迷走勇者 ヴェノーバ その2

「まったく、チャイムさんは毎度毎度。問題ばかり起こして」


 城内を当てもなく探し回っていると聞き覚えのある声がしてきた。フォルテはそちらへと進んで行くと、廊下で探し人のチャイムとその上司であるアコール・ディオンが何やら話しているのが目に入った。


「これはフォルテ様。ちょうど良いところに」


 二人の会話を邪魔しては悪いと距離を取って立ち止まっていたフォルテであったが、その姿をアコールが見つけ近くへと招き入れる。


「すいません。話の腰を折るつもりはなかったんですが」


 フォルテは二人に近づきながら話し始める。


「あぁん、フォルテ様ぁー。助けて下さいよ、アコール様が虐めるんですよー。私何も悪いことしてないのにぃ」


 チャイムが困った様子を感じさせない明るい口調でフォルテにすり寄ってくる。必要以上に体を触ってくるチャイムを両手で押しのけながらフォルテは事の次第をアコールに尋ねた。


「いったい何があったんですかアコールさん?」


「それが、チャイムが勝手に投稿していた動画がありまして」


 アコールは頭を抱えながら話の内容をフォルテに伝える。


「魔王城内を探索する動画ですよね?」


 フォルテは先ほど仕入れた情報をアコールに伝える。


「フォルテ様も知っていらしたのですか?」


 フォルテの言葉にアコールは顔をしかめながら問いただす。


「い、いえ、先ほどたまたまベルちゃんに教えてもらったんです。それで、その件について詳しい話が聞きたくて、今こうしてチャイムさんを探していたとこなんですよ」


 フォルテはアコールの威圧感に押されながらも慌てて釈明をする。


「そうでしたか。確かにこんな馬鹿げたことをやるのがチャイム以外にいたら、たまったものではありませんしね」


 アコールは静かに言葉を発して冷たい目線をチャイムに向ける。当のチャイムはすがるようにフォルテの足にしがみ付いていたが、フォルテが巻き込まれるのを恐れて急いで払いのける。


「まったく貴方って人は。魔王城内部なんて軍事機密の塊に決まってるでしょう、それを事もあろうに全世界に向けて発信するなんて」


 アコールは後半嘆くように顔を掌で覆っていた。そんなアコールの嘆きにも、我関せずなチャイムはいつもと変わらぬ口調で言葉を返す。


「えー、でもー。私の動画がヒットしたお陰で魔王軍の財政難も解消された訳だし、一概に悪者扱いはないんじゃないんですかー。ねぇっ、フォルテ様」


 チャイムは甘えた声でフォルテに問いかけてくる。急に話を振られたフォルテも困り果て、チャイムとアコール双方の顔を見比べていた。


「うぉほん!確かに、その一点だけに関してはあなたの功績も認めましょう。なので罰は城内清掃、今回はこれだけで勘弁してあげましょう」


「え?城内って何処までですか?エントランスだけ?それとも、汚れてる訓練場ですか?」


 チャイムは厳罰減給は免れたので喜びながらアコールに聞き返した。


「何を言ってるんですか?城内全域ですよ。城門から中庭、トイレに至るまでピカピカに磨き上げて下さい。あなたの動画を見て城内の汚れも目立ちましたからねぇ」


 アコールは真面目な顔でチャイムに語り掛ける。チャイムはその作業量の多さに絶句し一人項垂れた。


「まぁ、チャイムさんのお陰でこうして軍も維持できたわけですし、でも過剰演出はやりすぎでしたけどね」


 フォルテは見るに見かねてチャイムのフォローに回る。


「フォルテ様ー、ありがとうございます。やっぱり私のこと気にかけてくれてくれていたんですね、これはもう添い遂げるしかありません」


 大げさに喜んで抱き着いてくるチャイムを押しのけようとするが、細身なチャイムだが力はフォルテよりも断然上であたった。


「でもぉ、過剰演出なんて心外です。ちゃんと下調べもして事実に基づいて撮ってたんですよー」


 チャイムは口を尖らせながら抗議してくる。そのまま口づけを迫るチャイムにフォルテは必死に抵抗する。


「ですが、魔王城七不思議なるものは私も聞いたことありませんね」


 フォルテの助けを求る視線を、アコールはさらりと無視して会話を続ける。


「でもでもー、嘘じゃないですよー」


「ちなみに、他の七不思議はどんなものがあるんですか?」


 チャイムの真面目な返答に興味をそそられたフォルテが尋ねる。


「えーっと、彷徨える勇者の亡霊に異次元の扉、恐怖の調理室、始祖の呪い、開かずの間、それからえーっと」


 いくつか言葉を並べるチャイムに、覚えがあるのか顔を引きつらせるアコールとフォルテ。


「その、開かずの間というのは?」


「魔王城にある別塔、ちょうど左舷の塔になりますが、今は倉庫になっているって話ですが、どうやら人の気配を感じるらしくてそれで噂が広まったんだと思います」


 フォルテの質問にチャイムが詳細を答える。心当たりがあるのかアコールは黙ったままであった。


「チャイムさん。そんな根も葉もない噂で騒ぎ立てるのはおやめなさい」


「でもアコール様ぁー」


「これは命令です、今後この噂については調査を禁じます」


 アコールの厳しい一言でチャイムは渋々納得した。代わりに動画の件は功績も認められ不問とされた。


「まさかあのような噂になっていいようとは」


 アコールは、肩を落としながら帰るチャイムを見送りながら話始める。


「この噂ってあの人のことですよね?」


 アコールの言葉にフォルテは青く顔を染めながら応答する。


「恐らく、眠りが浅くなっているのかもしれませんね。このままでは彼女が起きだすのも時間の問題かと」


 アコールも冷や汗を浮かべながらフォルテに話しかける。


「なんとかしないといけないですね」


「様子は注視しておきますので。フォルテ様は心配なさらずに」


 フォルテの心配に対してアコールは深々と頷いた。そんな神妙な表情を浮かべる二人の脇を清掃員らしい白髪の老人が通り過ぎる。老人の会釈に合わせて、フォルテとアコールはお辞儀を返した。


「アコールさん、今のお爺さんお知り合いですか?」


 フォルテは見慣れぬ老人に関してアコールに所在を伺う。


「いえ、てっきりフォルテ様の顔見知りかと。しかし、あの歳になるまで元気に働くなんて感心しますな」


 アコールも見覚えのない顔に首を傾げながらも老人を称えた。


「えぇ、少しでも快適に働いてもらえるように労働環境には細心の注意を向けないといけませんね」


 フォルテもアコールの意見に賛同し、二人はその場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る