口撃勇者 リンパ

「ちょっ!!!馬鹿っていう方が馬鹿なんですぅ!!」


「あぁ、もう!聞き捨てらんないわ」


 いつもに比べてだいぶ賑やかな執務室。その騒音は部屋を飛び出し廊下にまで響いていた。シンバは扉の奥から聞こえてくる口論に辟易しながらも、仕方なくその扉を開けた。


「もう、いったい何を言い争っているんですか?廊下まで丸聞こえですよ。まったく恥ずかしい」


 シンバは呆れた声を出しながら部屋の中にいる二人に話しかける。


「それはモニカさんが!」


「だってフォルテ様がぁー」


 二人揃ってお互いを攻め合う、そんな仲の良い二人に少し苛つきながらシンバは二人を宥める。聞けば言い争いの原因は、モニカが大事にとっておいたフォルテのケーキを勝手に食べてしまった事らしい。


「はいはい、それはモニカさんの目につく範囲に食べ物を置いといたフォルテ様が悪いですね」


「えっ、ちょっ!?シンバさん?」


 シンバの言葉に納得いかない感じでフォルテが訴えかける。モニカ相手に普通の感覚は通用しなかった。


「フォルテ様、冷静になって下さい。モニカさん相手に何を言っても無駄ですよ。どうせ最後は力に訴えて我々ではどうしようも出来ないんですから、ここは天災に見舞われたと思ってすっぱり諦めましょう」


 傍から見るとフォルテに非がないように思えるが、シンバを含め魔王軍の誰しもがモニカの傍若無人ぶりを認識していた。その為言い争うだけ無駄ということを知っていたのだ。


「可哀想なので、明日新しいケーキ買ってきますから。今日は我慢して下さい」


「あたしの分もよろしくね。シンバくん!」


「はいはい。ことの原因くらいは認識して欲しいものですね」


 まるで我が子を宥めるようにシンバはフォルテにフォローを入れる。その言葉を聞いてモニカが悪びれた様子もなく自分の分も要求してくる。

 フォルテもそれで納得したのか、渋々自分のデスクへと戻って行く。そんなやりきれないフォルテに対してシンバは優しく声をかける。


「フォルテ様、そんなに落ち込まないで下さいよ。気持ちを切り替えて、ほら、お客様がいらっしゃいましたよ」


 そう言ったシンバの目はこれから起こる不運を察してか、可哀想なものを見るような哀れみで満ちていた。フォルテはそんなシンバの目線からこれから起こる事を察して耳を塞ぐ。


『緊急警報、緊急警報!勇者の襲来をお伝えします』


 耳を塞ぐフォルテに虚しく鳴り響く勇者襲来の警報。シンバはフォルテを無理やり起こし、進むべきドアへと案内した。


「はぁ、わかってますよ」


 フォルテはため息をつきながらも、魔王の職務を全うするように重い腰を上げた。


「今回はボンゴさんが療養中で、代わりにコトちゃんが勇者を引き溜めてますが、長くは持ちそうにありません。フォルテ様、急いで下さい!」


 シンバは、フォルテよりもコトの事を心配して答える。その言葉にフォルテの心は更なる追い討ちをかけられた。


 一方魔王城のエントランスホールでは、勇者と四天王コトの戦いが始まろうとしていた。


「まさか、まさか。魔王の住まう敵の本陣、どんな屈強な兵士が出てくるかと期待していましたら、まさか、まさか、こんな可憐なお嬢さんが出ていらっしゃるとは」


 勇者は目の前に立つ華奢な女性を見ながら告げる。


「私だってねぇ。本当はこんな前線に立ちたくなんてないわよ!四天王になればお姉さまと肩を並べてキャッキャ出来ると思ったら、ほんとにここの部隊は人手不足なんだから、私の本職は後方支援なの!!後方でお姉さまを支援していたいの!」」


 勇者を目の前にして、コトは日頃のうっ憤を爆発させる。勇者のその存在を気にもせず怒りをぶちまける。そんな姿を見ながら勇者は微笑み、そして嬉しそうに語りかけた。


「申し遅れました、私は勇者リンパ。遠方から国王の命を受け遥々ここまでやってきましたが、実際そうれも、もうどうでもよくなってきました」


「えっ?どうゆうこと?戦わないの?」


 勇者の言葉に身を乗り出して反応するコト。


「私は疲れてしまいました。国王に無理矢理この戦いに駆り出され、旅では傷付き、多くの友も失った。出来ればもう戦いたくない、故郷で私の帰りを待つフィアンセと静かに暮らしたいだけなんです」


 勇者リンパは涙ながらに語る。


「それなら、そのフィアンセと駆け落ちでもして逃げればいいんじゃない?」


 コトは泣き崩れるリンパを見下ろしながら答える。


「それが出来るならば最初からそうしています!私のフィアンセは国王に人質として囚われているんです、このまま手ぶらで帰ったら、私も彼女も殺される。本当はこんなことしたくないのにぃ」


 リンパの言葉に声も出ず黙っているコト。彼女にはその解決策が全く浮かばなかった。


「すまない、これから命を懸けて戦おうというのにこんな話をしてしまって。いまの話は忘れてくれ」


「何言ってるの!?そんな話聞かされて無意味に戦いなんて出来るわけないじゃない!」


 リンパの話を聞いて同情するコト。


「あぁ、なんて優しいお嬢さんなんだ。それなら、お願いがあるんだ!どうかこのまま魔王様に会わせて欲しい!」


 熱のこもったリンパの声に圧倒されるコト。


「え、えっと、それは」


「先ほども話した通り、私は魔王様と戦うつもりはありません。ただ、彼女を救うために魔王様になにか討伐証明になるものをいただきたいのです」


「そういう事なら魔王様も納得してくれるかも,,,」


「さぁ、急ぎましょう!事は一刻を争います!」


「えっ、ちょっと!!!?」


 そうしてコトはリンパに押し切られるままに彼を奥へと案内してしまうのであった。


「あの扉の先が魔王様の居る部屋だよ」


 コトは通路の奥にある大きな扉を指さしてリンパに告げる、それを受けてリンパの目線は一瞬鋭くなり、扉の先を見据える。


「コトさん、ありがとうございました。後は魔王様に話して何とか解決策を探してみます」


「えぇ、魔王様は優しいお方ですから、きっと力になってくれるわ。一緒に行って私も協力してあげたいけど、一応立場ってものがあってね、頑張ってね」


 ここまでの短い時間ですっかり心を許してしまったコト。いつしかリンパの語った生い立ちに同情し応援する立場になっていた。


「本当にありがとうございます。コトさんの事は一生忘れません!」


「いいのよ。フィアンセと幸せになんないと許さないわよ!」


 目に涙を浮かべるリンパに、つられて涙ぐむコト。そうしてリンパはコトと離れ、一人で通路の奥へと進んで行った。


「はぁ、馬鹿の相手も疲れるわ。でも、部下がこの調子なら魔王とやらも大した事ないのかもな、所詮低能な魔族ちょっと頭を使えばこの程度よ」


 リンパは上機嫌に去って行くコトの背中を見つめながら吐き捨てる。これこそが勇者リンパの本性であった。言葉巧みに敵を騙し、欺き、戦いを回避する。その巧妙なやり口で命を賭けた戦いをすることもなく安全に魔王城まで到達したのである。


「さて、最後の魔王もさっさと片付けますか」


 そうしてリンパは大きな扉を押して中へと歩みを進めるのだった。

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