スパイ勇者 カスタム・ネトー トーナメント戦①
「ドッペルゲンガー、カスタム・ネトーVSエンシェントオーガ、ゴーダ!!」
コトのアナウンスを聞きカスタムは集中していた目を開ける。目の前には自分の三倍はありそうな大きなオーガが立っていた。
「お前が俺の相手か?」
赤い目を血走らせながらゴーダは言う。体も大きいが、手足も太く、それだけで力ではカスタムに勝ち目がないことを物語っていた。
カスタムは黙って頷く、最初こそその体格に驚いたが気持ちは段々と冷静さを取り戻していった。
「さぁ、一回戦第一試合はオーガの中でも希少種といわれ、その大きさも力も体力も、全てが桁外れなエンシェントオーガ!それに対するは、同じく希少とされ滅多に人前には現れないとされるドッペルゲンガー、その実力を知る者もおらず伝説だけが一人歩きしている存在です。なおここからは武器や魔法の使用は解禁となります、どちらかが戦闘不能となるか、負けを認めるか、そしてレフェリーが試合終了を判断したときのみ決着となります」
コトが観客を盛り上げようと対戦相手を紹介する。
「ドッペルゲンガーとは珍しい、目にするのは数百年ぶりですね」
アコールは闘技場に立つ二人を見つめて言う。
「見た目は人間みたいですね、いったいどんな魔族なんですか?」
フォルテは初めて見る種族に興味津々で尋ねる。
「ドッペルゲンガー、それは会った人の姿を映し魂を吸い取ると言われています。恐らく今の姿は魂を吸い取った人間の姿なんでしょう、会った者は例外なく死へと誘われる、まさに死神ともいわれる存在です。前見たときはもっと禍々しい雰囲気でしたがこの個体はそんな印象を受けませんね」
「きっとイメチェンですよ。時代の流れってやつですね」
アコールがわかる範囲で答え、シンバがそれに追随する。それを聞いてフォルテは恐れと興味の目線で二人の試合を見つめた。
「世間では会ったら死を覚悟しろと言われているが、その前に俺が殺してやる!」
ゴーダは強かって答える。手には大きな棍棒を持っているが防具はつけていない、力に絶対の自信がある現れであった。
一方のカスタムはすでにリクルートスーツから着替え、忍び装束へと着替えていた、潜入や暗殺を行う彼女の戦闘服であったが、その黒を基調とした不気味な衣装が希少種とされるドッペルゲンガーの雰囲気を更に際立たせていた。
「安心して下さい、これは試合。殺し合いではないんですから、無闇に魂は奪いません」
カスタムは疑われぬようにドッペルゲンガーっぽく予防線を張る。それを聞いたゴーダは馬鹿にされたと思い怒りの表情を浮かべる。
「おい、さっさと始めろ!このガキをボコボコにしてやる!!」
ゴーダはあたまに血が昇ってコトに指示を出す。コトもムッとしたが、すぐに気持ちを切り替えて開始の合図を告げた。
「えー、おほん。それでは試合、始め!!」
コトの合図とともにカスタムは駆け出す。
もちろん魂を吸い取るなどという馬鹿げたスキルは持ち合わせていないので、奇襲で仕留める事にした。
「ふん、甘いわ!」
背後に回って死角から攻撃を仕掛けようとしていたカスタムに対し、その動きを完全に捉えていたゴーダ。ゴーダは振り返りざまに裏拳を繰り出しカスタムをけん制する。
その太い腕と大きな拳に驚きカスタムは急ぎ距離を取った。
的確に見切って距離をとったカスタムであったが、拳は当たらずともゴーダの剛腕から発生した風圧によりカスタムの軽い体はリングギリギリまで押し出された。
「おいおい、大口叩いた割にはトロい動きしてるなぁ」
ゴーダは自分とカスタムの実力差を確信したからか、余裕を持って話す。カスタムもスピードなら自分が上とゴーだのことを過小評価していた。
(まったく、出来れば実力を隠して這い上がりたかったんですが)
この衆人環視の中で暗殺スキルを使う事にリスクを感じていたカスタム、しかしここで負けて任務が遂行できなければ元も子もない、彼女は舌打ちしながら覚悟を決めた。
「何をブツブツ言ってるんだ!」
いつまでも行動を起こさないカスタムに、痺れを切らしたゴーダが棍棒を掲げて襲いかかる。カスタムはリングの際で静かに動かず唱えていた魔法を解放させた。
小さな旋風を発生させたカスタムは、砂埃を舞い上げゴーダからの視界を塞ぐ。
「ふっ!!小細工を!」
ゴーダは手に持った棍棒を力強く振るい旋風を相殺する。巨大な棍棒に遮られゴーダは一瞬カスタムの姿を見失う、その一瞬で彼女の姿はリングから忽然と消えていた。
「ど、どこだ!?」
周りを見渡すゴーダ、会場においても姿を消したカスタムを探して観客が騒ぎ出す。
「…勝負ありです!!」
そんな状況下で急にコトの声が響いた。皆が一斉にそちらに注目すると、そこにはコトに手首を抑えられたカスタムの姿があった。彼女の握る鋭く尖った小太刀の切っ先は、そっとゴーダの首筋に当てられている。
「い、いつの間に、」
命を刈り取られる寸前まで、カスタムの気配に気付かなかったゴーダは膝を折って負けを認める。
コトが止めなかったらゴーダの命はどうなっていたか、まさに死神のように気配なく繰り出された鎌に会場中は恐怖した。
「さすがコトちゃん。暗殺のスペシャリストだね!みんな気付かなかったドッペルゲンガーの気配をちゃんと見抜いていたんだね」
シンバが興奮しながら話し出す。
「シンバさんにも悟られないとは、彼女素晴らしいですね」
シンバの興奮した様子から、カスタムの実力を改めて認識するアコール。フォルテも実力者揃いのトーナメントを固唾を飲んで見入っている。
こうして第一試合からレベルの高い戦いが繰り広げられた。
控え室に戻ったカスタムは隅で椅子に座り項垂れていた。幼き日から暗殺の訓練を受けてきたカスタム、本来ならば一度標的を定めれば相手の命を刈り取るまで手を止めることはない。
それが今回は阻止された。コトの実力を垣間見てカスタムは愕然とする。
「魔王軍四天王、想像していたよりも困難な道のりかも」
カスタムは1人考えながらしばらく俯いていた。
◆◆◆
盛り上がる会場では、すでに一回戦第二試合の対戦選手が出揃っていた。
「続きましては!クール&ビューティ!ワイルド&セクシー!それでいて惚れ惚れするような圧倒的な強さ、サキュバスのモーニアぁぁぁ。これに対するは、ゴーレムライダーのトラットです」
コトの緩急あるアナウンスが気になりながらも、闘技場で相まみえるにはAグループ予選で圧倒的な強さを誇ったモーニア。
それに対するは丸いボディな無骨な体、フォルテにとっては馴染みのあるゴーレムであった。
「あれって例の勇者が乗ってたゴーレムですよね?」
フォルテの言葉に自信満々に鼻を鳴らしながらシンバが答える。
「はい、最新型の御堕例無マークV。全ての性能において旧バージョンを上回る出来です!特出すべきはその機動性、従来使用していた魔鉄鋼製の足回りを改良し」
「あぁ、性能に関してはまた今度に」
フォルテは鼻息荒く語りだすシンバをなだめ、話を先に進めるように促す。
「それで、搭乗者はもしかして、前に攻めてきた勇者ですか?」
「はい、シビアな調整だったので慣れた方に乗ってもらった方が宜しいかと思いまして。彼も今ではすっかり更生し、モニカさんの部下として頑張っていますよ」
モニカのしごきとなると、もはや更生ではなく調教なのでは思いつつ、フォルテはシンバの言葉を聞き流す。そんな話をしているうちに、試合開始の合図が告げられた。
「Aグループでは圧倒的な強さだったようですが、それもここまでです」
搭乗するゴーレムに絶対の自信があるのかトラットは強気に語りかける。更生(調教)の成果なのか、言葉遣いが若干変わったように思える。
対するはモーニアは、何も語らずに拳を構えた。
「華奢な見た目によらず徒手空拳ですか?もっともその胸ではサキュバスお得意の色仕掛けも通用しないでしょうけどね」
トラットはモーニアの平らな胸を指摘して告げる。根本的なところは変わっていないようであった。
トラットがセリフを言い終わった直後、モーニアの体は霞み、次の瞬間にはトラットの乗るゴーレムのボディにはモーニアの拳が突き刺さっていた。
「お前、まだ教育が足りないみたいだねぇ」
怒りを込めたモーニアの言葉に対し、機能を停止させられたトラットは身動きも言葉を返すことも出来なかった。
「す、すごいです!!モーニア選手、目にも止まらんぶ早業!!一瞬のうちに距離を詰め一撃で試合を終わらせてしまいましたぁ!!これは格好いぃ!素敵すぎますぅ!」
サキュバスの魅了がコトには決まっているのか、興奮して騒ぎ立てるコト。そんな彼女の話もそこそこにモーニアは控え室へと帰っていった。
「あ、ありえない。ありえないですぅ!」
呆気ない試合展開に頭を抱えて騒ぎ出すシンバ。
「落ち着いてくださいシンバさん。これは相手が悪かすぎました、逆に今後の改良点み見えたんじゃありませんか?」
落ち込むシンバにアコールは声をかける。
「そうですよね!やっぱり機動力を確保するために機体の装甲を薄くしたので裏目にでました。ここはやはり」
一人ぶつぶつと考察を重ねるシンバを他所に、圧倒的過ぎるモーニアの力に疑問を持つフォルテであった。
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