転職勇者 ピノア その3

 神殿内は想像以上に広く、多くの人で賑わっていた。


「やったぁ!俺、聖騎士に転職できたよ!これで田舎の母ちゃんに楽させてやれる!」


「あぁ、適性が農夫か大工だなんて。大人しく田舎に帰って家業を継ごうかな」


 神殿のあちらこちらでは、夢を叶えた者、夢破れた者の叫びが木霊する。


「やったぁ!ヒモに転職できたぜ。これでホスト止めても食いつないでいけるな!!」


 中には聞きなれない職業も多くあり、その都度ピノアはダンバーに聞いていた。


「ねぇダンバーさん。ヒモってなんですか?」


「ピノアには関係のない職業じゃ。気にせんでえぇ」


 ダンバーはピノアの害にならないようにあえて詳細は伏せて教える。


「ピノア様。もしご興味がありましたら、私が養ってあげましてよ?」


 そんな二人のやり取りに、横からソステートが口を挟む。それもすぐさまダンバーに諭され、またもや二人は言い争いを始めていた。


「仲のよろしいことで。さて、ピノアさん着きましたよ。ここであなたの今の職業を鑑定いたします」


 そうして神官男性に通された先には、一つの水晶玉が置かれていた。何のことかわからず辺りを見回すピノアにソステートが助け船を出す。


「こうして水晶の上に手を乗せると、その人の職業がわかるんですの」


 そうしてソステートは見本を見せるように水晶に自らの手を置いた。しばらくすると水晶は白く輝きだす。


「白は神官職の色です」


 タブラ教の男性が色について説明をする。


「うむ、白だが少し濁っておるのぉ」


 ダンバーは水晶を見ながらソステートに嫌味を告げる。そして、自らも水晶に手を置いた。


「緑ですね。賢者の色とされております」


 ダンバーが触れた水晶からは鮮やかな緑色の光が漏れていた。


「あらダンバー様?水晶の色がくすんでますわよ」


 ソステートは使い古して霞んでしまったかのような緑色をダンバーの現在の姿と照らし合わせて揶揄する。そのまま言い争いになる二人を白い目で見ながらタブラ教の男性は話を進める。


「さぁ、ピノア様もお手を」


 緊張した面持ちで水晶に手を置くピノア。いつの間にか、ダンバーとソステートは争いを止めピノアの様子を伺っていた。


「ピノア様ですから、ご職業はやっぱり王子様とかでしょうか?それとも王様、もしかして神!?」


 ソステートは妄想を膨らませ一人ヒートアップしている。


「嬢ちゃんの事は放っておけ、して、鑑定結果は?」


 ダンバーが気になってピノアの触れる水晶を覗き込む、しかしそこには何の反応も示さない水晶があった。


「ん?どうした?故障かのぉ?」


 不思議そうに首を傾げるダンバー。その様子を見てタブラ教の男性は説明する。


「これは,,,無職ですね」


 あまりの結果に言葉を失う三人。


「え?え?無職って?つまり職がないってこと?戦士でも、魔法使いでもなく?」


 ピノアは動転して質問する。


「はい、無職ですから。しかし、この歳まで無職とは珍しい。普通は何かしらの職に就くはずですが。失礼ですが就労のご経験は?」


「えっと、ないです。一人前になると同時に家を出て勇者として旅をしましたので」


 ピノアは正直に答える。


「あぁ、これが口減らしというやつですか。それは可哀そうに,,,今まで一人で生きてきたのですね、それは大変だったでしょう」


 男性はピノアの話しを聞いて目に涙を浮かべる。


「いや、あのぉ、両親との間柄は今も親密ですが?」


 ピノアは必死に誤解を解く。


「あぁ、これが村八分ってやつですか」


「もういいですから!」


 ピノアは少し懐かしい気分になりながら抗議する。


「無職ってことは何にでもなれる可能性があるんですよね?やっぱり戦士辺りに転職しようかなぁ」


 ピノアは気持ちを切り替えてこれから就くべき職について考えを膨らませる。


「無職だからと言って何にでもなれるわけではありませんよ。ちゃんとご自身に合った職でないと実力の半分も発揮できませんから」


 タブラ教の男性はピノアに説明する。


「それでは、その適性をどうやって探せばいいんです?」


 ピノアは不安になって男性に尋ねた。すると男性は更に違う水晶を取りだして話を続ける。


「そこでこの適性診断水晶の出番です。これがあればあなたの天職も一目瞭然!」


 男性はそれが売り文句であるかの如く声高に告げてくる。その圧に押されピノアは少し引いていた。


「そんな胡散臭い水晶使わなくても、ピノア様はこの世界を統べられるお方ですわ。もう王様にでもなっちゃいましょう!」


 話を聞かないソステートが強引に職を進める。


「民のいない王なぞなんの意味もないわい」


 そんなソステートにダンバーが冷たくつっこむ。そんなやり取りの合間にも、ピノアは自ら進んで水晶を手にしていた。


「これでいいいのか?」


 恐る恐る水晶を見るピノア。今度は先ほどとは違って水晶は反応を示し、神殿は眩い光に照らされた。


★★★


「それで、兄ちゃん?そんな恰好でここまで来たのか?」


 数日後、馬車屋の前には腰蓑を巻いた少年が立っていた。手には石器で出来た槍を持ち、ボサボサの髪の毛は伸び放題であった。


「職に就いて来いとは言ったが、まさか乞食になるとねぇ。いくら職があっても金がねぇと馬車は貸せねぇよ?」


 店主はまるで浮浪者のような少年、ピノアに話しかける。


「いうのこと書いて、乞食とは失礼な!!ピノア様は以前までの無職とは違うんですのよ!!立派な野生児に転職しましたの!」


 失礼な態度をとる店主に向かってソステートが突っかかる。


「落ち着けソステートよ。今のピノアの格好を見れば、そう取られても仕方ない。店主よそういう訳で、条件は達した。馬車を貸してもらうぞい」


 ダンバーが騒ぎ立てるソステートを退かせて店主と話を纏める。


「あ、あぁ。わかったよ、その、くれぐれも汚すなよ」


 店主はピノアのインパクトに負けて空返事を返した。


「ピノアよ、もうしばらくの我慢じゃ。また転職するにはある程度レベルを上げないといかん。それまでの辛抱じゃ」


 ひとり呆然と立ち尽くすピノアは目にうっすらと涙を浮かべていた。 

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