スパイ勇者 カスタム・ネトー

『魔王軍新四天王 選考会場はこちら』


 魔王城前の大通り、大々的に掲げられた案内板を見て一人の女性が足を止める。女性は、黒のリクルートスーツに身を包み、髪型はこの日のためなのか短く綺麗に切り揃えられている。

 真新しいメガネもかけ、化粧も好印象を与えるようにとナチュラルに仕上げてきていた。

 この女性カスタム・ネトーは勇者である。彼女の任務は魔王軍に潜入し、隙を見て魔王を暗殺するために送り込まれた刺客であった。


「しかし、ちょうどいいタイミングで士官の募集にありつけるとは。それも魔王に近しい四天王職とは本当についてるわ」


 カスタムは自分のツキの良さに自然と笑みが込み上げる。

 そんな怪しい光景を、通り過ぎる受験生に笑われていた。


「さぁ行こうかな!今のうちに二つ名なんて考えちゃったり。美声のカスタムとか、羨望のカスタムなんて呼ばれちゃったりして」


 彼女は自らの実力に絶対の自信をもっていて、すでに試験に受かった気でおり、足取り軽く城内へと進んで行った。

 

 なぜ今更になって軍の、それも四天王の補充に至ったについては前回の戦い後に遡る。

 ボンゴを欠いた魔王軍は、その穴を埋めるためにいつもは前線に出ないコトやシンバまでが駆り出された。それはひとえに魔王軍の人員不足、それも指揮官の不足によるものであった。


「だからですねー、魔王軍強化のためにも早急に!優秀な!人材を揃える必要があるんです!!」


 いつもの軍議の場でコトが声高らかに宣言する。

 彼女の周りには年配の軍人たちに囲まれて、魔王フォルテとアコール・ディオンの姿もあった。


「し、しかしコトちゃ、えっとコトさん?現状魔王軍も戦力が育っていないので、実力のない者を重職につけても軍が混乱するだけで、」


 進行を受け持つシンバが、コトの睨みを受けつつ意見する。


「えー、そもそもですねぇ!今現在、魔王軍の四天王が三人しかいない事も問題なんです。これじゃ三天王、いや実質活動してるのは二人なんでニ天王じゃないですかぁ!!負担が大きすぎますよぉ」


「ぷはぁ!二天のぉって!?」


 コトの訴えにフォルテは思わず吹き出すが、隣のアコールが睨んできたのですぐに咳払いで誤魔化した。アコールは細い目を鋭く光らせながら、意見を述べる。


「コトさん、確かに四天王のお二人には常々苦労をかけていた事は承知しました。わかりました、ここはコトさんの意向を汲んで軍の枠に捕われず広く人材を募集しましょう」


 こうしてコトによる提案、アコールによる鶴の一声で魔王軍四天王候補生を募る運びとなった。


 そうして迎えてた選考会当日、場内に集まった100名を超す猛者たち。種族はバラバラであったが、皆が顔つきからして強者の風格を滲ませていた。


「なかなかの精鋭が集まったではないですか、やはり衰退したといっても魔族にはまだまだ強者が多く眠っていますね」


 フォルテとアコールは、高い位置から庭園に集まった参加者の顔ぶれを観察していた。


「おぉ、あれは北に住むエンシェントオーガではないですか?それに、森の賢者と謳われたマスターリッチ。あのオークに至っては立派な体格ですね。これはなかなか数人に絞るのも大変そうです」


 アコールは嬉しそうに参加者を見つめる。


「しかしこんなに集まるとは、選考基準は審査員に一任しましたがどうなるんですか?」


 フォルテはアコールに試験の詳細を訪ねる。


「試験官は私とシンバさん、コトさんの三人で行います。それぞれが適した試験を行い合格した者だけが次の試験に臨めるわけです。確か、最初はシンバさんの担当でしたね」


 シンバが試験官と聞いてまさか逃げ足とかを競うんじゃないかとフォルテは心配する。

 フォルテと同じくこれから受付を行う受験生も、知らされていない試験内容に不安を募らせていた。


「おー、あそこ。あれって魔王様じゃねぇか?」「あぁ、隣にいるのは智将と謳われたアコール・ディオン様だ!」


 カスタムはそびえ立つ城を見上げながら、高い位置にいる魔王を見つめる。


「今はまだ遠い、だが必ず試験に受かってお前の首を頂くぞ」


「おい、よそ見してんな、早く進めよ!次お前の番だぞ!」


 一人決意に燃えるカスタムに向け後ろから罵声が飛ぶ。彼女は我に返って急ぎ受付台へと進む。

 受付にはダルそうなゴブリンが座っていた。


「はい次の人ー、ここに名前と種族書いてね」


 カスタムは受付用紙を見てハッとする。意気揚々とここまで来たが、よくよく考えると人間が魔族の軍に入隊など通るわけがない、カスタムは基本的なことが抜けていた。


「あ、えっと、」


「おい聞こえてるか?ここに名前と種族を書くんだよ!」


 後がつかえて騒ぎ立てる中、受け受けのゴブリンがカスタムの顔を覗き込む。


「お、お前もしかして、」


 カスタムは正体がバレたかと思い急いで顔を隠す。


「ドッペルゲンガーだろ!?いやぁ珍しいな、ほんと人間にそっくりだ。自分の殺した人間の姿を奪うって本当なんだな」


「お、おぅ!よくわかったな」


 カスタムはゴブリンが勘違いしてくれていることに漬け込み、相槌を打つ。


「しかしなんでまた、そんなちんちくりんな奴に化けたんだ?俺ならもっと魅力的な女性の姿を奪うがね」


 いやらしい目線をカスタムに向けながらゴブリンは話す。

 カスタムは苦笑いを返しながらも、任務完了の暁にはこのゴブリンを真っ先に殺すことを心に誓った。


 その後カスタムは、自身の名前と種族欄にドッペルゲンガーと書き込み受付を済ませ、番号札と厚手の書類を受け取り城内へと進んで行く。

 城内に入ると受験生は机と椅子が並べられた広々としたホール集められた、何が始まるのかと騒ぎ立てる受験者の前には一人の獣人が立っていた。

 大きな耳をした犬の獣人シンバは、咳ばらいをして話を始める。


「えー、お静かに。まず皆さんには簡単なテストを受けて頂きます。受付にてお配りした用紙がそれです、なお試験時間は60分、そしてこの試験は周りと相談しても構いません。では、初めて下さい」


 一瞬の静寂の後に騒ぎ出す室内、試験の意図がわからずカスタムも周りを警戒したが、とりあえず問題用紙を開くことにした。


「見通しの良い荒野での決戦時、勇者軍1万に対して魔王軍は3千の兵しかいない。この時に取るべき最善の陣形を答えよ?」


 その他にも地図に描かれた二点において最適な輸送経路を示せ等、軍師としての知識を問う問題が多かった。


「さすが将来の四天王を見据えた試験、力だけではダメということか」


 幼少期より英才教育を受けてきたカスタムにとっては常識問題ばかりだったので、さほど苦も無く問題を解いていく。


「おい、これわかるか?」「なぁ、痛い目見たくなきゃお前の回答見せろ!」


 試験管はシンバ一人、誰にも監視されていないと思い込んだ受験者たちは答えを無理やり聞き出す者、脅して回答を見る者など様々な人がいた。

 シンバはというと、高い壇上で椅子に腰かけながら必死に手を動かしている。


「あー、129番脅しはダメだよ、はい失格。89番もその程度で屈してたら軍で持たないよ、失格っと。501番も自信満々に教えてるけど、そもそも回答間違ってるからね」


 シンバは自慢の耳で受験生たちの会話をキャッチし次々に選別していく。


「シンバさん凄いですね」


「はい、受験者を油断させておいて、その言動を観察し選別していく。彼にしか出来ない審査方法ですね」


 フォルテとアコールはシンバの様子を見ながら感嘆の声を上げる。

 その後もシンバは次々に不適格者を探していった。


「なに?この最終問題!?」


 問題も大詰めを迎えた頃、カスタムは最終問題に悩んでいた。


「魔王軍に加わるにあたりその意気込みを記入せよ?ここにきてアピールポイントでも書けばいいのかしら?」


 周りの参加者も戸惑っている様子で口々に相談している。


「いいんだよこんなのは、とりあえず命を賭けますとか書いとけば」


 誠意のない言葉にシンバの耳は反応する。その後も上辺だけの受験者を容赦なく落とし試験は終わりを迎えた。

 その後、試験自体の合格点に満たなかった受験者もふるいにかけると、残ったのは50人にも満たない人数であった。


「何とか一次試験は突破したけど、ずいぶん落とされたのね。そんなに難しい試験じゃなかったのにな」


 カスタムはすっかり減った受験生を見渡して不思議そうに呟く。


「さぁ、次の試験行くわよ!!」


 安堵と不安を抱える受験者たちに向け、元気のよい声が響き、それとと共に可愛らしい猿の獣人の女の子が現れた。

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