ギャンブル勇者 ハーディ・ガーディ

「おはようございます、魔王様」


 爽やかな朝日が窓から差し込み魔王城の廊下を暖かく照らす。フォルテが清々しい一日の始まりを感じながら廊下を歩ていると、前からくる二人の女性魔族が元気に挨拶を届けてくる。


「おはようございます」


 フォルテは自らに向けられた挨拶に笑顔で返事を返す。彼女たちは挨拶を切り上げるとフォルテから意識を外し、すぐにおしゃべりへと移行した。


「それでね。昨日営業三課のライアちゃんがまた見たらしいのよ!」


「えぇっ!?今度はなにを見たっていうの?」


 彼女たちの話に気を取られ、フォルテはその場で足を止め耳を傾ける。


「ほらぁ、七不思議でもある始祖様の呪いよ」


 聞いたことがない七不思議の一つにフォルテは首を傾げた。


「えー、それじゃあやっぱりこの城が元々ガルモーニ様の居城だって噂も本当なの?」


 フォルテは話の中に出てきた名前を記憶の中から呼び起こす。

 ヴァンパイア、ガルモーニ。魔族の中で長年力を保ってきた一族であり、ヴァンパイアの始祖とも言われる伝説の存在。フォルテもおとぎ話の中でしか知らない存在である。

 しかし今いる魔王城はフォルテの先先代が建てたもで、その伝説のヴァンパイアの居城とは関係なかった。


「所詮は都市伝説ですね、何処から湧いたのか眉唾な話ばかりですね」


 フォルテは微笑みながらその後の話を聞き流した。


「それでライアちゃんが残業で遅くなって帰る時、出たのよガルモーニ様の亡霊が!!」


「きゃーー!!」


 その後も二人は楽しそうに噂話で盛り上がっている。どうやら夜遅くに魔王城にてガルモーニの亡霊が出たとのことだった。その亡霊は、夜な夜な城の梁からぶら下がって城内を眺めているとのことであった。


「おはようございます。フォルテ様」


 二人に気を取られていると不意に背後から声がかかる。フォルテは振り向きその声の人物に挨拶を交わす。


「おはようございます。シンバさん」


 目の前には長い耳をピクピクと動かすシンバが立っていた。


「朝から賑やかですね。話題は七不思議の一つ、始祖の呪いですか」


 さすが魔王軍でも指折りの情報通であるシンバ。少し話を聞いただけで彼女たちが話す内容に気付いたようであった。


「えぇ、そうみたいですね。一体どこから根も歯もない噂が生まれてくるのか」


 フォルテは彼女たちの話題を鼻で笑いながら可笑そうにシンバに話す。話を受けたシンバは真面目な顔を崩さず鋭い目線をフォルテに向けた。


「根も歯もない、ですか。そうとも言えませんよ、フォルテ様?もっとよく、ご自身の行動をよく思い返してみて下さい」


 何か言いたげなシンバは不審な目線をフォルテに向ける。その視線に居心地の悪さを感じながら、フォルテは自身の生活風景を思い返していた。


「シンバさん、何か言いたげですが僕には何もやましい点なんてありませんよ」


 フォルテは身に覚えのない疑惑に対して必死に弁解を始める。


「ほんとですかぁ?そういえば、フォルテ様。夜にこっそりトレーニングされているようですが成果のほどはいかがですか?」


 シンバの言葉にフォルテはハッとして顔色を変える。


「な、なんでそれを!?」


 フォルテはみるみる顔を赤らめながら聞き返す。


「もちろん存じておりますとも。わたくし職務には忠実なもので」


 シンバは自慢の耳を起用に動かしながら胸を張って答える。彼の耳にかかれなこの魔王城内においては隠し事など出来ず、すべてはその以上に発達した聴力によって捉えられてしまう。


「しかし、フォルテ様もこれだけ努力されているのに未だ懸垂すら一度も出来ないとは,,,まだまだですねぇ」


 フォルテは、毎晩密かにトレーニングに励んでいた。しかし、元々ひ弱なフォルテは未だ懸垂の一度もこなせずずっと鉄棒にぶら下がってもがいていたのだ。


「いやはや、もがくその姿、まるで蝙蝠のようだと思いませんか?」


 フォルテは可笑そうに目を細めて小さく笑う。彼のその言葉にフォルテはハッとする。


「もしかして、さっき話してたガルモーニの亡霊って,,,」


 フォルテの考えにシンバは同意するかのように頷いた。


「えぇ、恐らくフォルテ様のことでしょうね。鉄棒で足掻き苦しむ姿、窓から丸見えですよ」


 シンバの言葉に恥ずかしさが爆発し、フォルテは顔を覆ってその場に疼くまる。


「さぁさぁフォルテ様。お話しはここまで、お仕事しますよ」


 ひとしきり楽しんだシンバは座り込むフォルテを抱え起こして職場へと向かった。

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