タクトの冒険者紹介所

 とある町の路地裏、昼間でも日光の当たらぬその道はところどころに苔が生え、まるで時代に取り残されたように静かに時が止まっていた。

 そんな道を、滑る足元に注意しながら三人の冒険者は慎重にその歩みを進めている。


「本当に、ここにあるんですの?」


 最後尾を歩く少女は、水たまりに注意しながら前を歩く老人に話しかける。何度目かになるその質問を受け老人はため息交じりに同じ答えを返した。


「わしの記憶に間違いはない!少しは黙らんか!」


 まるで自らの不安も吹き飛ばすように、先頭を歩く老人は語気を強める。


「仮に記憶は間違いないとしましても、現在もその記憶のままそこに目的地があるとは限りませんわよね?そう思いませんこと、ピノア様?」


 少女は同じく前を歩く少年ピノアに話かける。しかし、その話を老人が聞きつけて即座に反論する。


「嫌味はもっと小声で言わんか、ソステート!」


「どうせ小声で言ってもダンバー様の地獄耳には聞こえるんですから、それなら同じ事ですわ」


 先頭を歩く老人のダンバーと、最後尾を歩く少女ソステートはそのままにらみ合いを始める。


「二人とも落ち着てください。もともと僕がお願いした我が儘ですし、例え目的の場所がなかったとしてもダンバーさんを責めませんから」


 いがみ合う二人を仲裁したのは、隊列的にも間に挟まれていた少年ピノアであった。


「もう、ピノア様ったらお優しすぎますわ。私は、そんな勇者様さえいればそれで構いませんのに」


 この三人は勇者一行であった。まだ若く経験も浅い勇者ピノア、神の使いである神官ソステート、そして老いてはいるが知識と経験に関して右に出る者がいない賢者ダンバー。

 三人はピノアの願いで新たな仲間を探すため、ダンバーの知る冒険者紹介所へと向かっていた。


「確かに、お二人ともとても頼りになります。でも、今後さらに強い魔族との戦いに備えて仲間は多い方がいいと思うんですよ」


 ピノアはソステートの機嫌を損ねないように必死にフォローする。そんな必死の姿を眺めてソステートは満足そうに口角を緩めた。

 三人はダンバーの知る、冒険者紹介所へと向かっていた。ダンバーの記憶が頼りの為、未だに存在しているのかも怪しいが他に当てもないのでこうして怪しい路地を探し回っていた。


「段々と激しくなる敵の攻撃を、ピノアが一手で防ぐにも限界があるしのぉ、確かにここいらで屈強な前衛が欲しいところじゃ」


 ピノア達のパーティーには前衛が勇者のピノア一人であった。まだ体も小さいピノアにとって大柄な魔族の攻撃を耐え切ることはかなりの重労働であった。


「すいません、僕が不甲斐ないばかりに」


 ピノアは自らの力不足を実感して仲間に謝る。


「そんな!ピノア様が謝ることはないんですの。そう、ダンバー様がもっと頑張ってくれればいいんですわ!!」


 ソステートがピノアを必死にフォローする。


「嬢ちゃん、無茶言うな。これ以上老体に鞭撃たんでくれ」


 ソステートの厳しい一言にダンバーが肩を落として答える。そんなやり取りを繰り返していると、目の前に古ぼけた扉が現れた。


「おぉ、あの扉。ここじゃここじゃ!」


 ダンバーは薄れた記憶と照らし合わせるかのように古ぼけた扉をよく観察する。


「本当にここで間違いないんですの?薄汚れた厠じゃございませんこと?」


 ソステートは目の前の扉を怪しそうに見つめながらダンバーに確認する。

 ダンバーはそんな不安すら気に留めずに、文字が擦れ読めなくなった扉を躊躇なく押し開けた。

 扉はギシギシと軋みながらゆっくり開き、中の陰湿な空気を外へと押し出す。中から漂ってくる酒の匂いに顔をしかめながら、ピノアとソステートはダンバーの後に続いた。


「いらっしゃい。あら?懐かしい客が来たわね」


 店の中は薄暗く奥の棚には酒瓶が何本も並べられている。そのカウンターの中には積み重ねた月日を声に宿したような妖艶な女性がおり、ダンバーを見て声を掛ける。

 客は他にも数人いるようだが、薄暗い店内では顔まではよく見えなかった。


「しばらくぶりじゃなタクト。ここも、相変わらずじゃな」


 ダンバーは店の主人であるカウンターの女性、タクトに話しかける。積もる話もあり、喉まで出掛かった言葉を飲み込んで、手短な挨拶を交わす。


「相変わらず美しいでしょ?貴方も変わらないわねダンバー。また会えて嬉しいわ」


 タクトは嬉しそうに言葉を返すと目を細めて笑った。その様子にダンバーは視線を逸らし、小さく咳払いをする。


「それで?今日は何の用かしら。わざわざ私に会いに来てくれたのかしら?それともそちらのお嬢さんが厠をご所望かしら?」


「なんなんですの!?わたくしの知らないところで地獄耳が必須スキルと課してますの!?」


 タクトは面白そうに視線をソステートに向ける。


「今回用があるのはこの子じゃよ」


 ソステートの言葉は無視し、ダンバーが話を続ける。


「あら、可愛らしい坊やじゃない?」


 タクトは誘うような怪しい眼差しをピノアに向ける。その仕草を見て、ソステートが急いで二人の間に割って入る。


「一緒に冒険をしてくれる仲間を探してますの!ムキムキで、屈強な男性の戦士をお願いしますわ!間違ってもピノア様目当てのふしだらな女性はやめて下さいませ!」


 ソステートは早口で要件をタクトに告げる。その剣幕に目を丸くしたタクトだったがすぐに口元を綻ばせた。


「分かったわ。それならちょうど、お嬢ちゃんの要望通りの人材がいるわ、長年警備隊に勤めてた屈強な男性よ。連絡してみるから少し待っててね」


 タクトはそう言ってカウンターの奥へと姿を消した。取り残された三人は黙って近くのテーブルに腰掛けた。


「それにしても、ピノア様に色目を使って何なんですかね、あの年増!」


 エステートはタクトの姿が消えるのを確認し怒りをぶちまける。


「エステートさんあんなに怒ってますけど、何か気に障ることでも言われたんですか?」


 怒りの原因が分からずにピノアはダンバーに尋ねる。


「なぁに、無理にわかる必要もないて。ただこんな時は余計なことを言わずただ黙っておくに限る」


 ダンバーは、悟ったように目を閉じて外界を遮断する。ピノアは訳も分からずにオロオロしていた。


「おい嬢ちゃん、どうした!?そんなガキや爺さんと呑んでも楽しくないだろ、こっちで一緒に呑まないか?」


 騒ぎ立てるソステートに対して、他のテーブルの男性が話かけてくる。昼からかなり呑んでいるのか、男性の顔は赤く、吐く息はかなり酒臭かった。


「いえ、結構です!あなたみたいな方と呑むくらいなら、鏡に向かって呑んでた方がマシですわ」


 触るもの全てを突き刺すようにソステートの怒りは収まることを知らなかった。その見た目とかけ離れた厳しい言葉に男はカッとなって立ち上がり拳を振り上げた。身構えるソステートであったが、咄嗟にピノアが立ちふさがる。


「こちらの非礼は謝ります。しかし、女性に手を上げるのは間違ってると思います」


 ピノアは男の振り上げた腕を片手で掴む。ただ添えられているように見えたが、動かせない腕に焦り男の顔色が変わっていく。


「は、離しやがれ!もうわかった、なんもしねぇから!」


 男はあっさりと負けを認めピノアに対して腕を開放するように求める。


「いえ、わかって頂ければいいんです。大丈夫でしたかソステートさん」


「あぁ、ピノア様。一生添い遂げますわ」


 ソステートは先ほどまでの怒りも忘れ、ピノアに陶酔する。男は傷む腕を抑えながら渋々と席へと戻る。


「あんまり物騒なことはやめとくれよ。あんた達も喧嘩するなら出とってくれ」


 騒ぎを聞きつけタクトが戻ってくる。彼女は苛立つ男達を睨みつけ牽制する。その仕草を見てピノアは肩の荷が降りたように一息ついた。


「随分お早いお帰りですわね。やっぱり都合が付きませんでしたとか言いませんわよね?」


 ソステートは、棘のある言い方でタクトに話しかける。


「なぁに、歳をとると時間を無意味に浪費しないもんさ」


 タクトはソステートの気迫を軽く受け流しながら答える。そんな二人のやり取りに、ピノアとダンバーはすっかり大人しくなっている。


「とりあえず何人かには声をかけた。早ければもうじき来るはずさね」


 そんなタクトの言葉を待ってたのか、唐突に酒場のドアが開かれた。

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