転職勇者 ピノア

「だからほんとに勇者なんですってば!!」


 人も疎らな店内で、声変わりすらしてないような少年の高い声が響き渡る。少年は軽装で小柄な体を包み、背中には不釣り合いな剣を背負っている。

 そんな勇者と騒ぎ立てる少年に向かって、店の主人は困ったように声をかける。


「だから、さっきから言ってるがな坊主。勇者ってのは職業じゃないんだわ、こっちとしてはちゃんとした職業を聞きたいんだよ」


 子に店は旅をする者の足として欠かせない馬車を貸す店。その店の主人が目の前の勇者と名乗る少年に向かって言葉を続ける。


「こっちもな、馬車を貸したけど返ってこないじゃ困るんだ。その為にも、貸すなら身元のしっかりした人じゃないと大切な馬は貸せないよ」


 店主が困った顔で少年に告げる。


「それは困りました。僕って職業なんでしょう?」


 困惑した表情で勇者ピノアは後ろにいる仲間に問いかける。


「そではもちろん王子様ですわ!ピノア様は白馬に乗った王子様ですもの!」


「その乗る馬をこれから借りんといかんのじゃがのぉ」


 目を輝かせて力説する神官の女性と呆れた声を上げる初老の男性がピノアに向かって答えを返す。


「そもそも自分の職すらわからねぇんなら話になんねぇな」


「それでしたら!ピノア様の代わりに神官であるわたくしが手続きいたしますわ」


 先ほどから食い下がっている勇者ピノアを押しのけて、今度は法衣を纏った神官の女性が前に出る。


「あぁ、女性はダメだ」


 店主は即答する。


「この男女平等が叫ばれる世の中でなんと不敬な!あぁ、神よ、この男に裁きをお与え下さいませ」


 女性の神官ソステートは天井を仰ぎながら手を合わせて神に祈りを捧げる。


「これこれソステート、いまだ完全なる平等を掲げる国は意外と少ないんじゃ。それに、国としては男女平等を謳っていても市民に浸透していないケースも多々あるからのぉ。とりあえずその呪いを振りまくのをやめんか!」


 今だ呪詛を口ずさむソステートを宥めるように、長い髭を生やした老人が間に割って入る。


「あぁ、愚かなダンバー様にも神の裁きを,,,」


 止めに入って来た仲間のダンバーにすら天罰を請うソステート。


「ソステートさん、落ち着いて下さい」


「はい、ピノア様がそう仰るのでしたら」


 最終的にはピノアに止められてソステートの祈りは終わりを告げた。


「店主よ、すまんかったな、若輩者ゆえまだまだ世間を知らんでな。ここは賢者であるこのダンバーの名で収めてくれんかのぉ?」


 パーティーの最年長であるダンバーが店主に商談を持ちかける。


「いや爺さん、悪いが65歳以上だと保証人がないと馬は貸せないよ」


 店主はダンバーの顔に刻まれた皺に視線を向け、年齢を推測して告げる。


「なんじゃと!?この福祉国家の叫ばれる昨今、年寄りを大切にしない国は近いうちに滅びる!いや、わしが滅ぼすぞ!」


 ぞんざいな扱いにダンバーは頭に血が昇って騒ぎ立てる。


「そうです!ダンバー様、こんな店跡形もなく吹き飛ばしてしまって下さいませ」


 そんなダンバーを後ろからソステートが焚きつける。


「ダメですよダンバーさん!そんなことしたら捕まっちゃいますよ」


 一人常識人のピノアが逆上するダンバーを説得する。


「ピノア様、ここでダンバー様が暴れてくれれば、不逞な店も滅ぼせて、邪魔なダンバー様ともおさらば出来ます。晴れて誰にも邪魔されずにピノア様と二人旅ができますわ」


 ソステートは邪な考えから、口角が緩み笑顔を覗かせる。


「ぐぬぬぬ、その手には乗らんぞソステート!」


 ソステートの企みに気付き、唇をかみしめて思いとどまるダンバー。とりあえず、大ごとにならずにすんでピノアは胸を撫でおろした。


「女性と老人はどうすることも出来ません。そうなると、残るは僕がちゃんとした職業に付いてればいんですよね?それなら僕が転職します!」


「ピノア様が折れなくても、店主を脅して馬を奪えばいいんですわ」


「ソステートの意見は置いといて、ここいらで転職するのも悪くないかもしれん。様々な職を経験した方がこれからの戦いにも有利に働くかもしれんしのぉ」


 神に仕える者とは思えぬ発言を繰り返すソステートを無視し、ダンバーはピノアに転職を勧める。


「ですが、転職するにもいったいどうすればいいのか。さっぱりわかりません?」


「わたくしも神に仕える身として一生を捧げておりますゆえ転職には縁がございませんが、ピノア様さえよければ永久就職先として一生お傍で仕える覚悟でございますわ。ピノア様、是非わたくしのナイトになってくださいませ」


「なるほど、結構転職って簡単なんですね。それなら今日から僕はナイトとしてやっていきます!さぁ、これで転職しました!馬を貸して下さい!!」


「そんなのダメにきまってんだろ,,,」


 ピノアとソステートのやり取りに対し、冷静に断りを入れる店主。


「何を寝ぼけたこと言っておるんじゃ!?転職と言えばタブラ教の領分じゃろうが」


「あぁ、そういえばあそこは多神教でしたわね」


 ダンバーの言葉に宗教対立でもあるのかソステートが沈んだ声で答える。


「そうと決まればさっそくそのタブラ教の神殿へ行きましょう!」


 こうしてピノアは馬車を借りるために、転職出来るというタブラの神殿へと向かうのであった。

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