実況勇者 テルミン

 惑星ハモニア、この世界は人間と魔族が長い間争っている。そんな人間の住むは数多くの国が栄え、各国がこぞって勇者を送り出す。彼らの目的は魔王の納める豊かな土地を奪うこと。

 そんな勇者を日夜迎え撃つべく魔族は軍隊を作り、その長として最強の王を据えた。魔王と精鋭たちにより構成された軍は、迫りくる各国の勇者たちを軒並み返り討ちにしていく。

 そうして人間たちの間で、魔王軍とそれを束ねる魔王の名は最強の二つ名とともに広まっていった。

 対立する人間と魔族であったが月日の流れとともに共存する者も現れ始め、この魔王軍でも魔族のボンゴと人間の姫、バラライカの挙式が行われた。

 そんな新たな時代の幕開けから二年の月日時が流れ、魔王であるフォルテ13世は新たなる危機に直面していた。


「お金がないんです!!魔王様!!」


 魔族の中枢ともいえる魔王城の会議室、その室内には広く豪華な城には似つかわしくない簡素なテーブルとパイプ椅子が置かれていた。そして、そこに座る面々は、魔王軍の中でも重鎮たちばかりである。

 そんな面子に囲まれて愛くるしい犬の獣人は大きな耳を立てて、声を荒げる。ひとり席を立ち、飛び跳ねながら発言するその様子は、危機感よりも愛嬌を周りに振りまいていた。


「落ち着いて下さいシンバさん。そんな結論から話されてもわかりませんよ、まずは財政難に至った経緯から説明してもらえますか?」


 シンバと呼ばれた犬の獣人は、興奮してずり落ちた眼鏡を直しながら話しかけられた青年に向き直った。その人物こそ魔族を束ねるの王であるフォルテ13世、その姿はまだ幼い少年にしか見えず背丈も人間の子供ほど、まだ幼さが残る顔つきは威厳よりも可愛らしさが漂っていた。


「失礼いたしました、フォルテ様。そもそもの原因はあのにっくき勇者にあります!奴らが頻繁にここ魔王城まで来ては全てを壊して去って行く。それでいて、その後の修繕費は全てこちら持ち!!これでは財政も苦しくなって当たり前です!」


 シンバは大きな耳を怒りとともに左右に振り、烈火の如く魔族の王に抗議する。


「そ、それでしたら、勇者の属する国家に損害賠償請求をかけるというのは?」


 フォルテは怒りに燃えるシンバに恐る恐ると意見を述べる。フォルテは魔王の職に就いて日は浅く、未だにその役職に見合った威厳を出せずにいた。そんなフォルテの言葉にシンバは飛び跳ねて抗議する。


「それはもうすでに何度も、なーーんども、使者を送って請求しております!しかし、当事者の国たちは、すべて知らぬ存ぜぬ、はたまた無視を決め込むばかり。挙句の果てには、こっちが勇者の治療費を払うべきだと言い抗議すれば逆賊扱い。使者が何人も返り討ちに合う始末。これではまともに交渉もできません!!」


 シンバは怒りを通り越し、最後は諦めたようにため息混じりに報告する。


「つまり、相手国からは賠償金は期待できない。それで、こちらで独自に資金を稼がないといけないと言うわけですね」


 場の静寂を促すように、会議室内に冷たい声が響き渡る。皆が緊張感を感じ自然と背筋を伸ばし、その発言者に注目する。


「その通りです!さすが、アコール様、話が早い」


 先程発言したのは、魔王軍でも1,2を争う重鎮、参謀のアコール・ディオン。長身で細身の体格ながら、その眼光は常に鋭くただ見つめられただけでも相手を萎縮させた。そんなアコールは静かに体を揺らし、目を瞑ったまま静かに考えを巡らせる。


「ふむ、これはどうしたものか」


「そうなんです危機的状況でありますが、これ以上市民の税率を上げるわけにもいきませんし、やはり外貨を獲得する為には何か新たな事業を始めるべきかと」


 アコールの作り出した沈黙に耐えかねて、シンバが思いついたことを述べていく。


「新しい事でしょ!思い切って今流行りの勇チューブでも初めて見たらどうかしら?」


 緊迫した会議の場に似合わない、若く明るい女性の声が響く。


「そんな、コトちゃん思いつきでいい加減なこと言わないでよ」


 猿の獣人であるコト。小さく、可愛らしく見える彼女であるが、これでも魔王軍を支える四天王の一人であった。

 場違いな意見を受け、シンバは慌てて発言者のコトを咎める。


「気軽に、ちゃん付けで呼ばないの!」


 コトは尻尾を立てながらシンバに抗議する。


「ほぉ、勇チューブ?コトさん、それはいったいなんなのですか?」


 聞き慣れぬ単語に反応してアコールがコトに説明を求める。


「えっと、最近若者の間で流行ってる動画配信サイトで、無料で誰でも発信者になれるんです。有名な配信者だと月に金貨数百枚も稼ぐ事が出来るみたいですよ」


 コトがアコールの為に説明する。


「それは絶大な知名度を有する魔王様に打って付けですな。どうでしょう?一度やってみては?」


 アコールは乗り気でフォルテに出演を投げかける。軍において最古参者のアコールに対して意見できる者は数少ない。皆が賛成も反対も出来ずに判断をフォルテに一任していた。


「あ、えっと、まぁ出来るところから始めてみましょうか」


 他にいい案もないのでフォルテは何も考えずその案にのることにした。


「それは面白そうです!!せっかくなら、今勢いのある勇チューバーの人とコラボしましょうよぉ?その方が絶対盛り上がりますからぁ」


 またもや、重苦しい会議室に似合わぬ明るい声が響く。皆が声のした方を向くと、そこには健康的に焼けた肌と整った容姿印象的なエルフのチャイムがいた。チャイムは楽しげに声を弾ませながら話を続ける。


「その配信者はテルミンって名前なんですが。勇チューバーの中ではとりわけ人気と実績が高くて、高難易度のクエストもバンバンこなしている現役の勇者なんですよ!」


 チャイムの言葉に会議室内は騒めき始める。どうやら何人かはその勇者の名前を聞いた事があるらしい。


「噂の彼ですか。私のところまで報告も上がってきていますよ。実力は折り紙付き、何故か今は魔王を倒すよりも別の活動で忙しいとは聞いていましたが、なるほど、それが勇チューブというわけですか」


 納得したようにアコールが言葉を発する。


「確かにその勇者ならばフォルテ様の相手に不足はないでしょう。チャイム、貴方にしてはいい人選です。やるからには全力で、レベルの髙い戦いをしてもらわなければなりませんからね」


 アコールからのお褒めの言葉に嬉しそうに飛び跳ねるチャイム。その可愛らしい仕草は彼が男であることを覗けは魅了するに十分な仕草であった。


「ちょっ、ちょっと待ってください!イベント戦闘なんですから、そんなに実力者を呼ばなくても。もっと話の分かる仲間内でやりませんか?」


 相手の実力に怖気づいてフォルテが声を上げる。


「確かにフォルテ様にとってはお遊戯にも等しい人材でしょうが、今は彼以上の適任者がおりませんゆえどうかご容赦下さい」


 確かに歴代の魔王は、魔族の中でも一番強いものが選ばれ、並みの勇者ならば一撃のもとに葬る力を誇示していた。

 しかし、時代は変わり人間社会とも共存共栄が叫ばれる昨今。魔王に必要な者は武力ではなく政治力であり、フォルテは変わりゆく魔族社会において得意稀なる政治力を持ち合わせる人材であった。

 その一方で力に関しては最弱と言われるゴブリンにも劣り、魔力も少なく才能も乏しいため戦う際ははったりと交渉力を駆使し、それでもダメなら最強の護衛に頼りっきりであった。

 そんな運と人任せな戦いの場をアコールは勘違いしており、毎回勇者を追い返しているのは魔王フォルテの実力であると思い込んでいた。


「あぁ、えっと。わかりました、その案でいきましょう」


 フォルテは今更アコールの説得は無理だと悟り、来るべき勇者の説得に切り替えることにした。その目は、満足そうに頷くアコール・ディオンと嬉しそうにはしゃぐチャイムに怒りの目線を向けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る