口撃勇者 リンパ その2
「よく来たな勇者よ。われが魔王、フォルテ13世である」
リンパが室内に足を踏み入れると部屋の奥から声が上がる。今目の前にいる少年がどうやら魔王らしい。
「あれが魔王?いや、見た目に騙されるな」
目の前にいる魔王と名乗る男は、一見か弱い少年にしか見えなかった。しかし、リンパはその少年から発せられる独特の緊張感を受け気を引き締めた。
(あぁもう!コトさん抜かれるの早すぎ!!こっちはまだ心の準備も出来てないのに!!)
フォルテは精一杯平静を装いながらも内心は落ち着いていられず、その焦りは対峙する勇者に不気味な違和感として伝わっていた。
(モニカさんも、モニカさんで未だに根に持ってるし、これは本格的にヤバい。今回はマジでピンチです。なんとか話し合いで解決しないかなぁ)
先ほどまでの喧嘩が尾を引いて、モニカはこの場には姿を見せなかった。せめてシンバから目の前の勇者についての情報でも貰えていればフォルテの心境は違ったかもしれないが、やはりシンバも勇者が来るとあって早々に姿を眩ませていた。
「魔王よ、戦う前に少し話を聞いてくれないか?」
「えっ?あ、あぁ」
必死に説得の文句を考えるフォルテに対してリンパから突然声がかかる。突然の問いかけにフォルテは威厳も忘れ、呆けた声を上げた。
「そんなに警戒することはない、ただお互いにとって利となる話し合いをしようではないか」
フォルテにとっては願ってもない相談が持ち掛けられる。
「えっ!?いったい何を言っているの?」
あまりに都合の良い展開にフォルテは相手が何を言っているのか理解に苦しんだ。
「警戒するのも無理はない。勇者と魔王、古来より雌雄を決してきた仲だからな。だが俺はそんな関係も今や変わりつつあると思っている」
リンパの真摯な態度に段々と警戒心を解き始めていた。
「うん、うんうん!!そうだよ!そうだよね!!僕も前々からおかしいと思ってたんだ!!」
長年待ち望んでいた話の分かる勇者の登場に、フォルテは嬉しくなりテンションを上げて答える。
(なんだコイツの食いつき具合は?てっきり逆上してくるかと思ったが、これは演技なのか?)
リンパはフォルテの意外な反応に困惑していた。
「ほんと、ここに来る勇者って血の気の多い変な人ばっかりで、人の話なんて聞いてくれないの!やぁっっと、話の分かる人が来てくれて嬉しいよ」
(さっきまでの威厳は微塵も感じない?これが素の表情なのか?いや、魔王がそんな態度をするわけがない。今まで魔王城に立ち入って無事に帰った勇者はいないと聞いてる。これも奴の策略か!?)
リンパはフォルテの腹の内を誤認し、一人思考の闇へと陥っていた。一方フォルテは、初めて訪れた好機にすっかり危機を忘れて舞い上がっている。
「いやー、毎回君みたいに話の分かる勇者だと僕も気が楽なんだけど。ほら、やっぱり戦いって向いてないというか、野蛮だし何も生まないもんね」
(戦っても何も生まない?塵も残さず消滅させるという意思か?それほどまでに絶対の自信がこの魔王にはあるのか!?)
リンパは飄々と話すフォルテの底知れに力に恐怖し身震いする。
「もちろんただお帰り頂くってわけじゃないよ。そこはしっかり話し合ってお互い損がない様に打開策を考えようよ」
(ただじゃ返さない!一見物腰柔らかく話しているが、その実会話の端々に脅迫ともとれる脅しが散りばめられている。物腰は柔らかく、巧妙に弱者を装う隙だらけの姿なのが逆に恐ろしい)
リンパはフォルテの実力が計り知れずにいた。実際にはリンパの物差しでは誤差ほども反応しないフォルテの戦闘力であったが、本人は魔王がそんなに弱いとは露ほども思ってはいなかった。
(どうする?隙を伺って仕留める計画だったが、このまま奴の懐に入り込んだらこっちが逆に食い殺される。ここは一旦出直すか)
リンパは理解の追い付かない状況に困惑し思考は既に後退していた。
「ま、魔王よ。それでは今後を踏まえてまずはじっくりと考えたい。今日は一旦お開きとして後日日を改めないか?」
後退のタイミングを計るリンパに、フォルテは笑顔で答える。
「あっ、そうですよね。いきなりこの場で話を詰めてもいい案は浮かびませんよね。今日は長旅でお疲れでしょう、部屋を用意させますので、どうぞごゆっくり寛いでいって下さい」
フォルテは上機嫌で配下の者を呼び早速部屋と食事を用意させる。
「いや!!いきなり押しかけて寝食をねだるなんておこがましい!今日はこれにて失礼いたしますので」
リンパはそう言ってそそくさと帰り支度を始める。あまりの手際の良さにフォルテはただ黙って彼の背中を見送ることしかできなかった。
「あれ?フォルテ様一人でどうしたんですか?勇者は?必殺の土下座でもして許してもらったんですか?」
勇者が去った室内にモニカの間の抜けた失礼な発言が響く。フォルテは怒りを感じながらも勝ち誇った顔でモニカに振り向いた。
「遅かったですねモニカさん。勇者は私の説得でいったんお帰り頂いたところですよ」
初めての偉業に胸をそり返しながらフォルテが答える。
「えーー!!ここまで来てフォルテ様の説得に応じる勇者がいるなんて!?いったい幾ら包んだんですか?」
「失礼な!世の中には誠心誠意話せばわかる人もいるんですよ!」
驚くモニカにフォルテは感動しながら答える。
「一時は本当に土下座でもして、靴も舐めてお帰り頂こうかという考えも浮かびましたが、いやぁ、諦めないで良かったー」
後半は緊張の糸が切れたのか泣きながら訴えかけフォルテ、そんな姿を見て、モニカは茶化す気も失せて優しく頭を撫でてあげるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます