変身勇者 バーンスリー その2
「まったく、どうなってるんですか?」
魔王城の大広間、そこは魔王が勇者と対峙する間である。
この時、魔王フォルテはより一層のストレスを感じ優雅に座っている余裕もなく立ち上がる。
「せっかくコトちゃんが応援に行ったのに、逆に勇者を助ける形になっちゃいましたね」
モニカが苦笑いをしながらフォルテの言葉に答える。
「どうしましょうフォルテ様。もう、無傷で勇者がそこまで来てますよ?」
「よっしゃぁ!!んじゃ、久々に暴れますかぁ!」
シンバの報告に、やる気を見せたモニカが前に出る。
「くれぐれも被害は最小限で」
シンバは、すでにこれからかさむであろう施設の被害額に頭を悩ませていた。
「それにしても、シンバさん逃げないんですか?」
フォルテはいつもはいの一番に逃げるシンバが、こうして共に勇者を迎え撃つ状況に違和感を感じていた。
「いや、それが、なんとなく予感がするんです。ここで逃げ出すのはもったいなような、そんな漠然とした予感が」
シンバは自分でも理解できない感情に悩んでいた。
そんな気持ちをシンバに抱かせる勇者、その存在に強い興味を抱きフォルテはまもなく開く扉を見つめていた。
「待たせたな、邪悪の権化たる魔王よ!!!」
勢いよく開かれる扉、その先には長い前髪に、風もないのになびくマフラー、寒いのか暑いのか分からない穴の開いた手袋を携えた無駄に熱い男がいた。
「勢いだけは一人前だね、その威勢が実力に見合っていることを期待するわ」
現れた男に向けてモニカが嬉しそうに答える。
「誰が来ようと同じ事!この正義の勇者バーンスリーが押して通る!!」
「真正面から来るとは、気に入ったわ!この魔王軍試食担当モニカが直々に相手になるわ!!」
勇者の名乗りに対して、モニカがありもしない役職で答える。そんな不可思議なやり取りでもバーンスリーは気にすることなく戦いの準備を進める。
「いくぞ!!悪の使いよ!」
バーンスリーは勢いよくモニカに向けて駆け出す。武器らしいものは携えておらず、防具も特別なものは着けていない、あえて言えば腰に巻いたベルトが多少派手めであった。
「フォルテ様!気づかれましたか?」
「えぇ、シンバさん!この戦い、目が離せませんね!」
フォルテとシンバは勇者の姿を見た時から眼を奪われていた。
「武器もなしで挑んでくるとは、益々気に入ったわ。さぁ楽しませてちょうだい!」
モニカはすっかりノリノリで戦いへの一歩を踏み出す。力強く踏み出された一歩は床を踏み砕き、その力はそのままモニカの腰へ肩へ腕へと伝わり必殺の一撃となった拳に宿る。
「おぉぉぉぉ!!正義の拳をくらえぇ」
そんなモニカの拳に合わせるように、バーンスリーも拳を前に突き出す。刹那に二人の腕が衝突する。
「あぁ!!バーンスリーーー!!」
経験の違いか、力の差かモニカの拳に押されバーンスリーが吹き飛ばされる。
その光景を見て、なぜかシンバが落胆の声を上げる。
「ぐっ、なかなかやるな、だが、この程度では、正義の心は、折れはしない!!」
「立って!!頑張って、バーンスリー!!」
シンバに続いてフォルテまで勇者のバーンスリーを応援している。そんな不可思議な状況であっても戦いを楽しむモニカには聞こえていない。
「達者なのは口だけだったみたいだね坊や!そんな軽い拳じゃゴブリンだって倒せやしないよ!」
「まだだ!戦いは、これからだ!!」
バーンスリーは拙い足取りで立ち上がると闘志を宿した瞳でモニカを見据える。
「ほぉ、まだ眼は死んでないね。でもここからどうしようってんだい?」
モニカは相手の行動に期待感を膨らませながらバーンスリーに問いかける。
「こうするのさ!へーーーん、しん!!」
「「きたぁぁぁぁぁーーー」」
バーンスリーのかけ声と共に狂喜乱舞するフォルテとシンバ。二人に宿る少年の心はすっかりバーンスリーに鷲づかみにされていた。
かけ声と共にバーンスリーの派手目なベルトが光を放つ、直視できないほどの閃光に包まれバーンスリーの体には劇的な変化が訪れていた。
「フォルテ様、フォルテ様!!やっぱり変身ですよ!!あぁ、やっぱり逃げずにここにいて良かったぁ」
「えぇえぇ、シンバさん!!まさか目の前で見れるなんて感激ですーー」
バーンスリーの変身に飛び跳ねて喜ぶ二人の少年。モニカはそんな無邪気な二人を気にする余裕もなく、目の前に現れた強敵に冷や汗を流していた。
バーンスリーは見た目から変化しており、前進を包むピチピチしたスーツに素顔を隠すようなヘルメット、そして何よりそこから漂う強さは先ほどまでと段違いであった。
「さぁ、ここからが本番です!!」
「これは気を抜けない戦いになりそうだね」
どんな状況でも余裕を見せていたモニカがいつになく緊張感を漂わせて告げる。そんな空気を打ち破るようにフォルテがバーンスリーへと近づいていく。
「あ、あの?やっぱり無理ぃー」
「えっ、ちょっと大丈夫だって!言ってみなよ、フォルテさまぁ」
何か言いたげなフォルテの後ろで後押しするシンバ。
「す、すいません。そのぉ、良かったらぁ、一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」
フォルテが恥ずかしながらも憧れの眼差しをバーンスリーに向けて言う。
「え、えぇ、もちろん!正義の味方はいつでも子供たちの味方だからね!」
表情は見えないが、バーンスリーは爽やかな声でフォルテの提案を快諾する。
「や、やったぁ!!」
「あ!それなら僕はサイン頂けますか?横にちゃんとシンバくんへって付けて下さい」
「あぁ、シンバさんずるい!!僕だってサイン欲しいのに」
フォルテに続いてシンバまでバーンスリーに近寄ってサインを求める。
「何してるんです、フォルテ様?」
戦いを中断されさすがにモニカも困惑する。
「何って、変身ですよ!変身!そんなヒーローみたいな人が本当にいるだなんて、もう感激で!!」
フォルテは相手が勇者であることも忘れてはしゃいでいる。そんな姿を見てモニカは呆れ、それ以上は何も言えなかった。
「それとお願いなんですが、もう一度変身シーンを見せて貰えませんか?」
シンバがバーンスリーにすり寄って願い出る。
「仕方ないなぁ、一回だけだぞ」
バーンスリーはそう言うと一度変身を解いて再び構えを取る。
「いくぞ!!へーーーん!!しん!!!」
再び光に包まれるバーンスリー、変身前に構えたポーズのまま光が収まるとまたしても姿の変わったバーンスリーが現れる。
「あぁ、また目を瞑っちゃいました!!」
「そうか、それなら仕方ない。もう一回いくぞ!」
シンバの要望に快く応え、再び変身を披露するバーンスリー。再び変身を解き最初から披露する。
「す、すいません!!今度は動画で納めたいので」
「あぁ、わかった!それなら、もうちょっと正面に来ていいぞ!」
今度はフォルテの要望に対して快諾するバーンスリー、こうして何度目かの変身を繰り返す。
「ねぇーーー、早くしてくれない。こっちは待ちくたびれてるんだけどー」
盛り上がる三人の男たちとは別に、一人待ちぼうけとなるモニカ。すでに我慢の限界が近づいていた。
「さて、次は必殺のバーンスリーキックだ!これは体内に内在する正義のエネルギーを一点に集め敵にぶつける技だ!」
「おぉ、すごい!!」
モニカのことなどすっかり忘れバーンスリーさえもノリノリで技を披露し解説を繰り返す。
「では、改めて最初から」
「よし、わかった」
三人の盛り上がりは果てることなく、何度目かの変身シーンを披露する運びとなった。
「では、いくぞ!!へーーーん!!し「もう、えぇわぁ!!!」」
バーンスリーが変身を繰り出そうと構えた時、痺れを切らしたモニカが背後から渾身の一撃をくらわせる。
その攻撃を生身で受けたバーンスリーはそのまま崩れ落ち、戦いの幕は下りた。
「あぁ、まだ第二段階の変身シーンが残ってたのに」
「まだ何か!?」
「い、いえ、なんでもありません」
「お疲れ様でした!!モニカさん!」
怒りの形相で二人を見つめるモニカに対し、なにも言えなくなった男たちは頭を下げてモニカを見送るのであった。
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