スパイ勇者 カスタム・ネトー トーナメント戦③
突然のスケルトンの乱入、勝者のいない無効試合と波乱尽くしの試合に会場はざわめいている。
「バラライカさんは、なんでわざわざ正体を隠してまで参加したんですかね?」
フォルテは、会場をせわしなく飛び回る試験管のコトを眺めながらアコール・ディオンに質問する。
「それはきっと、この募集要項のせいでしょうな」
アコールは一枚の紙をフォルテに手渡す。そこには魔王軍四天王候補選考会、参加資格が記載されていた。
フォルテは募集要項にしっかりと目を通していなかったことを自覚し、隅々まで目を通す。
「なお、募集については魔族に限るものとする」
フォルテは要綱を黙読していたが、最後の一文だけは口に出して読み上げた。
「なるほど、それでオークの振りまでして参加したんですね。仮にも一国の姫が、そんなに魔王軍に入りたかったんでしょうか?」
「それはバラライカさんも、ボンゴさんの力になりたかったんでしょう。毎日毎日ボンゴさん死ぬような、いや実際死んでるに近いような目に合わされてますからね」
シンバは本来は冗談にもならないことを、冗談のように言う。この生死を分けた業務も全て、ボンゴだからこそなせる技だ。
リング上では二人の愛を象徴するかの様に、ボンゴは骨なった手でバラライカを抱き上げていた。
「まったくアンタが邪魔しなくても勝てたんだよ。余計な事をして、これであいつと戦えなくなっちまったな」
バラライカはボンゴの頭を叩く。その衝撃でボンゴの頭蓋骨はくるくると回転する。
相変わらず声は出ず、表情も変わらないボンゴであったがなんとなくバツの悪い悲壮感は伝わってきた。
「もしかして、バラライカさん。ボンゴさんのためとかじゃなくて、ただ単に戦いたかっただけなんじゃ?」
フォルテの言葉に、シンバもアコールも何も答えない。フォルテは、もう一人の戦闘狂を思い浮かべ悪い予感を感じていた。
「さぁ、色々ありましたが一回戦残る二人の試合を始めたいと思います!まずは選手の入場でぇす!」
会場の準備が整い、コトのアナウンスに導かれ二人の選手が入場する。
「お、おい。あれリッチじゃねぇか!?」「ヤベェ、目を合わせるな、呪われるぞ!!」
選手の入場口、そこから死と恐怖を撒き散らしマスターリッチが入ってくる。
フードをまぶかに被り暗い闇に覆われた顔はまったく見えない、彼の登場と共に周りの気温が低くなったかの様に会場は冷たい空気に包まれた。
「いつからか皆は彼をこう呼ぶ、森の賢者と。普通の者では辿り着けない深き知と死を抱く者。マスターリッチ、ゴング選手の入場です!」
ゴングがリングの中央まで来て静かに佇む、その出立ちは、すでに勝者の風格を漂わせていた。
「さぁ、そんなゴングに対するのは彼女だぁ!」
コトのアナウンスで会場の皆は入場する人影に目線を向ける。褐色の肌に相対するような白く長い髪、それを掻き分けて飛び出す尖った耳。
「森に潜み自然と共生する、こちらもまた賢者と云われる存在。しかし彼女はその枠からはみ出す逸れもの。ダークエルフのチャイム!!」
小さくはないが、細く痩せた体は軽く突いただけで折れそうなほど華奢であった。だがそんな彼女も予選を突破してここまできた猛者には違いなく、その想像を裏切るであろう実力に皆が注目していた。
「さぁ、両雄出揃いました!前の試合が無効試合だったので、今回勝った方は無条件で決勝進出となります!それでは、始め!!」
コトの合図で両者は初めて目線を交わす。魔眼の類と言われる、死を振りまくマスターリッチの視線を真正面から受けても、ダークエルフのチャイムは意にも介さず立ち尽くしている。
「さすがエルフ、我が魔眼を防ぐか」
初めて口を開くゴング、その言葉にチャイムは口角を上げ笑って答える。
「無駄話は結構です、さっさと終わらせましょう。私は一刻も早くあの方の元へ行きたいのです」
興味が失せたかの様にゴングから視線を外すチャイム、すでに、心ここに在らずと言った感じであった。
「目の前の壁があまりに大きすぎて目に入らんか?悪いがここが終着点だぞ?」
ゴングが両手を上げるとローブの隙間から無数の触手が飛び出す。
「なに?あなたイカの魔物だったの?それなら海の賢者を名乗ったほうがお似合いよ?」
チャイムは鼻で笑いながら、ゴングの触手を軽やかに避ける。
「エルフなど遠くから弓を射るだけの無能な種族よ、大人しく我が触手の餌食となれ」
チャイムが避けた先、足元からゴングの触手が現れる。不意をつかれたチャイムは触手に拘束される。
ゴングの足元から伸びた触手が地面を伝ってリング中に根を張っていたのだ。
「注意散漫だったな、さぁこのまま締め上げてやる」
触手に締め付けられる可憐なエルフ。会場を埋め尽くす男性は思っても見なかった光景に盛り上がる。
「いいぞぉ!もっとやれリッチぃ!」「げへへへぇ、もっとひん剥いて締め上げろぉ!」「さすが賢者様だ!我々が喜ぶことをよくわかってらっしゃるぅ」
すでに男性陣の視線を一点に集めたチャイム、絶体絶命にも関わらずどこが落ち着いていた。
「こうして男性の注目を集めるのも悪くないわね。ただ周りの観衆がブサイクばかりなのは気に入らないわ」
「減らず口を、その口塞いでやるわ」
ゴングの触手がチャイムの口へと滑り込む。それと共に観客のボルテージは最高潮、アコールはフォルテの目を塞ぐ。
「えっと?アコールさん、見えないんですが?」
「フォルテ様には、まだ早すぎますな」
隣のシンバはあまりの刺激にひっくり返っていた。
リング上では優勢を悟ったのか、チャイムを弄ぶゴングの姿があった。体中執拗に触手で打たれ悶えるチャイム、その姿に皆が釘付けであった。
「ははは、この森の賢者と呼ばれるゴング様に当たったのが運の尽きだったな」
チャイムは何か言いたげに唸る。
「命乞いか?いいだろう、素直に負けを認めるなら聞いてやらんこともない」
ゴングはチャイムの口を塞ぐ触手を退ける。チャイムは咳き込みながら、ゆっくりと話し始めた。
「あなた、もしかしてエルフの集落奥にある、魔の森に住むイカかしら?」
「イカではない、誇り高きリッチだ!」
ゴングがチャイムの言葉に訂正を加える。
「長き年月を経て、魔力と知識を得た我が身を愚弄するとは!!若造が頭が高いぞ!」
「やっぱりぃ!イカのリングちゃんね?ほら、私よ覚えてない?」
ゴングは、チャイムの口にした言葉を聞いて固まる。
会場内にもゴングの緊張が伝わったのか先ほどまでの騒ぎはなりを潜め静かに二人を見守る。
「いやぁ、懐かしい何千年ぶり?まさかあの時池に放ったイカがこんなに立派になるなんて!」
「ま、まさか!?あの時、海で食べられそうになった私を助けて頂いたご主人様ですか!?」
ゴングは触手を震わせながらチャイムに語りかける。チャイムは懐かしそうにゴングを見つめ頷いた。
「あぁぁぁ、その節は大変お世話になりましたぁ。新しく用意して頂いた森の泉では敵もなく、余生を大往生致しました。そのおかげで、死してもこうしてリッチへと身をやつして、悠々自適に過ごせておりますです、はい」
ゴングはチャイムの拘束を解き、ヌルヌルの体で抱きつく。チャイムは感触が不快なのか、少し迷惑そうな顔をする。
「命の恩人たるご主人に失礼な仕打ちを!お許しくださいませ」
「いや、いいって。気づかなかったこっちも悪かったんだし」
その後、終始和やかな雰囲気のままゴングは負けを認め笑顔で去っていく。その満足そうな背中に会場中からのブーイングを浴びながら。
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