スパイ勇者 カスタム・ネトー 最終試験

「さて、言い訳があればお聞かせ願えますかな?」


 魔王城にあるアコール・ディオンの執務室。そこは今、重苦しい雰囲気で包まれていた。

 重厚な机に座り怒りの目線を向けるアコールと両脇に控えるフォルテとシンバ、その前で直立不動で立ち尽くすコトと、ダルそうに欠伸をするモニカ。


「聞いていますか?あなたに言ってるんですよ!!」


 不遜な態度のモニカに怒りを込めたアコールの声が響く。その声に、隣で立ち尽くしていたコトが代わりに声をあげる。


「は、はいぃ!!今回の件は、その、参加選手の力量を測るためのものであり。より参加者の実力を間近で見たいとの事でモニカお姉さまにお願いした次第でありますぅ!!」


 コトが緊張しながら答える。その意見を聞いてアコールは、再度モニカを睨みつける。


「それ、違いますよね?」


 すべてを見透かしたような目線がアコールから送られる。

 アコールの言葉にコトは言葉を詰まらせ、モニカは視線を外す。


「おそらくそこの暴力魔人が戦いたいと言ったんでしょ?コトさんが試験官なのをいいことに、自分の都合のいいように試験内容まで改竄して」


 返す言葉がないのか二人とも黙っている。


「初めからおかしいと思っていたんです。試験内容がコトさんにしては直線的すぎましたからね」


「いやぁ。実力者が続々と集まるって聞いて、いても立ってもいられなくなってぇ」


 アコールの言葉にモニカが照れながら答える。アコールはため息をついて話を続ける。


「まぁ、確かに四天王たるものそれに見合った実力も必要です」


「でしょ、でしょ!!」


 アコールの言葉にモニカは期待を込めた目を向ける。


「ですが!!!相手を怪我させ、あまつさえその心を折っては意味ないでしょ?貴方も少し加減と言うものを覚えなさい!!」


 前半褒められた事により、照れながら頭をかいたモニカだったが、後半叱られた事によりそのままの体制で固まった。


「まぁまぁ、アコールさんの仰ることも分かりますが。そのお陰で見えてきた物もありますから、一概にダメだったと言うわけではありません」


 見かねたフォルテがフォローを入れる。


「さすがフォルテ様!よく見てらっしゃる、あんな偏屈石頭とは違いますね」


 フォルテの助け舟に急に態度を変えたモニカがアコールを煽る。


「ほぉ、頭の中が空っぽな貴方に言われるとは心外ですなぁ」


 今にも一戦交えそうなアコールとモニカ、コトは部屋の隅で怯え、シンバに至ってはいつの間にか姿を眩ませている。


「二人とも落ち着いて下さい、まだ最終選考は残っていますし一旦これからのことに重きをおきましょう」


「まったく、フォルテ様は甘過ぎます」


 肩をすくめながらも、モニカの功績を少しは認めていたようでアコールも結局は今回の件は不問とした。


「しかし、こうなると試験はどうなっちゃうんですか?」


 停戦を察知し、戻ってきたシンバが誰にともなく質問する。


「とりあえず、現状決勝まで残っているダークエルフとドッペルゲンガー。この二人は次の試験に通過で宜しいかと」


 アコールの言葉に皆が一様に同意する。


「そうね、一回戦で戦ったトラットはまだまだ実力不足だったけど、あのドッペルちゃんは悪くなかったもんね」


 悪びれもなくモニカが口を挟むが、アコールに睨まれてすぐに口をつぐんだ。


「しかし、ダークエルフはともかく、ドッペルゲンガーは怪我を負ってますよ?それで次の試験は受けられるんですか?」


フォルテが不安になって訪ねる。


「大丈夫です。私の試験は面接ですから、口さえ動けば問題ありません」


 ここにきて最大の試験が受験者に訪れたのだった。


◆◆◆


「えっ?私が第二試験通過ですか?」


 医務室のベッドにてカスタムは自分が試験に通過した事を知らされる。どうやら準決勝で戦った相手の不正行為が認められ、その処置としてカスタムの試験通過が決まったそうだ。


「確かに反則的な強さでしたもんね、合格のためならどんな汚い手も使う、私も見習わないとな」


 カスタムに試験結果を伝えた職員は去り、一人となった部屋でカスタムは呟く。

 最終試験は面接と聞き、話くらいなら出来るので、カスタムは車椅子に乗って面接会場へと向かう。

 試験会場となる部屋の前では準決勝で勝ち進んでいたダークエルフがすでに控えていた。


「やっとここまできたわ、ふ、ふふふふふ」


 不気味な笑いを浮かべるダークエルフのチャイム。その異常な光景にカスタムは近寄り難い恐怖を覚える。

 しばらくして、チャイムが先に部屋へと通されカスタムは部屋の前で一人残された。


 試験会場の室内では部屋の真ん中に椅子が置かれ、その前には三人の試験官が座っていた。真ん中には魔王であるフォルテ、その両脇にはアコール・ディオンとシンバが腰掛ける。

 ダークエルフのチャイムは丁寧に挨拶した後に、勧められた中央の椅子へと着席する。


「さて、二次試験までお疲れ様でした。これが最終試験になりますが、知力も体力も必要ありませんから、こちらの質問に正直に答えてください」


 アコールが淡々とチャイムに向けて告げる。


「はーい、わかりましたー」


 アコールの言葉に対して、目線を合わさず気軽に答えるチャイム。その軽さにアコールの眼が鋭く光る。


「と、とりあえず自己紹介から始めましょうか!」


 アコールの機嫌を損ねる前にフォルテが割って入って話を進める。


「私、魔の森から来ましたエルフのチャイムでーす。宜しくお願いしまーす」


 場の空気を察しないのか、チャイムは軽いノリを崩さない。


「で、ではチャイムさんの、志望動機を聞かせていただいて宜しいですか?」


 アコールはグッと堪えて質問を続ける。


「もちろん魔王様をお慕いしてまいりました。もう一目見た時から、この方しかいないと、ずっと狙ってたんですー」


 チャイムの目線はフォルテのみに向けられている。その整った顔立ち、男性ならば誰でも虜になるであろう視線を最初は一身に受けていたが、次第にチャイムの目は虚となりヨダレも垂らしている。

 それを見てフォルテは素直に喜べず、彼の今まで培った防衛本能が危険を察知していた。


「さすがフォルテ様、モテますねぇ」


 シンバは茶化すようにフォルテに話しかける。フォルテは顔を赤くして俯く。


「あぁ、なんて可愛らしいでしょう!」


 フォルテの仕草に身悶えるチャイム。そんなチャイムにアコールは疑惑の目を向けて言う。


「そもそもチャイムさん、あなた男性ですよね?」


「えっ!?」


 アコールの言葉にフォルテが驚いて声を上げる。この場にいるみんなの視線を受けながらもチャイムは愛想笑いを浮かべている。


「あれ?なんでわかったんですか?」


 チャイムは笑いながら答える。


「なんと、危うく騙されるところでしたねフォルテ様」


 シンバはまさに目の色を変えてチャイムを見る。


「騙すだなんてぇ、性別なんてどうでもいいじゃないですかー、あわよくば魔王様の側室にとちょっとは期待はしてましたけどぉ」


 シンバの言葉に、荒びれた感じもなく答えるチャイム。


「な、何を!そんな嘘をついて、虚偽罪で制裁すら有り得るんですよ!?」


 何かを期待していた分シンバの落ち込みも激しかった。


「えー、そんなー。許してくださいよ魔王ぁー」


 シンバの脅しに、チャイムは甘い声でフォルテに告げる。

 フォルテ自身も内に響いていた危険なシグナルの正体を知って納得していた。


「私はただ、可愛らしい男の子を愛でたいだけなのよー。そのせいで里は追い出されるし、もう行くところがないの。人助けだと思って助けて、ね?」


 チャイムはなおもフォルテを誘惑してくる、その姿だけ見れば思わず誘惑されそうになるが、そんな危険な存在をわざわざ近くに置くわけにもいかない。


「騙されてはいけませんよフォルテ様!ダークエルフといえば闇に落ちた不浄なる存在、他人を騙すことなんて日常茶飯事です」


 シンバが声を張り上げる。


「えー、これでも私、れっきとしたエルフなんだけど?」


「いまさらそんな嘘には騙されませんよ!その褐色の肌、どうみてもダークエルフのものです。エルフなら純白の白い肌なはずですから」


「あぁこれ?気合い入れて焼いてきたの」


 チャイムの言葉に息を飲むシンバ。


「ふむ、動機は不純ですが、その実力は高く評価しています」


 静寂を破るようにアコールの意外な言葉が発せられる。


「どうでしょうフォルテ様、いったん仮採用で様子を見ては?」


 チャイム実力はフォルテも評価しているが、性格には不安を覚える。フォルテは、アコールの言葉に絶望を感じていた。


「私がしっかり教育致しますので」


 アコールの一言でフォルテは渋々承諾した。


「...騙す、虚偽罪、制裁?」


 そんなやり取りを聞いていた人物がもう一人。

 部屋の外で聞き耳を立てていたカスタムは、微かに聞こえてくる会話で試験内容を推測していた。


「ずっと狙っていた?まさか、私以外に魔王を狙ってる奴がいたの!?しかも襲撃は見破られたみたい・・・これは警戒されて私の付け入る隙はないわね」


 カスタムは自らの置かれた状況を判断し、音もなくその場から消えた。


「では、次の方ー、あれ?」


 カスタムを呼びにきたシンバは誰もいない控え室で呆然とする。その場には空の車椅子だけが置かれていた。

 こうしてまた一つ、魔族の間でドッペルゲンガーの伝説が語り継がれていくのだった。

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