実況勇者 テルミン その4

 数十人入ってもなお余裕のある大広間、天井は高く十数メートル近くはある。巨大なドラゴンですら入りそうな魔王の間。

 勇者テルミンは、マネージャーたちを別室に残し一人で部屋の雰囲気に圧倒されながら城主の到着を待っていた。


「いあやぁ、お待たせして申し訳ありません。どうも初めまして、私が魔王のフォルテ13世です」


 テルミンの背後にある大きな扉から少年が声をかける。テルミンは即座に振り向きそこに立つ少年に目線を向けた。


「い、いえ、こちらこそお声がけ頂き光栄です」


 テルミンは、見るからに気の弱そうで、簡単に倒せてしまいそうな少年の姿に一瞬気を緩めたものの、すぐさま彼らが見た目とは違う怪物である事を思い出し、気を引き締めた。

 今この広い部屋にはテルミンたちと魔王フォルテだけであった。幾人もの勇者が魔王との対面を切望し、勇者の過半数はここまで到達出来ずに敗れ去り、なんとか城まで着いた者でも五体満足でこうして魔王の前に立っていられた勇者は数少ないだろう。

 そんな幸運を感じながらも、テルミンは自分の首筋に死神の鎌が当てられているかのような冷たさを感じていた。


「実はこうして勇者殿と一対一で話すのには、その、内々にお願いがあるためでして、大変厚かましいお願いなんですが、撮影時の戦いでは手加減をお願いできませんかね?」


 テルミンは魔王フォルテの意図するところが分からず困惑する。


「つまり、八百長をしろと?」


「いや、まぁ、そこまで本気にならずにということでして」


 勇者の威圧感に押され、フォルテは語気を弱める。


「魔王様、あなたは私の投稿した動画を観たことはありますか?」


「え、えぇ、こうしてコラボ頂けると聞いて拝見させて頂きました。いやぁ、面白い動画ばかりで特にあの、ドラゴン使ったドラゴンステーキの回なんて追い掛け回されるシーンで笑っちゃいましたよ」


 フォルテはテルミンの動画を思い出し、楽しそうに話す。


「あぁ、あの投稿ね。編集では面白可笑しく映ってるけど、実際にはドラゴンにやられて肋骨何本か折ってるからね?簡単そうにやってるけど、その裏では何人も雇ってこっちも怪我しながらそれでも楽しそうに笑って動画を撮ってるんだ!これは遊びじゃない、ガチなんだよ!!」


 テルミンは厳しい視線をフォルテに向けて熱く語る。


「いや、それは重々承知しています。しかし今回は、エンターテイメント性を我々は重視しておりまして、真剣に戦って負けてしまっては元も子もないというか」


 フォルテは歯切りの悪そうに視線を逸らして答える。もちろん戦えばフォルテが負けるのは目に見えている。それを回避するための相談であった。


(つまり俺なんて簡単に殺せるからあまり熱くなるなと、大した自信だよ。さすが魔王だな)


 テルミンはフォルテの実力を想像しながら冷や汗を流す。


「す、すいません。あまり情けない姿を晒したくなかったもので」


 フォルテはテルミンを不快な思いにさせないように精一杯優しい声で笑って話す。

 その仕草がテルミンには強者ゆえの余裕と捉えられ、一層彼に闘志をたぎらせた。


「わかりました。私もエンターテイナーですから、是非盛り上がる戦いにしましょう。魔王様」


「そう言って頂けると助かります。それでは後程打ち合わせをしましょう・いやぁ、話の分かるお方で良かったぁ」


 テルミンの腹の内を知らずにフォルテは心から喜んでその場を後にした。


「いいのか?あんな約束して?」


 フォルテが去ったのを確認し、それまで隠れて様子を伺っていたマネージャーが声を上げる。


「正当法で攻めても勝てない相手が、わざわざ手を抜いてくれるって言うんだ。ここはその言葉に甘えてその隙を付かせてもらおうじゃないか。魔王を倒したとなれば視聴数、登録者数も爆上がり。一気にトップチューバーの仲間入りだ」


 テルミンは悪い顔をしながら笑いをかみ殺す。それにつられてマネージャーも自然んと笑みが零れていた。


「やはり勇者、一筋縄ではいきませんね」


 魔王の間の隣にある執務室、そこではシンバが自慢の大きな耳をそばだてていた。彼の大きな耳は飾りではなく、その聴力は並みはずれており魔王城の中でならどんな物音も聞き逃さなかった。


「やっぱりね。そんなに上手く行くはずないと思った。フォルテ様単純だからすぐ信じちゃうんだもん」


 シンバの報告を受け、隣に立つモニカはため息交じりに答える。


「どうしますモニカさん?フォルテ様に報告しますか?」


「せっかく肩の荷を下ろしたのに、余計な重荷を背負わせるのも可哀そうね。今回は私たちで何とかしましょうか」


 フォルテを想いモニカが苦労を引き受ける、それを聞いてシンバも笑いながら同意を返した。

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