飼育勇者 サントゥール その2
「な!?なんですかあれは!!」
魔王の執務室。その窓から見える大きな生物にフォルテは驚きの声を上げた。
「何って?ドラゴンじゃないですか?フォルテ様見たことないんですか?」
同じく窓から外を眺めるモニカが興味なさげに返事を返す。彼女にとってドラゴンの存在などただのトカゲに過ぎなかったからだ。
「そんな冷静に言われても!あっ!!いまボンゴさんがドラゴンのブレスで消し炭に!!」
フォルテは城門での戦いに目を奪われ、その戦況をモニカに伝える。
「大丈夫ですよ。ボンゴくんなら、明日にはケロッとして復活してますから」
「まぁ確かにボンゴさんの心配はそこまでしていませんが」
モニカの冷たい言葉に、フォルテも今回ばかりは賛同する。それほどボンゴの不死身さを彼らは身をもって実感していた。
「それはさておき、あのドラゴンですよ!あんなの出されたら僕なんて一口で即死ですよ!!」
フォルテはかつてない危機に声を荒げる。その様子を他所にモニカは窓の外を見ながら答える。
「どうやらその心配はなさそうですよ?」
「えっ?どうゆうことですか?」
モニカの言葉につられ、フォルテは驚いてモニカの視線を追って窓を見る。そこには空高く飛び立ったドラゴンが魔王城から離れて行くのが見えた。
「へっ?ほんとだ、もしかして諦めて帰ったんですかね?」
「負けてもいないのに帰る勇者がありますかねぇ?」
フォルテの楽観視に対して冷たくつっこむモニカ。
「では、なぜドラゴンが去っていったんでしょうか?」
フォルテは疑問を口にする。
「もしかして、ドラゴンより強い配下がいるから用済みになったとかですか?」
モニカは面白そうに笑みを浮かべながらフォルテに告げる。彼女は根っからの戦闘狂であり、フォルテと違って日夜自分と対等にやりあえる相手を欲していた。
「そんな恐ろしいこと言わないで下さいよ!」
フォルテは嬉しそうに語るモニカを見ながら肩を落とす。
「まぁ、実際には勇者本人に聞かないとわかりませんから。ほら、早速来たみたいですし。さぁ、行きましょうフォルテ様!」
モニカは隣の魔王の間に勇者の気配を感じフォルテを急かす。モニカは足取りが重いフォルテの腕を掴んで、対照的な雰囲気の二人は魔王の間へと向かっていった。
★★★
勇者サントゥールの前には険しい顔の少年と楽しそうに笑顔を浮かべる少女がいた。
「お前が魔王か?」
サントゥールはフォルテに対して語りかける。どちらも実力者には見えない風貌だったが、少なくとも玉座に座る少年が魔王であろうとあたりをつけての発言であった。
「いかにも。我が魔王、フォルテ13世である」
フォルテは繰り返し言ってきたセリフを流暢に話す。
「私は勇者サントゥール!魔王よ!さっそくだが、勝負だ!!」
サントゥールの声が室内に響く。瞳は揺るぎない決意に燃える、フォルテはその気迫を何とか覚ます術を模索する。
「ふ、一人で我に挑もうとは勇敢なとこだ。先ほどのドラゴンはどうしたのだ?」
フォルテは時間稼ぎと共に、先ほどからずっと気になっていた質問を繰り出す。
「ドラゴンのダルシマーか?あいつは逃げた」
「逃げた?」
サントゥールの言葉に疑問に思ってフォルテは聞き返す。
「あぁ、まだ親密度が低かったからな、だが魔王、お前を倒す手札はまだ残っているぞ!!」
どうやらサントゥールの手持ちの配下はまだいるようだ、それも先ほどのドラゴンよりも信頼を置いている強力なやつらしい。その存在にフォルテは絶望を感じていた。
「へぇ、ドラゴンが小間使いねぇ。これは本命の配下はなかなか期待そうね、それで、次はどんな奴が相手してくれるのかしら?」
楽しそうに笑いながら、モニカはサントゥールに向かって話しかける。
「あなた、余程腕に自信があるご様子ですが、私の相棒には絶対に勝てないですよ?」
サントゥールは嬉しそうに戦闘態勢を取るモニカに対して啖呵を切る。
「そこまで言うからには見せて貰おうじゃないの。自慢の相棒とやらを!!」
「モニカさん!相手の挑発に乗らないで!!ここは勇者本人を倒してしまえばいいのでは?」
サントゥールの出方を伺うモニカにフォルテはコソコソと意見を述べる。
「フォルテ様は黙っててください!」
すっかりやる気のモニカはフォルテの助言に耳を貸さずに一蹴する。そのあまりの迫力にフォルテは口を押えて傍観することに徹した。
「では、お見せしましょう。私の可愛い相棒を!出ておいで、よーちん!!」
サントゥールは懐からボールを取り出して投げるとそれは空中で眩しく光輝いた。
「そ、そんなバカな!?まさか、こいつが相棒なの?」
いち早くサンテゥールが呼び出した生物を確認しモニカが驚愕の声を上げる。
輝くボールから飛び出してきたそれはサントゥールの前に降り立ち、モニカを見据えて立ちふさがる。その姿にモニカは臨戦態勢を解かれ、両腕は無防備に垂れ下がる。
「ふ、彼が僕の相棒よーちんだ。どうだ?こいつには敵わないだろ?」
自信満々に微笑むサントゥール。その自信を裏付けるように膝を折り、床に崩れ落ちるモニカ。
「こんなのと戦えるわけないじゃない!」
地面に座り込むモニカによーちんはその歩みを進める。モニカは近寄ってくるよーちんを受け入れるかの如く両の手を広げた。
「にゃーーーー」
「いやーーー!可愛すぎて無理ぃーーーー!!」
つぶらな瞳で駆け寄ってくる黒猫をモニカは緩んだ顔で招き入れる。その愛くるしさに戦闘の事も忘れ、しばらく黒猫を愛でていた。
「これが相棒?」
目の前に繰り広げられた茶番を目にし、暫く放心状態であったフォルテが我に返っって言葉を発した。
「そうだ、黒猫のよーちん。血統証明書付ボンベイの純血種だ」
サントゥールは相棒のよーちんを自慢する。予想外の出来事にフォルテの思考は停止していた。
「どうだ?この毛並み、毎晩手入れを怠っていないから触るとふわふわで気持ちいだろ?」
サントゥールは尚も自慢を続ける。
「ほんと!ふわふわで抱き心地も最高。しかも、人懐っこくてかわいい!!」
モニカはすでによーちんの魅力に抗えないでいた。
「ふっ、よーちんの前では全ての女性は彼の虜。先ほどのダルシマーと違い親密度はマックス!人当たりも最高だ。誰も戦う事無く降伏せざるを得ない」
まさかの戦略でモニカを戦闘不能に陥れられたフォルテは己の危機に呆然と立ち尽くす。
「さぁ魔王よ、次はお前だ!!覚悟して頂こう」
サントゥールはそう言いながらまたもや懐からボールを取り出す。
「今度は何を呼び出すつもりだ?」
勇者の次なる一手に注目が集まる。
「魔王よ、お前も心ある存在ならばコイツには敵わないはずだ!」
サントゥールは、余裕の笑みでまたもボールから僕を呼び出した。
「えっ!!?嘘だろ?」
フォルテは、目の前の存在に視線を奪われる。その者から目を離すことが出来ずに、逃げ出すことすら出来ずにいた。
「その姿に酔いしれるがいい、行け!ヤングム!!」
サントゥールにより呼び出されたヤングムは、小気味良い羽音を響かせて、その身を宙へと浮かべる。その姿を追うようにフォルテの目は空中へと移っていた。
「か、かっけぇーーーー」
フォルテは宙を舞うヤングムを見つめて思わず声を漏らす。その目は全ての重圧から解き放たれ少年のように輝いていた。
「ふふふ、そうだろ?やはり貴様もヤングムの良さに気付いたか!」
目を輝かせて喜ぶフォルテにサントゥールは満足げに頷く。
「これってヘラクレスオオカブトだよね!?しかも、甲殻が青いのなんて初めて見た!!」
二人の頭上には勇猛に一本の角を掲げ飛ぶ、一匹の昆虫がいた。
「そうだ!こいつは約8年の年月をかけて交配した世界に一匹だけの希少種!ヘラクレスオオカブトのヤングムだ!!」
サントゥールが満足げに語り終わると、ヤングムはサントゥールの肩へと止まった。
「すげぇ!!」
「そうだろ、そうだろ?さすが魔王!貴様にならこの凄さがわかると思ったぞ!!」
ヤングムの頭の良さに驚くフォルテ。気を良くしたサントゥールは、その後自慢のペットたちを次々に披露していった。
城内に鐘の音が響き渡る。すでに日は落ち城の外では一日の疲れを癒すべく大人たちが酒盛りする声で溢れていた。
「あぁ、もうこんな時間か」
鐘の音に気付いてフォルテが声を上げる。
「ん?フォルちゃんどうしたの?」
サントゥールが親しげにフォルテに尋ねる。
「いやぁサンちゃん。もう閉門の時間なんだ」
フォルテは残念そうにサントゥールに告げた。二人はこの短い時間に絆を深め、フォルテはサントゥールの所有するペットを見せて貰っていた。
「そうか、ならそろそろ帰らないとな。よーちん帰るぞー」
サントゥールは遠くで遊ぶ黒猫のよーちんに声を掛ける。主人の声を聞いてよーちんは耳を立てて声の方へと歩き始める。
「あぁ、行かないでよーちん!!!」
そっぽを向いて歩くよーちんを恨めしそうに追いかけるモニカ。彼女も短い時間ではあったが、すっかりよーちんに心を許しその愛くるしさに心酔していた。
「にゃぁーーーー」
よーちんはそんなモニカに向けて短く返事を返す。その反応に気圧され抱きしめに行きたい気持ちを抑え踏みとどまる。
「それじゃぁな、フォルちゃん!」
「うん、またいつでも来てねサンちゃん!!」
すっかり暗くなった城門前、街燈の下で固く握手を交わすフォルテとサントゥール。そんなフォルテの後ろでは涙ぐむモニカの姿があった。
「ううぅぅぅ、よーちーーん」
そんな涙の別れを後にして、勇者サントゥールは去って行った。その姿が見えなくなるまで見送った後、悲しみに沈むモニカは足取り重く自室へと帰っていった。
「時間も忘れて話し込んだからお腹空いたな」
フォルテはモニカと別れ、小腹を満たす為に食堂へと足を向けた。
「…む、これはなかなか!!」
誰も異なはずの食堂へと近づくと、そこから人の声が聞こえてくる。不審に思ったフォルテは昼間の会話を思い出していた。
「ま、まさか?恐怖の調理室!!えっ、ほんとだったの!?」
声を潜めて驚くフォルテ。逃げ出したい気持ちもあったが、城を治める城主として、それ以上の好奇心が彼を音のする方へと導いた。
「あ、あれは!!?」
息を殺して調理場を覗き見ると、そこには一心不乱に新スイーツを貪るアコールの姿があった。フォルテは普段冷静沈着なアコールとはかけ離れた姿を目にし、その場を黙って後にすることにした。
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