略奪勇者 マリバ

「今日の佳き日にあたり、二人に神の祝福があらんことを」


 陽の光を余す事なく取り込んだ豪華な教会。そこには神からの祝福を受けた一組の男女が並んでいた。彼らの目の前には神父姿に身を包んだバロムが控え、祝福の言葉を段々と述べている。

 新郎新婦、二人の背後にはバージンロードを挟んで、沢山の招待客が詰め寄っている。口々に彼らを祝い、純白のウェディングドレスに身を包んだ女性に誰もが見惚れていた。


「では、フォルテ様。貴方は、こちらの女性を病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


「ははは、はい!誓いましゅ!!」


 新郎のフォルテはバロムを真っ直ぐ見ながら緊張して答える。


「宜しい、汝モニカよ、貴方は新郎フォルテを病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


「えぇ、誓うわ」


 フォルテの隣に佇むモニカは、ベールの奥で微笑みながらはっきりと伝える。

 いつもとは違うモニカの佇まいに式場中の人々は見とれていた。もちろんフォルテもその美しさに見とれ、しばし我を忘れた。


「あぁ、モニカお姉さま。なんて、お美しい!!」


 モニカの姿にひと際感動し、涙を流してシャッターを切りまくるコト。


「あぁ、フォルテ様。あなたの純潔は私が頂きたかったぁぁぁ」


 不純な目でフォルテを見るチャイム。そんな二人に挟まれてシンバは息苦しさを感じていた。


「それにしても、仮にも魔族が神前式とは。これでいいんでしょうか?」


 シンバは不安になって言葉を告げる。


「基本的には神は人間を愛し、魔族と長い間敵対してきました。ですが、現在では昔ほどの対立は御座いません。それに魔族に好意を寄せる神も少なからずいるくらいですから」


 シンバに対して隣で並ぶアコール・ディオンが答えを返す。その言葉にシンバも一応は納得して口を閉じた。

 その間にも式は淡々と進み、指輪の交換へと至っていた。


「それでは、指輪をここに」


 バロムの指示の下、シンプルな指輪が二人の前に置かれる。細工もない銀細工の指輪ながら、その意味するところを感じてフォルテは軽く息をのむ。


「では、新郎フォルテ。新婦モニカの指に」


 バロムに促され、フォルテはモニカのウェディンググローブを外す。とてつもない破壊力を有するその手であったが、無骨さはなくスラリと長い指が綺麗に並んでいる。フォルテはモニカの顔を見ると、彼女も自分の手を感慨深げに見つめていた。

 フォルテがモニカの右手を取り、その薬指にそっと指輪移動させる。

 大きな指輪は、指を通り越しモニカの腕に収まる。その腕輪はモニカの腕で輝きを増し、フォルテの気持ちを表すかのように強く輝いていた。


「次に新婦から新郎へ指輪を、」


 バロムの声に従って、モニカが指輪を手に取る。同じ指輪ではあったが、こちらはモニカの慈愛に感化され優しく輝いているように感じる。

 肌に触れた金属は最初こそ冷たく感じたが、次第に自分の体温すらも超えて温かくフォルテの腕に馴染んだ。


「では、新郎。新婦に近いのキスを」


 バロムが決められた台本を読み上げるかの如く淡々と式を進める。その意味することを考え、フォルテは一瞬思考が停止する。


「き、きき、キスですって!!いくらフォルテ様でもお姉さまが他の人に汚されるのは見てられないぃ!!」


 コトが赤くなった顔を手で覆い身もだえる。


「そんなの不純、不潔ですー!こんな事なら前もってフォルテ様の唇を奪っておくんだったぁー!」


 一番その言葉が似合わないチャイムが不純を語る。最前列で盛り上がる二人に周りの視線が集まり、シンバが代わって後ろの席に向かって頭を下げる。


「ほら、フォルテ様。ちゃんとやらないと」


 いつまでも固まって動かないフォルテをモニカが激励する。


「は、はい!!わ、わかりました!」


 緊張でガチガチになったフォルテは、ぎこちない手つきでモニカのベールに手をかける。


「その結婚!ちょっと待ったぁ!!!」


 その時、式場の扉が勢いよく開け放たれた。

 そこには赤い鎧に身を包み、立派な髭を生やした男が立っていた。


「我はビワ王国の勇者マリバ!悪い悪魔に洗脳されし花嫁をお救いするため参上した!」


 髭の勇者マリバは花嫁を略奪すべく、堂々とこの場に現れた。


「ちょっとアンタ!いきなり現れてなんなのよ!せっかの、お姉さまの晴れ舞台ぶち壊すんじゃないわよ!!」


「あなたねー、ものには順序ってものがあるんですよ。まずは私がこれから華麗に新婦を強奪しますから、あなたその後にゆっくり残り物をつまんでいきなさいよ!」


 喧嘩腰にマリバに近づくコトと、相変わらず何を言っているのかわからないチャイム。そんな二人にマリバが目線を向ける。


「邪魔をするな!」


 そう言うとマリバは高くジャンプし、コトとチャイムを次々に踏みつけて前へと進んでいく。後頭部に見事な足跡を残したコトとチャイムは、地面に倒れて動かなくなる。

 魔王軍でも指折りの実力者である二人が、あっという間に倒され会場は一瞬で沈黙が支配した。


「さぁ、もう邪魔者もおりません。一緒にその場を去りましょう姫!」


 モニカの前まで来たマリバはその手を伸ばす。いつものモニカならば、どうと言う事はない相手であっただろうが着慣れないウェディングドレスに足を取られ、満足に動けない為に勇者の接近を許す。そして、そのままマリバに拘束されてしまった。


「ふ、相当のじゃじゃ馬なのは聞いている。この拘束具は特別性、そう簡単に解けません!これで目的は達した、さらばだ」


 マリバはそのままモニカを担ぐと出口へと急いで向かって行く。

 参列者と新郎が取り囲む中、勇者は堂々と花嫁を攫っていったのであった。

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