タクトの冒険者紹介所 その2

 そこには、貫禄を纏ったかのような屈強な男が立っていた。眼差しは鋭い。一瞬の隙すらも見逃さないその目線は、すぐさま目的の人物に向けられた。


「あら?噂をすれば」


 タクトは早速感嘆の声をあげ、男を招きあえれるように立ち上がる。男もそれを見て厳しい顔をしながらタクトのいるテーブルに向かって歩いてくる。

 ソステートはこちらに向かって来る男の、ただならぬ雰囲気に圧倒され、先程までの怒りも忘れ新たに抱く疑問を口にした。


「し、失礼ですがお幾つですの?」


 近くで見た男の顔には深い皺が刻まれ、頭も禿げ上がっている。鋭い眼光ではあったが、その見た目は長い年月を生きた証がありありと見てとれた。

 男はソステートの質問にも答えず、そして視線を交わすことなく黙って立ち尽くしている。微妙な沈黙が辺りを支配すると、ため息混じりにタクトが話し始めた。


「ちょいと?また補聴器忘れたのかい?あんたに聞いてるんだよ!?」


 店の外まで届きそうな大きな声でタクトは男に話しかける。


「んぁ?なんか言ったかぁ?すまんがもっと大きな声で言ってもらえるかい!」


 男はタクトの声に反応したのか、惚けた声を上げながら返事をした。口を開くと歯はほとんどなく、空気の抜けたような声が四人の耳に届いた。


「タクト様?まさかこちらの老人をご紹介頂けるんじゃありませんわよね?」


 ソステートは、再熱した怒りを抑えてタクトに話しかける。タクトは罰が悪そうに視線を逸らしながら返答してきた。


「あー、これでも昔は国中に名を轟かせた戦士だったんだよ。最近はボケも若干進行してきてはいるが、体力と腕力は相当なもんさね」


「体力と腕力のある痴呆老人なんて、迷惑以外のなにものでもありませんわ!」


 ソステートはタクトに向かって不満をぶつける。

 確かに老人とは思えぬほど足腰は逞しく、長年の鍛錬の成果を見てとれた。しかし顔は年相応に皺だらけで、頭もかなり寂しいことになっている。何より目は虚で口は先程から半開きで涎が垂れてきていた。


「タクト様?私たちは介護職員ではなくてよ。勇者一行なんですよ?これでは満足に戦えませんわ。もう、お年寄りの介護はダンバー様だけで充分ですの!!」


「いつワシが嬢ちゃんの世話になった!?」


 一言多かったソステートの言葉にすかさずダンバーが横槍をいれる。


「これでも調子がいい時はちゃんと意思疎通出来るんだけどねぇ」


「なんで仲間の調子を見ながら冒険しないといけないんですの!?」


 タクトの必死のフォローもソステートは一蹴する。


「タクトさん。僕たちの戦いは今後一層激しさを増します。その中でパーティーのチームワークは何よりも大切なものです。こちらのご老人、戦力としては申し分ないですがチームワークを考えると少し難しいかと思います。お手数おかけして申し訳ないのですが今回はご縁がなかったということで」


 今まで黙っていたピノアが見かねて声を上げる。そんなピノアに仲間の二人は感動を覚える。


「ピノア様がまともな事をおっしゃってる!?タクト様!ピノア様に毒を盛りましたね!?」


「ピノアよ、お主も成長したのぉ」


 ピノアの意見に驚きを隠せないソステートと、感涙するダンバーの姿があった。


「その前にあんたたちこそ、本当に意思疎通出来てるのかい?」


 二人の反応にタクトはパーティーのチームワークを案ずる。


「まぁ、とりあえず、すまなかったね。なんせ冒険者なんてその日暮らしの根無草、今の若い奴らでなりたがるのも少なくてね。みんな地に足ついた仕事に着きたがるのさ」


 確かにピノアたちの旅も決して苦難が無いわけではなかった。特に旅の資金については国から勇者と認められた為、少量の援助は出たがそれだけでは賄いきれずダンバーが魔道具を作って売ったり、ソステートが立ち寄った神殿で手伝いをしてその見返りを貰ったりと地道な努力が欠かせなかった。


「わ、わしゃぁ。毎晩酒さえ恵んで貰えばそれだけでえぇんじゃぁ」


 紹介された老人は欠けた歯を見せ不気味に笑いながらピノアに語りかける。さすがのピノアもその迫力に押され苦笑いしながら後ずさった。


「あっ、いたいた!タクトさん、旅に連れていくならうちの息子連れてっとくれよ!!もう四十も近いのに働きもしないで、いい加減迷惑してたんだ」


 いきなり店内に入って来たのは、疲れ果てた年配の女性であった。彼女は入ってくるなりすがるようにタクトに話しかける。

 その後ろには無理やり連れてこられたのか、サンダルにジャージ姿の中年男性が佇んでいた。


「なんだい、お宅のこうちゃんまだ働いてなかったのかい?というわけで、どうだいピノア?数十年勤めあげた自宅警備騎士。実の母親にすら一歩も部屋には入れなかった鉄壁の防御を誇る男さ、連れてってみないかい?」


 タクトは笑いながらピノアに男性を勧める。


「タクト様?うちのパーティーにそんな籠城しか芸の無い人材はいりませんわ」


 マジに勧めてくるタクトに対し、再度怒りを露わにしたソステートがすかさず断りを入れる。


「あっ、あぁ、女神しゃま。母ちゃん!俺、彼女と一緒にいけるの?それなら家から出てみようかな」


「こうちゃん!やっとその気になってくれたのね、お母さん嬉しいわ」


 だらしなく腹を膨らまし、鼻息荒くこうちゃんが母親に向かって告げる。どうやら一眼見てソステートの事が気に入ったようだ。


「近寄んなデブが!!お前なんて、お呼びじゃないんだよ!!」


「そ、ソステートさん?」


 嫌悪感を全面に出してソステートがこうちゃんに告げる。それを見てピノアが恐る恐るソステートを止めに入る。


「あら、わたくしったら。すいませんピノア様、驚かせてしまって」


「あぁ、ソステートしゃま。全ての仕草が神々しい」


 態度を180度変えてピノアに対して可憐に振る舞うソステート。その豹変ぶりにすら心ときめく、こうちゃん。


「我々の目的は魔王を討つ事。この旅は常に死と隣り合わせです。旅の同行には、それなりの覚悟と実力が必要となります。せっかくのご紹介でしたが、彼にはまだ荷が重いかと」


 ピノアがタクトに対してやんわりと断りを入れる。その意見にダンバーもソステートも力強くうなづいた。


「それは残念ね、二人ともやる気だけはあるのに。まぁ、うちは派遣もしてるから、ご入用なら1日単位から人材を送るわ。これ連絡先ね、ご入用なら連絡ちょうだい」


 タクトはそう言うとピノアに名刺を渡す。


「なんというか、時代は変わったのぉ」


「そのうち、勇者もバイトや兼業で行う時代が来るかもしれませんわね」


 ダンバーは感慨深く呟き、ソステートが時代の流れに翻弄されていた。

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