飼育勇者 サントゥール

 多くの職員で賑わう昼食時、フォルテはやっと見つけた開いている席に腰を下ろし城内自慢のカレーにスプーンを落とした。


「ほんとなんだって!私、見たんだから!」


 フォルテの後ろ、背中合わせの位置から女性の声が聞こえる。フォルテの耳は自然とその女性たちの会話を聞き取っていた。


「どうせいつもの都市伝説でしょ?ライアも好きよね、その手の噂」


 どうやらフォルテの真後ろにいる女性はライアというらしい。彼女の興奮した物言いにフォルテは益々聞き耳をたてた。


「噂は本当だったのよ。七不思議の一つ、恐怖の調理室!」


 またも出てきた安易な怪談文句に少し眉をひそめるフォルテ。その間にも彼女の興奮は止まらなかった。


「鍵も閉まって誰もいないはずなのに、調理場の奥からガタガタ音がするの!私とっても怖かったけど、勇気を振り絞ってガラス越しに中を覗いたら…」


 盛り上がった話題に聞き入る女性から悲鳴が上がる。その声に驚きつつも話は続いた。


「いたのよ!調理場に青白い顔でひょろっとした亡霊が!!」

 

 話を進めるライアから臨場感が伝わり、フォルテも背中に悪寒を覚えた。


「しかも、その顔をよくよく見れば、なんと…」


 話も盛り上がってきた最中、急にライアは口を紡ぐ。フォルテはカレーを食べる手も止まり、続きを心待ちにするもなかなか話し出す様子はなかった。


「あっ、わ、私やりかけの仕事忘れてた!あはは、ごめんね!」


 急に話を打ち切りそそくさと席を立つライア。フォルテは気になって背後を振り返る。振り返ったフォルテの前には細長く威圧感のある目を剥き出しにしたアコール・ディオンが立ち尽くしていた。ライアはすでにアコールの影に隠れ、後ろ姿も見えなくなっていた。


「どうかしましたかな、フォルテ様?」


 不思議そうな顔でフォルテを見つめるアコールに慌てて取り繕うフォルテ。


「い、いや、なんでもないです。ちょっと気になる物があったもので」


 咄嗟にいい加減な言い訳をするフォルテだったが、そのあとすぐに何故自分がここまで後ろめたさを感じているのか不思議に思ってきた。


「何か城内で不手際があれば、何なりとお申し付けください。このアコール・ディオンが厳粛に対処いたしますので」


 職務に忠実なアコールは身を乗り出してフォルテに詰め寄る。そのあまりの圧力にフォルテは言葉を詰まらせた。


「あ、いや、あの。ほ、ほらあそこ!昼食時にあんなに甘そうなデザートまで食べて、午後の仕事に影響しないかなぁと…」


 フォルテは咄嗟に視界に入った職員を見て答える。


「デザートですって!?ほう、あれは私も知らない…」


 不適切な話題に怒りを買うかと思ったが、アコールは必要以上に食いついてきた。そしてそのまま思考を巡らせるかの如く一人ぶつぶつと思考を始めた。


「いや、気にしないで下さい!では、私は食べ終わったので戻ります!!」


 あまりに異様な雰囲気を醸し出すアコールをその場に残し、フォルテはカレーを急ぎ平らげ食堂を後にした。


★★★


 場所は変わり魔王城城門。お昼休憩も終わりを迎え、城外に出ていた従業員が足速に城門を潜って午後の仕事へと急いでいた。そこに城には似つかわしくない一人の少年が現れた。

 あまりに異質な少年に対し、近くいた大柄な魔族が声をかける。


「おぃ、坊や。こんなところで何してるんだ?もしかして、迷子か?」


 声をかけた魔族は、休憩で城外に出ていたボンゴであった。威圧感のあるボンゴの声にも少年は反応を示さず、ただじっと魔王城を見上げていた。


「それとも母親のお使いか?まだ小さいのに偉いな、うちの娘も大人びているがまだまだ子供でな、俺が見てないと何をしでかすか、」


 少年もボンゴを無視するが、ボンゴも少年の事などお構いなく娘自慢を始める。そんなボンゴを置き去りにして少年は静かに城門を潜った。


『警報!警報!勇者を検知しました!!』


 少年が突然の警報に辺りを見回す、それと同時に辺りはざわめきだし一般職の従業員は足早に避難を始める。


「おい坊主!?まさか、お前、勇者か?」


 もう少年を無視することなど出来なく、目の前に立ちはだかるようにボンゴが道を塞ぐ。


「そうだよ。僕はね、勇者サントゥール。魔王に会いに来たんだ」


 まるで親のお使いでもこなすように淡々と話すサントゥール。見た目は幼く10代にも満たないようにも思えるサントゥール。その無邪気な姿にボンゴも一瞬我を忘れる。


「ん?あ、あぁ、本当に勇者なんだな。なら、魔王様に仇なす存在だ、黙ってここを通す訳にはいかねえな」


 ボンゴは両の手を大きく広げサントゥールを通さない意思表示をする。

 休憩明けで僕は何もなかったが、見たところサントゥールも武器を携帯しておらず、しかも防具も見当たらない。

 そんな相手に体格で大いに勝る自分が武器まで持つ必要はないだろうと高を括っていた。


「あのぉ?そこを通して欲しいんですけど?」


 サントゥールの間の抜けた声でボンゴにお願いする。その無邪気さにボンゴも一人の親として心を痛めつつも職務を全うする。


「いや、ダメだダメだ!我は、魔王軍が四天王ぉ?どうした?」


 ボンゴが意を決し、気前よく名乗りを上げようとした時、サントゥールは懐からボールのようなものを取り出して地面へと投げる。ボンゴは不信に思ってそのボールを見つめる。


「なんだ?ボール遊びでもするのか?」


 ボンゴは幼い勇者と戦わずにすんでホッとしていると、急にサントゥールが叫びだした。


「出てこい!ダルシマー!!!!」


 緊張感の抜けたボンゴに対してサントゥールは高らかに声を上げる。勇者の声に導かれるかのように、先ほど投げたボールが割れ、中から何かが飛び出してきた。


「な、なんだこれは!?」


 ボンゴは空を覆いつくす巨大な影を見上げて腰を抜かす。上空には空を優雅に泳ぐドラゴンが居たのだ。


「い、いつの間にドラゴンが!?」


「あれは僕のペット、ドラゴンのダルシマーさ」


 驚くボンゴに向けてサントゥールは自信満々に応える。上空ではサントゥールの声に答えるようにドラゴンのダルシマーが遠吠えを上げた。


「さぁ、邪魔をするなら遠慮はしないよ!ダルシマー、やっちゃいな!」


 サントゥールの支持を受け、ダルシマーが大きな口を開ける。その恐ろしい姿に自らの運命を悟ったボンゴは動き出せずにいた。


「ぐぎゃぁぁぁぁ!!!」


 ダルシマーの口から絶望の雄たけびが漏れると、次にその口からは真っ赤な炎が吐き出される。


「ぐわぁぁぁぁっぁぁぁ」


 ボンゴはなすすべなくダルシマーの炎を浴び、まさに骨も残らず燃え尽きた。

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