迷子の勇者 ピノア

 活気溢れる魔王城城下町、魔族のみならず人間の往来も多くあり大きな都市を形成している。

 その大通りをキョロキョロと、物珍しそうに辺りを見回しながら青年は歩いていた。


「これピノア。それでは田舎者丸出しじゃぞ!少しは落ち着かんか」


 深緑のローブを羽織り、杖をついた老人が前を歩くピノアに声をかける。


「そうなんでも目くじら立てないで下さいませ、ダンバー様。ピノア様の旺盛な好奇心は勇者としての立派な素質の一つですわ」


 ダンバーと呼ばれた老人の隣を歩くのは、神官のソステート。彼女は前をゆくピノアを見て微笑んでいる。 


「まったく、その好奇心が災いした結果、迷ってこんな何処とも分からぬ街まで来てしまったと言うのに」


 ダンバーはため息をつく。


「でも、偶然こんな大きな街があって良かったですね。でもダンバーさんも知らないとなると、まだ出来て間もない新しい街なんでしょうか?」


 ピノアは後ろを振り向いて二人に話しかける。


「わしの持つ知識なぞ、この世界の一部分を知るのみよ、世界はまだまだ広く未知なるものじゃ、だからこそ行動は慎重にせんといかんぞピノアよ」


 新たに勇者ピノア一行に加わったのは、賢者のダンバー。齢70を超えた高齢でありながらも、その有する知識量は多く、事あるごとにピノアを導いてきた。ピノアの師を自称しており、今もその目は実の孫を見るように、温かな瞳を向けていた。


「ピノア様!あちらの屋台は何でしょうか?凄くいい匂いがしますわ」


「えっ、どこですか?ソステートさん」


 ピノアはダンバーの話もそこそこに、ソステートに連れられてフラフラと匂い誘われていく。


「こ、こりゃピノア!たまには人の話をちゃんと聞け!」


 ダンバーの声はすでにピノアには届かない。仕方なくダンバーもピノアの後に続いてソステートの元へと行く。


「うん、これは美味しいです。ほら、ダンバーさんも食べてみて下さい」


 ダンバーはピノアに串焼きを手渡される。ダンバーは正体不明の食べ物に警戒心を示すが、笑顔で食べるピノアを見て自分も一口頂いた。


「うん、こりゃ美味い」


 喜んで食べるダンバーを見て、ピノアも顔がほころぶ。


「この街はかなり発展しているようですわね。食べ物だけでなく、武器や防具もかなり良いものが揃っておりますわ」


 周りの店を見渡しながらソステートが言う。ダンバーも周りの店を見渡して品定めを始めた。ピノアはそんなことは気にせず、いまだ串焼きにかぶりついている。


「うーむ、質が良いのは確かじゃが、こりゃ値段も相当なものじゃな。前の街で見た10倍は値がはるぞ」


「わたくしたちの手持ちでは、どれも買えそうにありませんわね」


 ダンバーは武器防具の値段を見て驚いた。ソステートも値札と自分たちの懐具合を照らし合わせて答える。


「毎回毎回、お主が無駄遣いばかりしとるのがダメなんじゃ!」


「ほほほ、レディは何かと物入りなんですの。それよりもダンバー様のお薬代こそ財政を圧迫しておりますわ」


「何を言うか!わしの歳なら1割負担じゃぞ!」


「その1割も積もり積もって大きな負担になるんですの。体調がすぐれないならいつご隠居なさってもいいんですのよ?」


 ソステートとダンバーが言い争いを続けるなか、ピノアは一人関せずに黙々と食べ続ける。


「すいません、もう一皿おかわりを」


「おいおい坊や、いくらなんでも食べすぎじゃないのか?」


 すでにピノアの周りには食べ終わった串が山のように散乱しており、それでも食べ続ける姿に店主は困惑する。


「ほほほ、もう結構ですの!」


「すまんな店主、もう餌を与えんでくれ」


 喧嘩どころではない事態を把握し、急いで追加の注文を断る二人。


「こりゃ、何よりもピノアを食費を何とかせんといかんな」


 二人は底知れぬピノアの胃袋に恐怖する。


「しかし、これだけの装備が揃っているとなると、もしやこの辺りの敵は相当手強いんじゃないかのぉ?」


 ダンバーは不安になって他の二人に話しかける。


「だいりょうぶれすよ、たんぱーさん。来るほきも敵にあいふぁせんでしたし」


「ピノア様。食べながら話すのは、はしたないですわ」


 ピノアはいまだ手に持つ串焼きを頬張りながら答える。口から零れ落ちた食べかすはソステートが拭いとっていた。

 その行為を見て、ソステートが甘やかすせいで、ピノアが段々と幼児退行しているとダイバーは感じていた。


「すいません。きっと、ここの武器防具が高いのは全部ぼったくりの店だからですよ。見てください、こんな平和そうな街並みをとても凶悪な魔族や魔物がいるとは思えません」


 ピノアは周りを見渡して叫ぶ、ダイバーとソステートが周りを見渡すと厳つい斧を持ったミノタウロスや怪しい目をしたリザードマン、普通より大きなトロール、それに連れ添って歩く屈強なオーガなどそうそうたる顔ぶれであった。

 それに加えて、堂々とぼったくりを宣言するピノアに武器屋の店主は睨みを聞かせている。当のピノアはそれを感じておらず、その胆力に二人は肝を冷やされていた。


「まぁ、せっかく来た久しぶりの街ですから、少し探索してまいりしょう。本当に危険な場所だとわかったら、そこで引き返せばいいだけですわ」


 気楽に考えるピノアに微笑みながらソステートが続き、ダイバーは頭を抱えながらも渋々付き従った。

 今後の方針が決まり、ピノアはさっそく通行人に話しかける。


「すいません、この辺で有名なダンジョンか観光施設って何かありますか?」


「ピノアよ。冒険したいのか、遊びたいのかどっちかにせい!」


「あぁ、ドキドキとワクワク。どっちも楽しめるなんて素敵ですわ」


 ピノアは道行くトロールに質問を投げかける。冒険と観光を一緒に考えるピノアに思わずダイバーは突っ込み、ソステートは感嘆する。

 急に話を振られたトロールも困惑しながら隣のオーガと顔を見合わせる。


「ちょっと何を期待しているのかわからないけど、ここで一番有名な場所といえばあのお城だよ」


 トロールは三人の後方にそびえるお城を指さして答える。


「今日は非番だから案内してやれないけど、この大通りを真っすぐ行けばすぐだから」


「ほらボンゴ、早く行かないと遅れるよ!」


「わかったよバラライカ」


 何か予定があるのか、忙しそうなトロールにお礼を言ってピノアは二人に振り向く。


「とりあえずそのお城に向かうってことでいいですか?」


「一番の名所なら、ここが何処かわかるかもしれんし、とりあえず行ってみるかのぉ」


 ピノアの言葉にダイバーが賛成し、ソステートも黙って頷いた。

 そうして三人は街でもひと際大きな建物、魔王城へと知らず知らずのうちに向かっていった。


 城門は高くそびえ立ち、間近で見る城の作りは他の家々とは一線を画すものであった。その門を見上げて立ち尽くす勇者一行の三人。


「立派な門ですねー、余程偉い人が住んでいるんでしょうか?」


「これはタンスや壺も調べ買いがありそうですわ、ピノア様!」


 大きな建物に呆気に取られるピノア、その横ではソステートが瞳を輝かせる。


「これこれ、ちゃんと家主が寝静まってからにせい」


 ダンバーはソステートを非難することなく、やんわりと諭す。


「というか、国王ですらここまで立派な城には住んでおらんぞ」


 ダイバーが城を見上げて言う。


「どうしましょう?せっかく来たんですから、ご挨拶だけでもしておくべきですかね?」


 ピノアはそう言って軽い気持ちで城門を潜って行く。


「これピノア!飛び込みの営業とは訳が違うんじゃぞ!?」


「律儀なピノア様も素敵ですわ」


 慌ててピノアの後を追い。ダイバーとソステートも城内へと足を踏み入れたのだった。

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