実況勇者 テルミン その5
今回の勇者テルミンとのコラボ撮影では、テルミンが魔王城に潜入したというシナリオで撮られることになった。もちろんフォルテの提案を受けいれられ、実際に潜入して戦うわけではなく、戦闘に関しては双方に危険がないように十分配慮されていた。
「それでは、勇者が魔王城に潜入するところから門番が登場するところまで撮っていきますねぇ!」
撮影チームの指揮を取るチャイムが出演者たちに声をかける。皆が台本を読み込み、自らの役割を理解したうえで返事を返す。
「では、勇者のアップからいきますね。撮影開始!!」
チャイムの声と共にテルミンの仲間がカメラを回す。そのレンズの先は勇者テルミンに向けられていた。
「はい、みなさんどーもー!あなたの心を救いたい!実況勇者、テルミンでっす!今日もテルテルチャンネル見て頂いてありがとうございまーす。早速ですが今日は、こちら、なんと魔王城からお届けしちゃってます。なんでここに来たかというと、なんとわたくし!今からこの魔王城へ潜入し、魔王を打ち倒しちゃいます!!と、いうことでいざぁ!!!」
テルミンの軽快なオープニングトークが終わると、早速城へと駆け込んで行く。テルミンが城門を潜ると、そこにはひと際大きな魔族が待ち構えていた。
「ちょっと見てください皆さん!あそこにいる魔族、大きくて威圧感たっぷり、いかにもヤバい雰囲気プンプンですよね?」
テルミンの言葉が終わり、カメラは城門前で仁王立ちするボンゴに向けられる。ボンゴはいつも以上に険しい顔をしながらじっと一点を見つめていた。
「えっと、ちょっと?気づいてます?」
テルミンが目の前に現れても微動だにしないボンゴ。何も行動を起こさないボンゴにテルミンは困惑した表情を浮かべる。
「ちょっとぉ!ボンゴ様?セリフ、セリフ!!」
固まるボンゴにチャイムが小声で指示を飛ばす。それに気づいたボンゴは急いで口を開いた。
「お、おおおお俺は、ボンゴ!!!しゅっ天王のボンゴだぁい!」
「かぁぁぁーっと!!何処の悪ガキですか!?」
緊張で呂律の回らないボンゴを見て、チャイムが急ぎカメラを止める。
「ちょっと!ボンゴ様!?セリフも違いますし、もっと堂々と威厳を持って演じてくれなきゃ困りますよぉ。これから戦闘シーンだって言うのに、緊張感の欠片も感じないじゃないですかぁ」
「す、すまない、、、」
チャイムに叱られ体を丸めて謝るボンゴ。その姿は何時にも増して頼りなく小さく見えた。
「もう仕方ない、こうなったらボンゴ様には補佐役を導入しましょう!会話はすべてそちらで補います。ボンゴ様は怖い顔して立ってるだけでいいですからね」
「わ、わかった」
チャイムの代替案にボンゴは素直に納得し、改めて勇者対ボンゴの邂逅が始まる。
「どうやら、あの大きな魔族を倒さないと先には進めないようです。怖いですが勇気をもって進んで行きましょう!」
テルミンの軽快なトークから撮影は再開される。カメラを向けられたボンゴの顔は強張っており、いつにも増して怖そうだ。
「なんだお前は?」
ボンゴの代わりにテルミンに声をかけたのは、ドレスに着替えたチャイムであった。セリフの喋れないボンゴに代わりチャイムが補佐役として急遽役に加わった。
急に決まった配役ながらチャイムは何故か豪華なドレスを用意しており、誰が見てもこの動画に参加する気が最初からあったことがわかった。
「私は勇者テルミン。魔王を倒しに来た!」
「そんなカメラなんて抱えて、お遊び気分で倒される魔王様じゃないんだよ!」
テルミンのセリフに不自然なカメラ目線で応えるチャイム。その姿から目立ちたいという気持ちが見て取れた。
「このカメラは魔王の悲惨な姿を捉えるためのものさ、今回のエンディングは既に決まっている!」
テルミンはカメラ目線で決め台詞を告げる。
「恐縮ですが、その映像、お蔵入りとさせて頂ます!さぁボンゴ様、その力存分にご披露下さいませ!」
盛り上がる二人とは対照的に固まったまま動かないボンゴ。チャイムに合図の肘討ちを浴びせられて急いで臨戦態勢を取る。
手にする大きな斧は、見た目の凶悪さとは裏腹に段ボール製である。もちろんテルミンの武器も同じであり、お互いが怪我をしないようにと配慮されていた。
もともと並外れた回復能力を有するボンゴにとっては、本物の武器でも構わなかったが、見ている視聴者、そしてその悲惨な内容によっては配信を停止させられる恐れもあったからである。
「ぐおぉぉぉぉぉぉ」
ボンゴは雄たけびを上げながらテルミンへと突進していく、下手にセリフを与えると緊張感を崩しかねないためボンゴは奇声以外の発言を禁止されている。
「そんな単調な攻撃が当たるかよ!」
テルミンは打ち合わせ通りに素早く右に避けてかわす。先ほどまでテルミンが居た場所をボンゴは思いっきり殴りつける。
「な、なんて力だ!?」
その衝撃はすさまじく、テルミンはボンゴのあまりの実力に素で驚く。
その一撃は魔王城の床を打ち砕き、その衝撃で城が揺れ天井のシャンデリアがボンゴの上へと落下した。
地面にはボロボロに弾け飛んだ段ボールと床材が散乱し、そこに頭から地面に突き刺さるボンゴの姿、その上には大きなシャンデリアが乗っていた。
「えっ?ぼ、ボンゴ様ー!!あなたほどの方が勇者の一撃で倒されるなんてぇ!!」
呆気に取られていたチャイムであったが、急いで場を繋ごうとボンゴに駆け寄る。予定とは違う戦闘の終結であったが無理やり話を続けようと必死であった。
「は、はは。口ほどにもない、さぁ次は魔王の番だ!首を洗って待っていろ!!」
テルミンは、なんとか体裁を保ちカメラに向けて語りかける。こうして四天王ボンゴとの戦闘シーンは終了した。
「それでは、みなさーん!次は魔王様の部屋の前から撮ります。移動お願いします」
マネージャーがスタッフ全員に声を掛ける。その声につられ魔族側のスタッフはぞろぞろと移動を始めた。勇者とマネージャー、カメラマンの三人はそんなスタッフたちから少し離れて歩き出した。
「テルミンこれを」
マネージャーが差し出してきた武器をテルミンは受け取る。テルミンは、普段使い慣れた獲物を手に、その感触を十分に確かめる。
「分かってると思うがくれぐれも油断するなよ」
マネージャーの言葉にテルミンは真剣な表情で頷き返す。
「大丈夫だ、奴らの力は想像以上だからな。油断している今のうちに、一気に魔王を倒してやるさ」
不敵な笑みを浮かべた三人は阻むものの居ない廊下を進み、魔王の元へと歩を進めた。
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