絶滅危惧種 ハンドパン

カササササ


「きゃあぁぁぁl!!!」


 ランチタイムの過ぎた食堂、先ほどまで込み合っていた室内にも今は数える程しか人はいない。そんな閑散とした食堂に突如響き渡る女性の悲痛な叫び声。


「ど、どうしました!!?」


 仕事が立て込んだ為に遅めの昼食を取っていた魔王フォルテは、悲鳴に驚いてそちらへと駆け寄る。


「あ、あぁ、あそこ、今あそこに黒い影がカサカサって!!」


 昼間であるが、まるでお化けでも見たかのように震えて話す女性。実際にここは魔物の巣窟であり、その中にはもちろん幽霊や見た目が衝撃的な魔族も多くいる。そんな環境にいる女性が恐怖の声を上げるのは余程のことと思いフォルテは彼女の身を案じていた。


「落ち着て下さい。すいません、こちらの方にお水をお願いします!」


 フォルテは女性を気遣って近くにいる人に水を頼みそれを差し出す。女性はフォルテから受け取った水を一気に流し込むと深呼吸して話始めた。


「ん、んぐんぐ、ぷはぁ!すいません、気が動転して、あぁ、魔王様でしたか!?」


 落ち着きを取り戻した女性は改めてフォルテの存在を認識して驚きの声を上げる。


「少しは落ち着きましたか?いったい何があったんです?」


 フォルテは多少は落ち着いてきた女性に事の経緯を訪ねた。女性は恭しく礼をしながら今見てきたものを説明しだした。


「はい、実はさっきそこの陰でえ見たんです!アレが!!」


 恐怖に染まった表情で話し出す女性にいつの間にか多くの人が集まってきていた。


「この騒ぎはいったい何事ですか?」


 フォルテの背後から騒ぎを聞きつけたアコール・ディオンが女性に尋ねる。冷ややかで尋問するような冷たい声に、女性は再度言葉を詰まらせる。


「だ、大丈夫ですから。落ち着いて話して下さいね」


 そんな怯えた女性にフォルテは再度優しい言葉を投げかける。


「わ、私が見たのは、黒くて小さくて動きの速い、アレでした」


「アレ?もしや!?ハンドパンですか!?」


 女性の説明に思い当たる節があるのかアコールはすぐさま反応する。


「何ですかそれは?」


 アコールの言った名前に聞き覚えのないフォルテは再度聞き返す。周りの群衆も初めて聞いたようで、みな一様に首を傾げていた。


「フォルテ様が知らないのも無理はありません。ハンドパンは絶滅危惧種と称される魔物であって、その素早さから姿を見た者は殆どいないと言われている存在であります。見た目は黒光りしており、昆虫のように小さく、動きは素早く影から影へ瞬時に移動し、その生命力は強く半端な攻撃では死にもしません」


「それは凄い魔物ですね。その素早さと生命力があつのなら魔王軍に戦力として欲しくなりますね」


 アコールの言葉にフォルテは期待を込めて返答する。


「それがそうも上手くいかず。一番の問題はその見た目でして」


「様々な種族の入り乱れる魔王軍であってもそこまで受け入れられない見た目っていったいどんな姿なんですか?」


 フォルテは不思議に思ってアコールに尋ねる。そんな最中、集まった群衆の間で悲鳴が上がる。


「いったい何が!?」


 周りに集まった人々は老若男女問わず皆が悲鳴を上げている。無差別に上がる悲鳴にフォルテは何が起こっているのか理解が追いつかなかった。


「どうやらハンドパンの仕業みたいですね」


 アコールだけが冷静に今起こっている事を理解していた。


「いったいみんなは何をそんなに恐れていrr!!?」


 フォルテがアコールに訳を聞こうと口を開くと、その顔目掛けて黒い物体が飛翔してくる。そのあまりの見た目の嫌悪感から、フォルテは声にならない悲鳴を上げる。


「百聞は一見に如かずと申しますか、どうやらご理解頂けたようで」


 アコールは顔にハンドパンが張り付き身動きできずにいるフォルテに哀れな目線を向けている。


「そ、そんな事よりたすけて・・・」


 フォルテは必死に助けを求めるが触るのも嫌なのかアコールは近くにあった箒で払い落す。


「ぺっぺっ!!しかし、この見た目では確かに一緒に戦うのも嫌ですね」


 口に入った埃を吐き出し愚痴をこぼすフォルテ、アコールはその言葉に同意して頷いた。


「しかし、困りましたねー。ハンドパンは一体いればその家には数百体は潜むと言われていますから」


 アコールの放った言葉にその場にいた皆が口を揃えて絶望の声を上げたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る