いて悲鳴を上げるソステート。


「ちょ、ちょっとモニカさん!!急に大きな声出さないで下さいませ、びっくりしてちょっと洩らしそうになりましたわ!!」


 気が動転しているのか、言葉遣いとは裏腹に品のないことを言うソステート、飛び出しそうな胸を抑えてモニカに抗議の声を上げていた。


「なんじゃ、ソステート?お主、神官のくせに幽霊でも怖いのか?」


 日頃の恨みからか、ダンバーが勝ち誇ったかのようにソステートに告げる。


「ち、違いますわ!!そんなことありませんですのことよ!!」


 ソステートはムキになってたどたどしい声を上げる、それが一層疑惑を確信に近づけた。


「あっ、ソステートさん!今背後に…」


 不意にピノアがソステートの背後を指さす。ソステートはその仕草を見て飛び上がってピノアに抱き着く。


「きゃぁぁぁぁ!!!」


 突然飛びついてきたソステートをピノアは受け止める。彼女の背後には音もなく黒い人影が立っていたのだ。


「なんだい?うるさい小娘だねぇ。少しは静かに出来ないのかい?あぁ、そこ注意しておくれよ!床板が腐ってるからね」


 突然現れた年老いた女性は騒ぐソステートを叱りつけ、室内を歩き回るモニカに注意を促す。


「な、なんなんですの!?いきなり現れて!しかも、またババアですの!?」


 いまだ動揺を隠せないソステートが突如現れた女性に向けて詰め寄る。


「老婆になにか恨みでもあるんですかね?」


 ピノアたちの旅の事情を知らないモニカは、フォルテとともに首をかしげる。そんな彼らの疑問もよそに話は続いていく。


「それはこっちのセリフだよ、お嬢ちゃん。人の家に入ってくるなりギャーギャーと騒ぎ立てて。いったい何用だね?」


 女性は興奮するソステートを軽くあしらい、他のメンバーに話しかけるようにピノアに向き直る。


「せ、先生!?もしかして、チューナー先生ですか!?」


 女性の顔を正面から見据えてピノアが唐突に叫ぶ。


「ん?どこかで見た顔だと思ったらピノア坊かい?ずいぶん久しぶりだねぇ。すっかり大きく、は…なってないねぇ」


チューナーと呼ばれた女性はピノアの顔をまじまじと見つめて言う。


「坊やはやめてくださいよ!あれから何年経ってると思ってるんですか!?僕だって成長したんですよ!」


 自らの成長を訴えるピノアだったが、離れて聞いていたフォルテとモニカは彼の成長という言葉に疑問を浮かべていた。


「ピノアくんに成長って言葉は似合いませんね」


 モニカの耳打ちに笑いを堪えながら黙って首を縦に振るフォルテ。


「チューナー、看板の名前と一緒じゃな。ピノア?お主ここの店主と知り合いか?」


 話についていけないダンバーがピノアに話しかける。


「はい、先生は昔僕のいた故郷の村に住んでいたことがありまして。その時によく世話してもらいました」


「なぁに、私にとっちゃあピノア坊やは子供みたいなもんさね」


 ピノアの言葉にテューナーが同意する。その言葉に反応して素早くソステートが動き出した。


「先ほどは失礼いたしました。わたくし、ピノア様と懇意にしておりますソステートと申します。チューナー様、以後お見知りおきを」


「ソステートさんどうしてんでしょうか?先ほどまでとは様子が違うようですが?」


 ソステートは姿勢を正し恭しく礼をする。その変貌ぶりを脇で見て混乱するフォルテ。そんなフォルテにダンバーが話かける。


「気にするな、嬢ちゃんの悪い癖が出たんじゃ。ピノアの近しい人となると、すぐに態度を改めよる」


 尚も首を傾げるフォルテにモニカが声をかける。


「女心をフォルテ様に理解しろというのは酷ですよ、お爺ちゃん」


 普段の言動を思い出してか、モニカぎ呆れながら答える。


「まさか、モニカさんに諭される日が来ようとは、夢にも思いませんでしたよ」


 モニカの言葉にフォルテは思い当たる節がないのかショックの色を隠せない。そんな三人のやり取りとは別に、ピノアたちの話しは続いていた。


「ないだいピノア?この娘は?お前の女かい?」


 チューナーの誤解にソステートは頬を染める。


「はい、実は…」


「いえ先生、ソステートさんはただの旅仲間です」


 照れくさそうに答えるソステートに反して、きっぱりと告げるピノア。そんな二人を見てダンバーは笑いを堪えていた。


「ふーん、そうかい、」


 フォルテ以上に女心のわからないピノアに対して、テューナーは二人の様子からだいたいの事情は察した感じであった。


「それでピノア、こんなとこまで私に何の用だい?ここは仲間を預かって鍛え上げる育成所、この嬢ちゃんの性格でも叩き直せばいいのかい?」


「こんのぉ、ババアぁ」


 テューナーは意地の悪い笑みをソステートに向ける。当のソステートは笑顔を保ちながらも額には青筋が浮かび上がらせながら小さく呟く。


「いえ先生。ソステートさんは大事な旅の仲間でして、今ここでパーティから抜けられては困ります」


「そうですよわよね!ピノア様ぁ!!ここはやはり、二人の邪魔ばかりするダンバー様を預かって下さいませ!」


 ソステートは歓喜の笑顔を浮かべてピノアに飛びつく。


「こりゃ!ソステート!!いうに事欠いて邪魔とはなんじゃ!?」


 ソステートの言葉に怒りを露わにするダンバー。そんな二人を無視してピノアは話を続ける。


「出来れば僕を鍛え直してもらいたいのですが…」


 ピノアは申し訳なさそうにチューナーに頼む。そんなピノアを見てチューナーは不敵な笑みを浮かべる。


「まぁ、意地悪は置いといて。実際、あたしの所はあまりお勧めしないよ?それでも来るのかい?」


「な、なんですの!?そんなに厳しい試練でも課されるんですの!?わたくしの大事なピノア様に万が一があっては将来設計に狂いが生じますわ!ここは考え直しましょ?ピノア様!」


 テューナーの言葉にソステートが驚いて告げる。


「そうなんですか?以前の先生の教えはそれほど厳しいものではありませんでした。何かの間違いでは?」


 唯一以前テューナーに師事していたピノアが当時を思い出して告げる。


「ここにいると、みんな段々と精神を蝕まれていくのさ。実際に見て貰った方が早いだろうね。ついといで」


 そう話すチューナーの顔色は暗い影を落としていた。そう言って歩き出す彼女の背を追いかけて一行は建物の奥へと進んで行った。

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