迷子の勇者 ピノア その2

『ピンポーン!業務連絡いたします。ただいま3番窓口にて勇者様がいらっしゃいました。係りの者は第二種配備にてご対応願います』


 城内に聞きなれないアナウンスが流れる。フォルテは執務室にて作業する手を止め、アナウンスの内容に聞き入った。


「これ、なんです?」


 フォルテは何故か平然と仕事をしているシンバに尋ねる。


「何って、勇者の襲来を告げるアナウンスじゃないですか?」


 シンバはさも当然といった感じでフォルテに応える。


「いや、今までとは違うというか、違いすぎて緊張感も緊急性の欠片もまったくないよねこれ?」


 まるでどこぞのお店のような放送内容にフォルテは困惑する。


「この前会議で話したじゃないですか。城内のアナウンス変更について、」


「あぁ、確か、今までのアナウンスだと緊急の度合いがわからず職員をむやみに動揺させてしまうとか、来客中や商談中に迷惑だから隠語を使いましょうとかいうやつだよね」


 フォルテは会議の内容を思い出しながら言う。


「そうです、なるべく一般職の方々の負担にならないよう優しく、穏やかな放送を心掛けた結果がこれです!」


 誰が決めたか知らないが、センスがズレてると心の中で突っ込むフォルテ。


「この場合、3番窓口はちょうど城門を過ぎたあたりのことですね。それで勇者の脅威度合いを瞬時に察知して適切な人員を配置するようにしております。また無駄に最高戦力のモニカさん出すと、終わった後のご機嫌取りが毎回大変ですから」


 確かに勇者の襲来時、モニカに頼るところは大きいがそれが朝方や退勤時間ギリギリの時はその後のフォローが大変であった。


「なるほど、それで第二種配置だとどの程度の脅威なの?」


 フォルテは放送内容を思い出しながらシンバに尋ねる。


「えっと、二種ですから魔王軍の一軍は待機で二軍だけで戦います。それに職員の避難も行われません」


「えっ!?それだと被害者が増えるんじゃ?」


「一般職といっても仮にも魔王城に勤める職員です、それなりに自衛の心得はみな持っておりますので」


 いつの間に野球チームのように組み分けがされたのか謎であったが、とりあえずフォルテはシンバの説明に頷いた。


「ちなみに、勇者相手に二軍で大丈夫なの?」


「もちろんです、我が技術部が努力の末に開発した勇者能力測定装置、これにかかれば勇者の実力なんて丸裸ですから。読み違えることはありませんよ!!」


 胡散臭い話しだが妙に自信満々に胸をはるシンバ。しかし、フォルテにとっては、現状勇者が来ているのにシンバがここにいることが一番の安心材料であった。


◆◆◆


「何じゃったんじゃ?さっきのアナウンスは」


 城内に足を踏み入れた途端に鳴ったアナウンス、訳の分からない内容に困惑するダンバー。


「ピノア様、勇者様ですって、もしかして私たちのことでしょうか?」


「そうかもしれません!どうやらよほど歓迎されているみたいですね。ここはもしかして勇者の旅を支援する施設なのかもしれないですね!」


 ソステートの言葉に同意し、ピノアは先程のアナウンスから思考を本来の意味から逆の方向へと向け始めていた。


「何を言っておるんじゃ?勝手に入って来たのに歓迎されるわけないじゃろ!」


 ピノアの楽観的な意見に苦言を呈するダイバー。


「しかし、不法侵入者を捕まえるような慌ただしさを感じませんわ。仮にも、私たちを敵とみなしているならあのように呑気に仕事していられますでしょうか?」


 ソステートに促され周りを見渡すとそこには三人のことなど目に入っていないのか、せわしなく働く者、談笑する者など平和な様子が見て取れた。


「うむ、確かに警戒されているようには見えんな」


 ダンバーも異質な光景を目にして呟く。そんな三人の元に、焼けた肌をした細身で長身な髪の長い女性が声を掛けてくる。


「お見受けしますに、勇者様ご一行でよろしいですか?」


 髪から飛び出た長い耳、それは紛れもなくエルフの特徴であった。


「はい、突然のご訪問すいません。僕は勇者ピノア、二人は旅の仲間のソステートさんとダンバーさんです」


 三人を代表してピノアが返答する。目の前のエルフはそんなピノアを見て頬を染める。


「あぁ、可愛らしい」


「えっ?」


 呆けるエルフにピノアは疑問を投げかける。ハッとしたエルフはすぐに表情を引き締めた。


「なんだか気に障りますわねこのエルフ。でも不思議と危機感は感じませんの」


 ソステートはピノアに色目を使ったエルフを睨みながらも、その違和感を肌で感じていた。


「失礼しました。私は、四天王(仮)自称雅音のチャイム」


「仮だの自称だの、自分で勝手に言って虚しくないのかのぉ」


「うるさいわね、ボケジジイ!」


 ダンバーの言葉に冷静な態度を豹変させてチャイムが叫ぶ。


「とても優雅さを感じませんわ。是非、改名をお勧めいたします」


 チャイムの態度をみてソステートも釘をさす。


「まぁまぁ二人ともそのへんで。それで、自称・仮天王さん。私たちに何の用でしょうか?」


 ピノアが心配になって答える。


「あぁん、変な呼び方しないでー、もう、チャイムって気軽に呼んで、ピノア君」


 チャイムは媚びるようにピノアに詰め寄る。


「ではチャイム、わたくしたちに何のようですの?」


 お言葉に甘えてソステートが冷たく言い放つ。


「このアマぁ、てめぇは呼び捨てにするんじゃないわよ!」


 年寄りと女性には努めて厳しく当たるチャイム。その豹変っぷりにピノアは恐れ慄く。

 そのピノアの様子を見て、すぐさまチャイムは笑顔に切り替える。


「ごめんなさいねピノア君、私個人としては城内の隅々まで案内してあげたいけど仕事柄そうもいかないのよ。悪いけどこのまま退散してもらうわ」


 チャイムはすまなそうに手を合わせながら謝っているが、その姿勢は徐々に隙を排除した戦闘態勢へと変わっていった。

 ピノアは周りを見渡して理解したように応えた。


「いや、こちらこそ忙しい時間にお邪魔して申し訳ありません。では、これにて失礼しますので」


 戦う姿勢を取っていたチャイムに対して、その意味すらも覆して踵を返すピノア。

 その背中を追ってダンバーとソステートも歩き出す。


「え?えぇ?ちょっとピノア君?あなた何しに来たのよぉ!?」


 あまりの潔さにあわてるチャイム。しかし、考えてみれば苦労もなく勇者を追い返したと言う結果だけは残るのですぐさま引き止めるのをやめた。


「待ってー、ピノア君、どうせだから安全なとこまで送ってくわ。ちなみに城は無理だけど街なら案内しちゃう!」


 こうしてチャイムに付き添われピノアたちは、自分たちのレベルに合わないラストダンジョンから抜け出し、本来の冒険へと戻って行くのだった。

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