実況勇者 テルミン その3

 魔王城の城門前、そこには勇者の人気を象徴するかのような人だかりが出来ていた。

 その美貌は若い女性を魅了し、そのエンターテインメント性は小さな子供を沸き立たせた。いくつもの歓声を背に受けゆっくりと魔王城へ入っていく勇者テルミン。その両脇にはカメラマンとマネージャーらしき人の姿もあった。


「ようこそお越しくださいました。テルミン様」


 城の前では勇者を迎えるべくチャイムがスーツ姿で待ち構えていた。


「こちらこそまさかこのような形で魔王城に来ることになろうとは、お招きに預かり光栄です」


 テルミンは行儀正しくチャイムに挨拶をする。その時、城門前のバリケードを突破しファンの大群がテルミンに押し寄せる。


「こら!もっとしっかり持ちこたえろ!何やってる!?」


 ひときわ大きなトロールが押し寄せる群衆の前に立ちふさがり、その進行を止める。テルミンは巨人と見まがう大きな人影に驚く。


「これは、すいませんボンゴ様」


 チャイムは、突然目の前に現れた巨人とトロールのハーフであるボンゴに謝る。

 彼は見た目通りの力を生かし、魔王軍にて四天王の一角を担う存在であった。


「いや、こちらの警備体制に落ち度がありましたので。お騒がして申し訳ありません。お怪我はないですか?」


 厳つい見た目とは違って丁寧な物腰でボンゴはテルミンに尋ねる。不気味な笑い顔を近づけるボンゴに対し、テルミンは苦笑いしながら距離を取った。

 

「あ、はい、何ともありません」


「それは良かった」


 相手に恐怖心しか与えぬ不気味な笑顔でボンゴは去って行く。

 そのボンゴと入れ替わりで今度は可愛らしい小さな少女がテルミンに駆け寄ってきた。


「わぁ、本物のテル様だー。わたし大ファンなんです!握手して下さい!!」


 少女は眩しいばかりの笑顔と、輝く瞳をテルミンに向けながら小さな掌を精一杯差し出す。テルミンはその仕草に癒されながら快くその手を握り返した。

 先ほどのボンゴを見た後では彼女は見た目以上に小さく見えた。実際に身長は1メートル程、この日の為に仕立てたのか可愛らしい赤いドレスに短い髪を無理やり二つに結んでいた。

 そんな少女がテルミンの手を握る。


「っつたぁ!」


 見た目とは裏腹に力強く握りしめる少女の握力に、手を痛めて顔をしかめるテルミン。少女の顔を見ると、彼女は何か不手際があったのか心配そうな顔でテルミンを見ていた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 悪意の感じられない心配した姿に、テルミンはすぐさま少女に取り繕う。


「あ、だ、大丈夫!大丈夫、ちょっと驚いただけだから」


 テルミンは今だ痺れの残る右手を摩りながら少女の潜在能力に恐怖する。


「ごめんなさい、嬉しくてつい力が入っちゃったから」


 少女は無邪気に微笑みかける。その無邪気さが逆に恐怖心をテルミンに植え付けた。


「それと、実はお願いがあって、サイン下もらえませんか?」


 少女は手に持った色紙を勢いよくテルミンに差し出す、その隙のない動作から身の危険を感じてテルミンは一瞬身構える。


「あ、あぁ、サインね、もちろん大歓迎さ!」


 テルミンは急いで笑顔を作ると少女から色紙を受け取り、今だ痺れる手で適当に書きなぐる。ふと見ると少女の後ろから先ほどの巨人が怖い顔をして迫ってくるのが見えた。


「こら!そこで、何をしている!?」


 あまりの迫力にテルミンは思わず鞘から剣を抜き、迫りくるボンゴに振り下ろす。テルミンの剣を受けボンゴの左腕が肩から切り離される。


「駄目じゃないかベル!勝手に入ってきたら」


 ボンゴは、自らの腕が切り落とされたことすら気にせず少女を叱りつける。そして、自然な動作で自らの腕を拾い上げると、切られた左肩に押し当てた。


「なによぉ!?少しくらいいいじゃないの!パパのケチ!!」


 ベルと呼ばれた少女も、眼前で行われた猟奇的な現場を気にする様子はない。しばらくすると、ボンゴの腕は元通りにくっついていた。


「えっ!?なに、パパ?」


 ボンゴの様子を気にもとめずに叱られた娘のベルは、ボンゴに言い返す。周りの誰も気にもとめない状況にテルミンたちは困惑して立ち尽くす。


「ちゃんという事聞きなさい!いい子にしてって約束じゃないか!」


「なによ!サインくらいいいじゃない!!パパなんて嫌いよ!!」


 すっかり機嫌を損ねたベルは、ボンゴの腹を殴りつけて去っていく、その衝撃はボンゴの脇腹をえぐり、先ほどのテルミンの一撃よりも大きなダメージをボンゴに与えていた。


「す、いま、ぜん。お恥ずかしい、どころをお見せし、、て」


 ボンゴは痛む脇腹を抑えながら、息も絶え絶えテルミンに謝る。


「いやぁ、ベルちゃんも思春期ですもんね。確か2歳でしたっけ?よかったら私が相談に乗りましょうか?」


 チャイムが苦笑いしながらボンゴをフォローする。


「そもそも既婚者でも女性でもないのにどうやって相談に乗るんだ?」


 ボンゴはわき腹が再生してきたのかすでに辛そうな様子はなかった。


「産んだ事はありませんが、小さい子供は大得意です!」


「くれぐれもベルに近づくな。もし、近づいたらその頭もぎ取ってやるからな」


 危ない表情を浮かべるチャイムに対して、ボンゴは娘を守るために釘を刺す。


(おい、なんだあの少女の一撃?俺の攻撃より強力だったぞ?)


(それよりあれが親子だって?しかも、2歳!?美女と野獣の比じゃないぞ!嘘だろ!?)


 テルミンとマネージャーはヒソヒソと今起きた事を驚き合っていた。

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