実況勇者 テルミン その6
「ついに本性を現しましたよ」
大きな耳をピクピクと動かし、勇者の動向を探るシンバ。その傍らには、シンバから随時情報を聞き出しているモニカがいた。
「ついに動き出したわね。さて、どうしてくれようかしら?」
意地悪な笑みを浮かべるモニカに対して、シンバは恐る恐る声を掛ける。
「ちょっと待って下さいモニカさん。このまま勇者を懲らしめたら、今まで費やした経費は無駄になってしまいます。ここはあえて相手の作戦に乗った振りをして、配信を完成させて下さい」
「えぇ、このままあいつらボコボコにして、はいお終いじゃダメなの?」
シンバの提案に対してめんどくさそうな表情を返すモニカ。
「今回は珍しくフォルテ様も乗り気な訳ですし、こんな事で魔王様の気分を害するもの忍びないじゃないですか」
「そりゃぁ、出来ればフォルテ様には喜んで欲しいけど」
シンバはモニカの弱みを突いて攻め立てる。魔王とモニカの間には主従関係とは違う絆があることは周知の事実である。
「それに、こんな高度な任務、こなせるのは魔王軍の中でもモニカさんくらいでしょ?」
「まぁ、もちろん私ならしてやれないこともないけどー。もぉ、仕方ないなぁ」
シンバは照れるモニカを見ながら彼女を持ち上げていく。だんだんとその気にさせられていったモニカは次第に上機嫌になっていく。
すっかり乗り気になったモニカを見て、シンバは疲れた顔でこっそりとため息をついたのだった。
「それにしても立派な扉だな。こりゃお宝も相当ため込んでそうだ」
魔王城の最上階、大きくひと際豪華な扉の前にはたくさんのスタッフが詰めかけていた。
テルミンはそんな扉を見上げながら魔王討伐後の報酬を考えていた。様々な妄想を膨らませながら大きな扉に手をかけ力強く引く。
「あ、あれ!?なんだこれ!?」
テルミンは自分の手に握られたドアの取っ手を見て驚きの声を上げる。
「あぁ、そんなに力強く引いたら壊れて当然ですよぉー。ちゃんと静かに引いて下さいってドアに書いてあるでしょ?」
チャイムは、ドアの取っ手を持ちながら呆然と立ち尽くすテルミンに向けて注意を促す。
「すいません。ちょっと、接着剤持ってきてください」
チャイムに指示された魔族のスタッフが急いで接着剤を取りに駆けていく。
「そ、そんなに強く引いてないぞ!」
テルミンは自分に非がない事を強調するため、急いで弁解する。チャイムもそれ以上責めることなくスタッフが持って来た接着剤でドアの取っ手を取り付けた。
「このドア。まぁドアだけじゃあえいませんが、見た目と違って脆いんですから丁寧にお願いしますね」
チャイムの切ない指示に対してテルミンは黙って頷く。
「では、準備出来ましたら魔王様との対決まで一気に撮っちゃいましょうか!」
何事も無かったかのように明るく話すチャイムにテルミンたちはただ黙って従った。
「ついに来ました、念願の魔王の間です。この中に強大な力を持つ魔王がいるとのことで、私もさすがに緊張してきました」
カメラが回るとテルミンは、気持ちを切り替えて明るくそして、緊張感を持って話し出す。
「では、中に入ってみたいと思います!突撃ぃー」
言葉の勢いとは裏腹に、テルミンは壊れやすい取っ手を慎重に掴み恐る恐る扉を引く。見た目とは違いダンボールで出来た扉は軽く簡単に開く。扉が完全に開かれると、カメラは素早く中の様子を映し出した。
「ふふふふ、よく来たな勇者よ」
広い室内に魔王フォルテの声が響き渡る。いつもと違い自信と風格に満ちた声だ。
「お、お前が魔王か?」
テルミンは、先ほど聞いた人当たりのよいフォルテの声とは違い聞く者に緊張と恐怖を与える声圧に少し驚く。
「そうだ、我が魔王。フォルテ13世である!どうした勇者よ?戦う前から怯えて、我の畏怖を伝えるためにカメラを抱えて来てくれたのではないのか?」
フォルテは相手に気付かれぬように必死になって、手元の台本を盗み見る。
「フォルテ様も、なかなか様になってるわね。まるで本物の魔王様みたいね」
「いや、正真正銘本物ですから」
フォルテの座る玉座の後ろには執務室へと繋がる隠し通路が設置されており、その中でモニカとシンバはフォルテの有志を眺めながら見守っている。
「でも魔王としての立ち振る舞いに関しては、気合の入ったアコールさんに昼夜問わずに指導されていましたからね。さすがに最後はフォルテ様も半泣きでしたよ」
シンバはその時の様子を思い浮かべながら目に涙を浮かべていた。モニカもその話を聞きながらフォルテの苦労に胸を打たれた。
「それで夜な夜なすすり泣くような声が響いていたのね」
「えぇ、なのでフォルテ様の努力を無駄にしないように、くれぐれも頼みましたよモニカさん!」
モニカの言葉にシンバは賛同し、改めて作戦への決意を二人は高めた。
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