不協和音のグラビネ
「お嬢さん、すまないが飯はまだかねぇ?」
「いや、そんなこと言われても困るんですけど」
魔王軍の入り口受付、先ほどから同じ質問を発する老婆を前に女性係員は困惑した顔を浮かべていた。
「ちょっと何やってるのライヤ?さっきからお婆さんと遊んでないで仕事して、暇じゃないんだから」
「あっ、せんぱーい!助けて下さいよぉ。さっきから、このお婆さん何度説明しても分かってくれないんですぅ」
女性職員のライヤは職場の先輩に泣きつきながら助けを求める。
「あぁ、そうだったのね。それは、ごめんね。でも、私も忙しいから、ライヤ後よろしく。頑張ってね!」
「あぁ、せんぱーい!」
小言を言っていた先輩職員もライヤの相手をする老婆を見てすぐさま状況を理解する。そして、面倒ごとを避けるようにライヤにすべてを押しつけて去って行った。そんな先輩をライアは恨めしく睨みつける。
「あら?ずいぶん賑やかだけどどうかしたの?」
「コト様!ちょうど良かった、助けて下さいよー」
ライヤは目の前に現れた救世主にすがりつく。
「ちょっ、ちょっと!?何なの?落ち着いて説明してちょうだい」
「あぁ、すいません。それが、こちらのご婦人がさっきからしつこくて、仕事にならないんですぅ」
少し平静を取り戻したライヤはコトに向かって事情を話す。
「それは大変ねぇ。あれ?このお婆さんはこの前の」
コトの目の前の老人はこの前風呂場で遭遇した老婆であった。
「あら?可愛らしいお猿さんねぇ。お菓子たべる?」
「いや、お菓子は要らないんですけど。ほら、お婆さん覚えてないかなぁ?このまえ風呂場で会ったよね?」
何の反応も示さない老婆にコトは言葉を詰まらせる。
「良かった!!コト様のお知り合いだったんですね!それでは後のことはお任せしますので、よろしくお願いいたします!!」
「えっ、えっ!?ちょっと!?」
コトが何かを言う前にライヤは老婆を押しつけて去って行く。残されたコトは笑顔を浮かべる老婆を見て頭を抱えた。
「せっかく魔王様もいないし、今日はのんびりできると思ったのにぃ」
現在城の主である魔王のフォルテは公務で外出していた。いつもの如くお供としてモニカを連れてである。
上司であるフォルテも、敬愛するモニカも不在の城でコトは仕事にも身が入らずにいた。
「お猿ちゃん。ご飯はまだかね?」
老婆は相変わらず同じ言葉を繰り返す。
「えっと、とりあえず食堂に連れて行きますね。詳しい話は食事が終わってからでも」
「あぁ、うれしいわ。よく躾けられてるお猿さんなのね。私、関心しちゃうわ」
「えっと、お婆さん?私これでも魔王軍の一員なんですよ、コトって言います」
「満漢全席?いやだわぁ、お婆さんそんなに食べられないわよぉ」
「もういいわ。それで、お婆さんお名前は?」
「私はグラビネよ。これでも昔は美貌のグラビネって言うほど世間を騒がせた美女だったのよぉ」
コトはグラビネの話を胡散臭さそうに聞き流しながら適当に相槌を打った。実際グラビネは腰が曲がり小柄なコトよりもさらに小さく見える、髪は淡い紫色であったが手入れが悪く、服装と同じであちこちが痛んでいた。
容姿は深い皺で覆われ、とても以前の美貌を示す痕跡は見受けられなかった。
「ほら、グラ婆さん。ここが食堂ですよ。ちょっと待ってて下さいね、何か残り物があるか見てきてあげますから」
時刻は朝のピークを通り越し、昼の準備に差し掛かるころ。コトはグラビネをテーブルに残し厨房へと駆けて行った。
ポツンと取り残されたグラビネは広い食堂の片隅で静かに座っていた。
「グ、グラビネ様!!??」
そんな老婆に突然声がかけられる。驚いたその声色と共に、驚愕の光景を目の当たりにしたかのような形相で魔王軍の重鎮、アコール・ディオンは立つ尽くしていた。
「あらあら、あなたは、えっと、あぁ、ヨガ教室にいた「いえ、違います」」
すでにいつもの落ち着きを取り戻したアコールが、グラビネのボケに対して食い気味で訂正を入れる。
「グラビネ様、覚えてお出ででないのですか?」
「ごめんなさいね。昔交際をお断りしたどなたかだとは思うんですけど、私タイプでない方の名前と顔はさっぱり覚えられなくて」
アコールは心底嫌そうな顔をしながらグラビネを見下ろす。
「ふぅ、さすがに数百年という長い眠りの後です、記憶も定着しませんか」
「あれ?アコール様?どうしたんですか、こんなところで」
アコールがグラビネの様子を見定めていると、トレイを抱えたコトが戻ってきた。
「これは、これはコトさん。いえちょっと懐かしい顔でしたので覗き込んでいただけですよ」
「アコール様のお知り合いですか!?それは良かった、このお婆さんボケて話が通じないもので困っていたんですよー」
「それはそれは、まぁボケていなくても元来話の通じない人ですから。あまり差異はありませんよ」
アコールの冗談ともとれる発言にコトは軽く笑って返すが、アコールの目は笑ってはいなかった。
「ついでと言っては何ですが、コトさんにこのご婦人の世話をお願いしたいのですが」
「えぇ、私も暇じゃないんですよー」
アコールは否定的な意見を返すコトに対して睨みをきかせる。
「うぅ、わかりましたよぉ。でも、ヘルパーさんに預けるまでですからね!」
「えぇ、それで結構です。それと彼女の動きは常に注意していて下さいね」
魔王城には常駐のヘルパーがいる、その他にも、看護師、保育士と職員が働きやすい環境は一通り整っていた。
「まぁ、見張るくらいなら専門ですから簡単ですが…アコール様がそれほど気にかけるこのお婆さんって一体?」
「痴呆が進んで何するかわからない、ただそれが心配なだけですよ」
コトはアコールの言葉に一応納得しながら満足気に食事を進めるグラビネを見ていた。
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