最強血統種 ベル その3

「いい加減諦めて、成仏しやがれ!!!」


 苛立ちの隠せぬ顔で、勇者は悪態をつきながら乱暴に剣を振るう。その剣に引き裂かれボンゴの体から鮮血が上がる。


「ぐをぉぉぉ!まだだ、まだ負けんぞ!」


 どれだけ痛めつけようともなかなか倒れず、終始劣勢であるにもかかわらず負けを認めないボンゴに苦戦を強いられる勇者。致命傷と思われる攻撃を何度か繰り出しているにも関わらず、目の前の敵は不死身の如く何度も起き上がってきていた。


「てめぇ、不死身かよ!いい加減うっとおしいんだよ!」


「我の心に強い信念がある限り、倒れはしないのだ!!」


 疲れの見え始める勇者に対して、ボンゴは歯を食いしばって耐え忍ぶ。


「これならどうだ!!!」


 勇者の気迫が炎となって体から湧き上がる。その熱を受けてボンゴの肌が焼けていく。


「あははは!このまま灰にしてやるよ!!これならさすがに立っていられねぇだろ?」


 勇者は右手を前に突き出し掌をボンゴの方向へと向ける。勇者の行動に疑問を浮かべ突き出された手を見つめるボンゴ。

 その掌から一瞬光が漏れた時、ボンゴの視界は白く塗り潰された。


「パパーーーーー!!」


 ベルの目の前では衝撃の光景が繰り広げられていた。勇者を探して踏み込んだ闘技場の一角で、父のボンゴと勇者が戦っていた。

 勇者から発せられる熱にボンゴが歩みを止めていると、不意に勇者の掲げた掌から眩い光が放たれ、その光は対峙するボンゴに向けて一直線に向けられた。そして光はボンゴの上半身を消し飛ばしたのだ。


「へへへへ、どうだお望み通り消し炭にしてやったぜ」


 勇者は余程疲れたのか、肩で息をしながらボンゴに向けて吐き捨てる。


「ん?なんだお前たちは?ここはガキの来るところじゃねぇぞ」


 下半身のみになり、崩れ落ちるボンゴには目もくれず勇者は突如現れたベルたちに向き直る。


「あ、あぁぁぁぁ、ベ、ベルちゃん!や、やばいよ勇者だよ!!」


 勇者の圧倒的な強さを目の前にして腰を抜かすタンバル。先ほどまで大口をたたいていたティンパニに至っては、顔色を青く変え言葉も出ずに立ち尽くしている。

 二人とも先ほどまでの楽観した気配は微塵も消え去り、ただただ恐怖と絶望だけを感じていた。


「おいガキども!魔王は何処だ?さっさと言え!ぶっ殺すぞ!!」


 ティンパニとダンバルは勇者の圧力に押され声を出せずにいる。ベルに至っては父親の悲惨な姿を目の当たりにして呆然と立ち尽くしていた。そんな三人に勇者は苛立ちを覚える。


「あぁ、もういぃやめんどくせぇ!一人くらい殺せば目も覚めるだろ?」


 勇者は手にしている剣を振り上げると震えるダンバルにむけて振り下ろした。


「ひぃいいい!!」


 ダンバルは受けることも避けることも出来ずにただ身を丸める。そんな無防備な彼に勇者の剣は届こうとしていた。


「あっ?」


 いつもの切った手応えを感じないことに驚き勇者は疑問の声をあげる。切先を見るとそこにはダンバルに届く寸前で剣を握って止めるベルの姿があった。


「なんだお前は?」


 勇者は状況が把握できずに苛立った目線をベルに向ける。一度剣を引こうと握った手には自然と力が入る。


「んっ!ふんっ!!」


 だんだんとこの異質な光景に不安と焦りを感じつつ、なんとか剣を引き抜こうともがく勇者。しかし、少女の拳は勇者の剣を握って離さない。


「べ?ベルちゃん?」


 目の前で動かない剣を見つめ、不思議そうな声で訪ねるダンバル。彼の目には剣を突き立てている勇者よりも、いつも一緒にいる儚い少女の方が恐ろしい存在に写っていた。


「ゆるさない,,,」


 ベルがボソリと呟く。


「あっ?なんだって!?」


 静かながらもその迫力のある声に押され顔を引き攣らせる勇者。


「絶対、許さないんだから!!」


 それは父を傷つけた勇者ではなく、怯える友達でもなく、何もできなかった自分に対して向けられた言葉であるかのようであった。そんな怒りが溢れ出しベルの周りで爆発する。正面からその気を浴びた勇者は剣を手放し後方へと吹き飛ばされる。


「な、なんだ!!?」


 自分が吹き飛ばされたことより、目の前にいる存在に疑問を感じる勇者。今まで出会ってきた魔物とは一線を介すその存在感に足はすくみ、手は震えている。そんな彼に一つの噂が脳裏に浮かんだ。


「まっ、まさか魔王を凌ぐ裏ボス?お前がか!?」


 それは勇者の間で語り継がれている伝説。魔王の側にはその力を遥かに凌ぐ化け物がいると。にわかには信じられなかったその伝説が勇者は今肌身で感じていた。


「や、やめてくれ」


「いまさら謝っても遅いわ」


 すでに戦意のそがれている勇者に対して、ベルは近づき右の拳を軽く振る。その拳圧は触れずとも勇者の右肩を砕き、再起不能な傷を負わせた。


「ぐわぁぁぁ」


 あまりの激痛に声を上げる勇者。そんな姿に動揺も見せずに尚も拳を振り下ろす。その異様な光景にティンパニとタンバルは止めに動いた。


「ベルちゃんやめて!!」


「おい、どうしちまったんだよ!!」


 ベルの腕を掴んで止める二人、その静止を振るほどきベルは勇者へと歩みを進める。しかし、振り落とされて悲鳴を上げる二人を見て動きを止めるベル。


「わ、私なにを,,,」


 冷静さを取り戻し、自分のしたことを確認するベル。怯える勇者と、倒れる友人二人を見下ろして目に涙を浮かべる。


「ご、ごめんない。私、そんなつもりは」


 必死に謝るベル。彼女の姿に安堵感を覚えて友人二人は笑って立ち上がる。


「いいんですよベルちゃん」


「そうだぜ!お陰で助かった。こちらこそ、ありがとな、あぁ!?」


 優しい友人に励まされ更に涙を流すベルであったが、友人二人は青い顔をして卒倒する。不思議に思って振り向いたベルの前には上半身を失った大男が立っていた。


「あ、パパ!もう起きたの?」


 まるで父親との朝の会話のようにさわやかに話しかけるベル。上半身を失ったボンゴは声を発することなく何とか下半身のみでジェスチャーを返す。そんな二人のやり取りを見て、周りの人々は噂の不死者の存在を再認識するのだった。


★★★


「勇者来ませんねーー。もしかしてボンゴくん勇者に勝っちゃったんじゃないんですか?」


 魔王の控える大広間。眠気を覚ますために背伸びをするモニカ。その傍らにはいまだ緊張の糸を切らさないフォルテが王座に構えていた。


「何言ってるんですか!今回の勇者は10ボンゴ越えでしょ?つまり、ボンゴさん十人分の戦力です。そんな勇者に逆立ちしたって勝てるわけないじゃないですか!」


 自分の配下を信頼してるのかしてないのか分からない事を言うフォルテにモニカはため息をつく。


「それなら早く来てくれないかなー、もう暇で暇で。あと5分待って来なかったら私帰っちゃいますからねフォルテ様ぁ!」


「ちょっ、ちょっと待ってくださいモニカさん!!そんな危険な勇者の前に僕一人にされたら、そ、そうだ、とっておきのケーキがあるんです!今持ってきますから」


 フォルテの必死になった説得に目を輝かせるモニカ。こうして二人は来るはずのない勇者を待って、気の休まらないティータイムを実施するのだった。

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