隠密勇者 スネーア

「きゃぁーー」

「警備員は何処なの!?」

「浄化よ、浄化してぇーー」

「腐敗は消毒だぁーー」


 口々に騒ぐ女性職員、その輪の中心には大きなゾンビが腐敗を巻き散らかして立っていた。

 多くの魔族や魔物が勤める魔王城であったが、出入りを制限された者も少なからずいる。

 死の恐怖をまき散らすスケルトンや、体の大きなドラゴン、そして腐敗を周囲にまき散らすゾンビもその一つであった。

 その腐食にまみれた姿と腐臭は、周囲の人や物に飛び火し次々と腐らせていく。そのため城内への侵入をお断りしていた。

 フォルテは配達員との対応中であったが、騒ぎを聞きつけ急いで駆けつける。


「あ、あのぉ?荷物の受け取り印を、」


「今、それどころじゃないので!」


 何も分からず途方に暮れる配達員を押し退けて、フォルテは騒ぎの渦中のゾンビの元へと急ぐ。


「ちょっと失礼します、すいません、通してください」


 人混みを掻き分けて今も悲鳴が上がる場所に駆けつけると、そこには見上げるほど大きなゾンビがいた。


「なんでここにゾンビが居るのよ!?」

「早く追い出してちょうだい!」


 フォルテの目の前に現れたのは、皮膚を全て剥いだかのような身体中の筋肉や血管が露わになったゾンビであった。

 ゾンビ、それは体が段々と腐り、次々崩壊していく肉体においても、まだ生にしがみつく魔族である。周りに不快感と疫病を撒き散らし忌み嫌われ、本来ならば魔王城の出入りも制限されている。


「これはまた、大きなゾンビですねー。元々は巨人なんでしょうか?どうします、焼きます?」


 いつの間にかフォルテの横に来ていたダークエルフが気楽に声をあげる。


「ちゃ、チャイムさん!?いつの間に!」


「嫌だなぁ、寝室からずっと後つけてましたよー」


「次からは部屋の前に警備兵つけときますね」


 フォルテのしれっと怖いことを口走るチャイムに恐怖する。フォルテは自身の貞操を守るため警備を厳重にすることを堅く誓った。

 何も知らない人が見れば愛くるしいチャイムのその笑みも、中身が男だと知ると途端に怖く感じてくる。フォルテは不思議な感覚に陥っていた。


「それにしてもあのゾンビどうしますかフォルテ様?今日は燃えるゴミの日ですから燃やすには好都合ですよ」


 笑顔で怖い事を口にするチャイムにフォルテは慌てて言葉をかける。 


「ちょっと待ってください。まだ事情も聞いてませんし、一概にすぐ処理というのはちょっと」


「いやだなぁ、ゾンビに事情なんてあるわけないですよー、脳みそまで腐ってるんですからー」


 どうやらチャイムは、すでにゾンビを敵とみなしているようであった。フォルテはそれでも一応ゾンビに話しかけることにした。


「えっと、ゾンビさん?話せますか?」


 フォルテは恐る恐る巨大なゾンビに話しかける。ゾンビもフォルテの存在に気付いたのか剥き出しの眼球をフォルテに向ける。


「め、眼が怖い」


 そのあまりの迫力にフォルテは自ずと後退する。


「フォルテ様、あの眼球くりぬいちゃいましょう!」


「こっちの思想も怖い」


 フォルテは背後に控えるチャイムの言葉にも恐怖する。


「あぁ、フォルテ様!良かった、誰か知り合いがいないかと探していたんですよ」


 ゾンビは枯れ果てた声帯を震わせて声を発する。相手はフォルテの事を知っているようでだったが、もちろんフォルテにゾンビの知り合いはいない。


「えっと、どちら様でしょうか?」


 フォルテは記憶を探りながらも恐る恐るゾンビに尋ねる。


「嫌だなぁ、ボンゴですよ。もうお忘れですか?」


 フォルテは自分の知るボンゴとのギャップに言葉を失う、確かに造形は近いが見た目が違い過ぎる。


「ボ、ボンゴさん!?いったいどうしてゾンビなんかに!?」


「いえ、これは腐敗した肉ではなくてですね、どちらかと言えば新鮮な肉なんですよ。最近やっと骨に肉が付いてきまして」


 ボンゴ曰く、肉体が腐りかけのゾンビではなく、肉体が再生中の状態であるという。以前までコミュニケーションすらとれないスケルトンであったがそこから肉がついたらしい。

 確かに見えている筋肉は張りがあり血色も良かった。

 しかし、理屈はどうあれその見た目は決していいものではなく。ゾンビと見間違えられても仕方なかった。


「そ、そうでしたか。それでは完治までもう少しですね」


「そうなんです。骨のままだと、せっかく合わせた指輪やタキシードもブカブカなもので、早く戻らないと結婚式も上げられないってハニーに怒られちゃって」


「ハニーって」


 ボンゴの婚約者は元は魔王城に乗り込んできた人間の姫君、バラライカであった。その容姿はお姫様のイメージにはほど遠くボンゴに負けず劣らずの巨体と筋肉を宿していた。

 二人は出会ってすぐに恋に落ち、今では結婚を誓い合う仲にまで発展していた。

 しかし、いざ式をあげようという矢先にボンゴが骨となり、完治するまで式を先延ばしにしていたのだ。


「フォルテ様?このゾンビとお知り合いですか?あまり旦那様の友好関係に口を出したくないですが、もう少しご友人は選ばれたほうが」


 不快な物を見る目でチャイムが背後から声をかけてくる。 


「あぁ、チャイムさん。この方は魔王軍四天王の一人ボンゴさんです。今は療養中でこんな格好ですが、いつもは普通のトロールなんですよ」


 フォルテはいまだ不信感を募らせるチャイムにボンゴを紹介する。


「トロールの再生力は聞き及んでいましたが、実際見るとグロいですね」


「チャイムさんって結構毒吐きますね」


 フォルテは新たな部下に不安感を募らせる。


「この方が現職の四天王でしたか。相手は手負い、ここで私が討ち取れば自動的にその地位を奪える」


「ちょっと怖い事言わないで下さいよ」


 不敬な考えを堂々と口にするチャイムをフォルテは必死に止めにかかる。


「冗談ですよフォルテ様。さっき試しに切りつけたらあっという間に再生しちゃいましたし、そんな化け物相手に出来ませんよ」


「あぁ、もう切りつけてたんだ、今度は行動する前に教えてね」


 チャイムの躊躇いのない行動力に頭を抱えるフォルテ、そんな彼が直属の部下でなかったことが唯一の救いであった。


「すいませーん、荷物ここに置いときますから後宜しくお願いしますねー」


 盛り上がる魔王軍の面々に対して先ほどから無視されていた配達員は荷物を放り投げて帰って行った。


(こちらスネーア、無事魔王城に潜入した。これから魔王の部屋を目指す)


 今だ話に盛り上がる面々の影に隠れ、運ばれてきた段ボールがゆっくりと動き出し物陰へと潜んでいった。

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