隠密勇者 スネーア その2
窓から差し込む光で魔王城の廊下は明るく照らされている。まるで貴族の暮らす宮殿のような豪華な内装に紛れて、不釣り合いな段ボールがゆっくりと歩を進める。
時折、職員が通っては動きを止め、必死に見つからないよう慎重に、着実に魔王のいる部屋へと近づいていく。
≪スネーア!スネーア、応答しろ!≫
勇者スネーアの持つ通信機から上官の声が聞こえる。
「こちらスネーア、どうぞ」
≪現在の進捗を報告しろ≫
「ただいま魔王城二階、東側廊下を進行中。いまだ敵との接触はありません」
≪よし、引き続き任務に挑め≫
定時連絡を終え、スネーアは再び歩を進める。彼の任務はただ一つ、魔王を討つことである。隠密行動に長けたスネーアは段ボールに身を隠し、気付かれぬように魔王に接近する作戦を取っていた。
そんな彼の姿を城の職員は微笑ましく見守っている。
「ねぇねぇ、あれ何なの?」
「どうせまた、シンバさんの所の技術部が変なもの作ったんでしょ?」
「この間のゴーレムといい、技術はあるんだけど美的センスが皆無なのよねー」
城勤めの女性職員は、喫煙室のガラス越しに動く段ボールを見ながら談笑する。
「もしかしてあれミミックのつもりなのかしら?」
「段ボール型のミミックって、中身に何入れるのよ!事務用品貰って嬉しい訳ねぇだろ」
「ほんとにねぇ。そんなの勇者が開ける訳ないじゃん!ウケるんですけどー」
二人は煙を蒸かしながらそのまま談笑を続けていた。こうしてスネーアは、怪しまれつつも通報されることなく順調に進んでいった。
そんな不審者の侵入を気付く男が他にもいたが、彼は早々と休暇願を上司の机に置いて城から逃げだしているところであった。
◆◆◆
「おはよー、って誰もいない」
時刻は昼に差し掛かろうとする時間帯。魔王の執務室にて、いつもなら忙しそうに仕事に追われるシンバから小言の一つも飛んできそうなものだがこの日は違った。扉を開けたモニカは誰もいない室内を見て呟いた。
「あれ?おかしいなー、もしかして今日お休みだったかな?」
モニカは不思議に思いながらも部屋の中央に置かれたソファーに腰掛ける。そのままウトウトしていると、扉が開いてフォルテが入ってくる。
「あ、モニカさん!おはようございます、ってもう昼間でしたね」
部屋に入ってきたフォルテはモニカに気づいて挨拶をする。
「フォルテ様、おはよう御座います。いったい何処行ってたんですか?」
フォルテの方を振り向いたモニカは彼が引く代車に目をやる。
「そちらの荷物はいったい?」
フォルテは台車に段ボールを積んで押していた。
「廊下の隅に、魔王室宛の荷物が置いてあるって連絡を受けて引き取りに行ってたんです」
モニカは立ち上がってフォルテの持ってきた段ボールを見つめなが言う。
「そんなのシンバくんにでも行かせればいいのに、わざわざフォルテ様自らいかなくても」
「それがシンバさん、いきなり休暇申請出して帰っちゃったんですよね。それで仕方なく自分で取りに行ってたんです」
荷物が意外に重かったのか疲れ果てた様子のフォルテには、段ボールを台車に乗せたままソファーへと移動し腰を下ろした。そんな疲れたフォルテにモニカは飲み物を差し出すべく準備を始める。
「それにしても、中身はいったい何なんですか?」
モニカはお茶の支度をしながらフォルテに訪ねる。
「差出人の名前もなく、誰宛かも書いてないので分かりません。モニカさんにも身に覚えがないとなると、シンバさんの荷物でしょうか?なにしろめちゃくちゃ重くて」
フォルテはモニカの淹れてくれたお茶を受け取りながら答える。
「それは中身が気になりますね、開けちゃいましょうか?」
モニカは段ボールを間近で見つめながら告げる。
「そんな、他人の荷物を勝手に開けちゃダメですよ」
蓋を開けようとするモニカをフォルテは静止する。
「シンバくんのことだから、きっと面白い玩具でも仕入れたのよ。フォルテ様も興味あるでしょ?」
モニカの言葉にフォルテも箱の中身に興味をそそられる。
「いやいやいや、ダメですよ!ほら、品名すら書いてないってことはきっと中身も知られたくないんですよ」
「そうですね。トレーニング器具とか身長が伸びる薬とか人には知られたくない中身かもしれませんもんね」
「モニカさん?私宛の荷物開けましたね?」
フォルテはモニカの言葉に何かを察し疑惑の目を向ける。
「とりあえず、シンバくんも見られたくない荷物かもしれないし。見ちゃったら気まずくなるかもしれないもんね」
モニカは何を想像したのか、恥じらう振りをしながら段ボールから離れフォルテの前に座った。
(あ、危なかった、)
運ばれてきた段ボールの中ではスネーアが胸を撫で下ろしていた。廊下でフォルテに見つかった時は、一巻の終わりかと思っていたが、なんだかんだと魔王の部屋まで潜入する事ができた。
(後は魔王が来るのを待つだけだ)
スネーアは未だ気付いていなかった、目の前にいる青年が魔王フォルテである事に。
「それにしても、珍しく二人きりですね」
シンバの居ない空間、モニカの何気ない言葉にフォルテは妙に意識してしまう。
「そ、そうですねー。いやぁ、それにしても今日は暑いなー」
緊張を隠せずフォルテは立ち上がって、意味もなく歩き回る。
「ん?そうですか、今日は涼しいと思いますけど?」
顔を赤くして暑がるフォルテにモニカが気になって近づく。そしてその額に手を当ててフォルテの体温を測る。
「んー、たしかに微妙に熱いような。熱でもあるんですか?」
モニカはそう言うと、今度を自分の額をフォルテの額に当てる。咄嗟のことでフォルテはそのままの姿勢で固まる。
「な、なにを!」
「何って、熱測ってるんじゃないですかー」
フォルテの言葉にモニカは当然のように答える。このまま騒ぎ立てるのも忍びなく、フォルテはしばらくこの感触を味わった。
(おいおい、王様の部屋で何してるんだこいつら?これだけ安心していちゃついてるってことは、今日魔王は来ないのか?そういえばさっき休暇申請だしたとか言ってたな)
スネーアは、生まれてこの方ずっと任務に忠実に生きてきた。任務の障害になる家族はもちろん、恋人も友達すらいない。そんな孤独と生きるスネーアにとって今のこの状況は羨ましく嫉妬心しかなかった。
「うーん、やっぱりちょっと熱がありますかね?」
「そ、それは、モニカさんが急に、そんなこと」
フォルテは気恥ずかしさからモジモジと話す。その様子を見てモニカは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「え?どうしたんですか、フォルテさまー。はっきり言わないと聞こえませんよ?」
照れるフォルテをからかってモニカは告げる。
「も、モニカさんがそんなに近づくから熱が出たんですよ!」
煮え切らない自分に腹が立ち、フォルテは吐き捨てるように声を上げる。
「あ、そ、それはすいませんでした」
「いや、これはモニカさんが悪いんではなくて、情けない自分が嫌になって、それで大声を出しただけで」
フォルテが怒ったと思い謝るモニカに、慌てて弁解するフォルテ。フォルテの緊張感が伝わったのか、モニカも妙にソワソワしだす。
「いやぁ、フォルテ様のお仕事邪魔しても悪いですし、コトちゃんのとこにでも行こうかなー」
モニカが場の雰囲気に耐えきれずその場を離れる。しかし、その手をフォルテは急いで掴む。
「モニカさん、待ってください。お時間は取らせませんので少しだけお話を、」
いつになく真剣な表情のフォルテがモニカに詰め寄る。その気迫に押され、モニカは黙って頷く。
二人はお互いを見つめ合い、フォルテは口を開いた、
「今までは運良く勇者の襲撃も交わしてきましたが、これからもそれが続くとは限りません」
フォルテは気持ちを落ち着かせて、一言一言噛み締めて話す。
「だから、後悔する前に気持ちを伝えておきたくて」
フォルテの視線が真っ直ぐモニカに向けられる。その真摯な眼差しを受け、モニカの頬も自然と高揚する。言葉を発せずとも、モニカはフォルテの気持ちを察していた。
「モニカさん、僕は、あなたの事がすぅ「ゔぉほん!!」」
フォルテが意を決して話し出した時、場の空気に耐えきれなかった人物が咳払いを挟む。フォルテとモニカは一斉に音のした方へと目線を向ける。
そこには段ボールの蓋を突き破り、罰が悪そうに立ち尽くすスネーアの姿があった。
「あー、なんだかすいません。ちょっと場違いなようなので今日は出直してきますね」
真っ赤になった顔でスネーアを見つめる二人と、その視線を避けるようにコソコソ退散するスネーア。凍りついたような時間の中、まるで自分の存在を消すかのようにゆっくりと出口に向かうスネーア。
扉が閉まり、正真正銘二人きりとなった室内でフォルテは静かに口を開く。
「殺りましょう、モニカさん」
「えぇ、生かして返すわけには行きませんよね」
目の奥に怒りと羞恥を宿した二人は、コソコソ帰るスネーアの背後にゆっくりと忍び寄るのだった。
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