不協和音のグラビネ その2

 昼前の誰もいない食堂、そこに祖母と孫ほど歳の離れた二人仲良く座っていた。


「グラ婆さん、そんなに慌てて食べたら危ないって。ほら、喉につかえる、水飲んで水」


 グラ婆さんこと、グラビネは可愛らしい見た目とは裏腹な魔王軍の将であるコトに世話されていた。


「むっぐっ、はぁはぁ、おのれぇ、このワシをここまで追い詰めるとは、お嬢ちゃんもなかなかやりおるわ」


「自分で死地に飛び込んでおいて、何言ってんのお婆ちゃん?」


 コトはグラビネの行動に呆れながら返事を返す。


「さて、グラ婆さん。食べ終わったならヘルパーさんのとこに行きますよ。私も暇じゃないんで」


 コトがグラビネを急かそうと席を立つと、急に城内に警報が流れた。


『緊急警報!緊急警報!勇者の侵入を察知しました。各員はただちに所定の持ち場に急いで下さい!』


 警報を聴きコトは驚きの視線を虚空に向ける。


「えぇ!?どうゆうこと?なんで魔王様がいないのに勇者が来るのよ!?これは何狙いの勇者なの?」


 コトはまさかの警報に驚きを隠せず騒ぎ立てる。


「あぁ、ごめんねグラ婆!ゆっくりと相手してあげられなくなっちゃった、勇者が来たとなったら、私急いで行かないと!!」


 コトが急用を告げるためグラビネに向き直るも、当のグラビネは呆けた顔を返すのみでコトの言葉が届いていないようであった。そして、何かを確認するようにゆっくりと話し出した。


「勇者?おぉぉ、勇者が来たのかい!!こうしちゃいられない、お嬢ちゃん、勇者の元へ案内しな!」


「えっ?グラ婆、案内って?勇者の元へ行く気なの!?」


「こんな緊急事態に他に何処に行くっってんだい?寝ぼけたこと言ってないでさっさと案内しな!」


「普通は避難するものだけど、なんかグラ婆性格変わってない?もしかして記憶取り戻したの?」


 コトは先ほどとは違う様子のグラビネを見て問いかける。


「あんた、何言ってるんだい?このあたしを誰だと思ってる、魔王軍が四天王、不協和音のグラビネとは私のことさね!」


「え、えぇ!?グラ婆が四天王!?嘘でしょ!?」


「さぁ、わかったんなら、勇者を倒しに行くよ!」


 長らく姿を見せなかった三人目の四天王。その老婆は先ほどまでの弱った感じとは違い、しっかりとした足腰で食堂を出てあらぬ方向に歩いていく。


「ちょっと、違うよグラ婆、こっち、勇者はこっちだって!!」


 コトは驚きながらも一人歩いて行く老婆を追いかけるのだった。


★★★


「はーはっはぁ、勇者よ、ここまで来られたことは褒めてやろう!だが、ここを通りたければこの魔王軍が四天王、爆音のボンゴ様を倒してからにしてもらおうか!」


 魔王城の玄関ホール、広い室内に大柄なボンゴの豪快な声が響き渡る。


「くっ、ここまで来て負けてられるか!たとえ相手が誰だろうと倒れるわけには行かない!!」


 ボンゴと対峙する勇者は、すでに劣勢なにおちいっており、ここまでの旅が過酷なものであったことがよく見て取れた。そんな勇者に対してボンゴは誇らしげに立ち塞がる。


「さぁどうした勇者よ?お前の力はこの程度か、もっと俺を楽しませてくれ!」


「いやぁぁぁ!!この魔族がぁ!!」


 勇者は仁王立ちで構えるボンゴに対して手に持つ剣を振るう。


「そんな気の抜けた攻撃が効くかぁ!!」


 ボンゴは愛用の戦斧で勇者の剣を軽々と弾く。


「あぁ、だめだぁ、やっぱり僕ではこんな強力な魔族には勝てないんだぁ。もう終わりだぁ」


 勇者は自分の攻撃が通用しないことを察し膝を折る。そんな勇者を見てボンゴは慌てて武器を落とす。


「ぐわぁぁぁ!さっきの一撃で腕が痺れて武器が持てないー、これはピンチだぁー」


 ボンゴはわざとらしく大声を張り上げる。それを見て勇者は顔を上げボンゴの様子を観察する。


「このままでは負けてしまうぅ、いま勇者の攻撃されたら防ぐ術がないー」


 ボンゴは勇者の反応を横目で確認しながら相手の攻撃を誘う。それに釣られて勇者はゆっくりと武器を構え、再度ボンゴへの攻撃を試みる。


「今がチャンス!食らえ魔族の将よ!!」


 勇者の攻撃が当たりやすいように、ボンゴは腕を広げ防具の付けていない胸で攻撃を受ける。しかし、半端な刃物では傷もつかないボンゴの鋼の肉体が勇者の剣を弾く。


「ちぃっ、なんだよこの攻撃…」


 ボンゴは薄皮一枚だけ傷ついた胸を見て残念そうに呟く。数々の勇者の無慈悲な攻撃をその身に受けたボンゴはすでに生半可な攻撃では満足できない体へと変貌していた。


「や、やっぱり全然効いてないんんだ!?もうお終いだぁ」


「い、いやいや、効いてる。効いてるから!ぐわぁー、痛ったいわぁ、めっちゃ痛いわぁ」


 ボンゴは勇者の気力を萎えさせないように必死に相手を鼓舞し、なんとか自分が満足する一撃を加えて貰えるように勇者の機嫌を保つ。


「ほ、本当?」


「あぁ、ほんと、ほんと!いやぁ、こんな強い勇者見たことないわぁ。あんたやれば出来る子だから、ほら、頑張ってもう一度剣構えてごらん?」


 ボンゴの煽てによってだんだんとやる気を見せてくる勇者。その姿にボンゴの瞳も期待で輝き出す。


「なにやっとんじゃぁ、このボンクラがぁ!!」


 そんなボンゴに対して背後から強烈な蹴りが入れられる。


「これ、これぇぇぇぇー」


 ボンゴは満面の笑みを浮かべながら壁へと飛ばされていく。


「ちょっ、ちょっとグラ婆!勇者より先に同僚蹴り飛ばしてどおするのさぁ!?」


 そこにはボンゴを蹴り飛ばしたグラビネと、後から追いかけてきたコトの姿があった。

 奇しくも現存する四天王の三人が一堂に会していた。

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