最強魔神 モニカ

 本来ならば戻る事などないバージンロード。その純白の道を土足で戻って行く勇者マリバ、彼のその堂々とした背中に向け敵意をぶつける魔王。


「待て!!」


 今までで、一番の力強さと敵意を込めた声をマリバへと届けるフォルテ。


「なんだ小僧?人の大事なものを攫っておいて今更返せとは言わねぇよな?」


 振り向いたマリバの視線がフォルテと交わる、いつもならその力強い目線に怯えてしまうフォルテであったが今日は違った。


「彼女を守ると神に誓ったんです!このまま行かせるわけにはいきません!過去にどんな経緯があろうと、僕には関係ありませんから!」


 フォルテは、震える左手に宿る腕輪をそっと触る。勇気を持ってマリバに告げる。


「勇ましいな、だが盗人猛々しいとはこのこと」


 モニカが暴れださぬように、マリバはモニカの口に怪しい色のキノコを詰め込む。


「多少毒はあるが死にはしない、少し大人しくしていてくれ」


 マリバはモニカの力が抜けると同時に、彼女を床へと下ろす。力なく倒れこみ動かないモニカを見てフォルテの気持ちが爆発する。


「いつもは何とか帰ってもらっていますが、お前はただでは帰さないぞ!!」


 いつになく激昂するフォルテ。握った拳に火の粉を纏わせ、一直線にマリバへと突進する。だか、あまりに隙だらけな攻撃に、マリバは鼻で笑いながらフォルテを蹴り飛ばす。


「なんだその攻撃は?炎ってのはこう使うんだよ!」


 そう言ってマリバが手を掲げると、その手から炎の玉が生まれる。マリバは振りかぶって火の玉を投げたが、それはあらぬ方向へと飛んでいく。


「いったい、何処に投げてるんだ?」


 通り過ぎる火の玉を見送りながら、疑問に思ったフォルテが口を開く。


「なぁに、これでいいのさ」


 自信ありげに応えたマリバ。火の玉は、壁に当たるとバウンドし、そのままフォルテへと襲い掛かる。だか、フォルテに当たる直前に水の壁が現れて火の玉を消化する。


「いったい何の真似だ?お前も俺と遊びたいのか?」


「先々代から続く歴史ある教会ですので。家事にでもなったら大変です」


 自身の周りに杖を浮かせながら、アコールがマリバに冷たく告げる。その間に、先ほど倒されたコトとチャイムも起き上がり迎撃態勢を取る。


「さっきは不意をつかれましたが、お姉さまは渡しませんよ!」


「フォルテ様のピチピチのお肌に傷を付けようなんて!?私が許しません!」


 やる気に燃える二人に対し、数の上で劣勢なマリバはそれでも余裕な態度を崩さない。


「みんなまとめて相手してやる。どうせお前たちの攻撃なんて効かないんだからな」


 そういったマリバは、懐から輝く星を取り出す。


「なんでしょうか、あれは?あんなアイテム見たことありませんね」


 シンバが興味津々にその星を見つめる。


「さぁ、無敵時間の始まりだ!」


 マリバはそう叫ぶと、輝く星が割れその光る粉がマリバを包んでいく。次第にマリバの全体を覆った光は消えることなく輝きを増す。


「なにそれ?電球にでもなったつもり?目くらましどころかいい的なんですけど!」


 光輝くマリバに向かってチャイムが魔法の弓を引く、そこから高速で放たれた無数の矢がマリバの体を捉え次々に命中していく。


「やりましたか!?」


 チャイムの矢を受けたマリバを見てシンバが誰にともなく尋ねる。


「あーぁ、シンバ様それ言っちゃダメなやつー」


 マリバから目を離さないままチャイムが告げる。


「まだです!」


 場の空気を引き締めるようにアコールから指示が飛ぶ。いまだ戦闘態勢を崩さぬチャイム目掛けて、無傷のマリバが突っ込んできた。

 チャイムはすぐに避けようと動くも、少しマリバに触れた途端に体は吹き遙か飛び後方まで投げ出される。


「この!!」


 チャイムが標的になった事によって生まれた隙をついて、自らの気配を消したコトが死角からマリバに襲いかかる。


「ははは、無駄だよ」


 隙をつき明らかに急所を狙った攻撃だったが、コトの構える短刀はマリバの体に触れることも出来ずに止まる。

 驚きを隠せないコトに向けて、マリバはそっと手をかざすと先ほどと同じようにコトの体を吹き飛ばした。


「さぁ、悪あがきは終わりだ」


 マリバがいままでにないスピードで動き出し、次々に魔王軍の精鋭を薙ぎ倒していく。


「む、無念」


 最後に残ったアコールも倒され、式場は大惨事と化す。周りを見渡し、起き上がる者がいないかを確認するマリバ。その目に微かに動く人影を捉える。


「負けません、まだ負けてませんよ僕は!」


 フォルテは痛む体を無理やり動かしてマリバに手を伸ばす。マリバも止めを刺そうと光る手を伸ばすが、その指先からは次第に光が消えていく。


「運がいい、時間切れだ」


 マリバの輝きは収まり、無敵時間は解除された。唯一の好機であるが、もうマリバに立ち向かえる者は誰もいなかった。


「私は別にお前を討つつもりはない、諦めて私を行かせてくれたら命までは取らないぞ?もう一度魔王として組織を再編成すればいい」


 マリバは呆れた様子でフォルテに話しかける。いつもならこちらからお願いする提案を、今日は勇者側から申し出てくれる。

 しかし、フォルテの目はまだ交戦の色を残していた。


「もし、この場で何もせずあなたを行かせたら、僕は、魔王フォルテは、死んだと同じです!僕が魔王として生きるって言うのは、僕一人がいればいいじゃない。シンバさんがいて、ボンゴさんやコトさん、アコールさんと過ごす。そしていつも隣にはモニカさんがいる。そんな現実を諦めたらそこで魔王フォルテは死んでしまうんです!!」


「あぁん、フォルテ様、わたしも入れて!」


 フォルテはマリバの方に向かって叫ぶ。その横で倒れながらも元気な声でチャイムが叫んだ。


「まったく、変なやつだ」


 マリバはため息をつきながら、フォルテに止めを刺そうと歩みを進める。しかし、何かに邪魔されその足を前へと動かすことができなかった。


「フォルテ様の隣、その場所は誰にも譲りませんよ」


 目を覚ましたモニカがマリバの足を掴み、その進行を阻止している。


「い、いつの間に!?」


 不意をつかれたマリバは、明らかな動揺の色を示していた。


「悪いけど、ここからは私が相手よ」


 モニカはマリバの足を離して立ち上がる、その足にはモニカの手形がくっきりと残り力の片鱗を感じ取ったマリバは冷や汗を流す。


「はっ、昔から力だけは強かったからな。でも、こっちも昔とは違うんだよ!」


 モニカとの因縁を振り払うように強気に話すマリバ。その気迫を後押しするようにマリバは、懐から先程とは違う赤いキノコを取り出し急いで食べた。

 みるみるうちにマリバの筋肉は盛り上がり、元から大きかった体をさらに大きくする。


「は、ははは。どうだこの力、俺は最強だ!誰にもまけっかっぺはぁ」


 痺れを切らしたモニカの拳が、マリバの顔面を殴打する。


「さっきから、ごちゃごちゃ煩いんですよ。いったいあなた何者なんですか?」


 ベールを脱ぎ捨てモニカがマリバに凄む。マリバはその姿を見て驚愕の声を上げた。


「おっ、お前は誰だ!?」


 モニカの言葉を繰り返すようにマリバは質問を投げかける。そんなマリバをフォルテは不思議そうに見つめる。


「誰だって?あなたモニカさんと知り合いなんじゃないんですか?それで攫おうとしたんじゃ」


「私はこんな女など知らん!!」


 困惑する一同、その時教会のドアを開けて二人の人物が入ってくる。


「なんだい、この騒ぎは?私は二次会のリハーサルまでお願いした覚えはないよ?」


 そこにはウェディングドレスに身を包んだバラライカと、タキシードを着込んだボンゴがいた。


「あれ?あんた、マリバじゃないか!?どうしここに?まさか、わざわざお祝いに来てくれたのかい?」


「あ、あれ?バラライカ?なんでお前がここに?」


 バラライカの顔を見て驚くマリバ。


「何って、これから結婚式だからね。それで、みんなが予行演習してるって聞いたから見に来たんだよ」


 バラライカは笑いながら答える。


「それじゃあ、さっきの式は練習だったのか?どおりで新婦が知らない女なわけだ」


 どうやらマリバの目的の人物はバラライカだったようで、開始時間を間違えた事により練習現場でバラライカ役をしていたモニカを本人と間違えて攫ってしまったらしい。


「あぁ、なるほど。そういえば、式の準備でバタバタしていたから国にはちゃんと連絡していなかったわ。本国では未だに私、攫われた事になってるんだわ」


 バラライカは笑いながら謝る。


「そんなことより、バラライカ!!今からでも遅くない、一緒に国へ帰ろう!」


 マリバは改めてバラライカに同行を願い出る。


「悪いが、私は本心からボンゴに惚れて一緒になるんだ。今更国へ帰るつもりも、ましてや他の人と一緒になることもないよ」


「そ、そんなぁ」


 バラライカの言葉でも諦めきれないのか、マリバが何か言いたげに顔を上げる。

 その仕草を見て、ボンゴがバラライカの前に立ちはだかる。


「はは、勇者くん。諦めたほうがいいよ?ボンゴくんの一撃は私の拳なんかよりよっぽど重いからね」


 モニカがマリバに二人の本気度を伝える。

 ボンゴの気迫と、バラライカの真っ直ぐな思いを受け止め、マリバも二人の真剣さを理解したようで、最後には涙を流しながら二人を祝福した。

 その後、みんなの怪我を治療し、ボンゴとバラライカの結婚式は予定通り行われた。


◆◆◆


「さぁ、お待ちかね。私から祝福だよ!お裾分けを貰うのは誰だい?」


 ブーケを構えるバラライカに沢山の女性が集まる。


「これで私もお姉さまと!」


「あぁ、フォルテ様!これで私と貴方は結ばれるんですね」


 しかし、鼻息荒いコトとチャイムに圧倒されどんどんと引いて行く観衆。離れた場所でフォルテとモニカも事の次第を見守っていた。


「フォルテ様。先程の話ですが隣の席ちゃんと開けといてくださいよ」


 モニカは晴れやかな笑顔でフォルテに伝える。


「はい、もう誰にも譲る気はありませんから」


 フォルテの返事にモニカは満足そうにうなづいた。


「さーて、フォルテ様の気が変わらないように急がないといけませんね」


 モニカはバラライカの投げたブーケ目掛けて駆け出していった。

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