自由な勇者 ファゴット/ルート/バズ/クラリス

「きゃーーーー!!!!」


 朝の日差しが心地よく、素晴らしい1日の始まりを演出している城内。そんな時間に響き渡る可憐な乙女の黄色い悲鳴。その悲鳴を聞きつけて警備の兵たちが一斉に集まる。

 たまたまその場に居合わせた城主である魔王フォルテも、騒ぎに引き寄せられ足が自然と声のする方へと向かう。


「ちょっと!!なんでここにスケルトンがいるのよぉ!?」


「警備兵どうなってるの!?」


「浄化よ!浄化してぇ!!」


「お骨は消毒だぁ!!」


 口々に騒ぐ女性職員、その輪の中心には大きなスケルトンが骨を鳴らして立っていた。

 多くの魔族や魔物が勤める魔王城であったが、出入りを制限された者も少なからずいる。

 腐敗の進んだゾンビや、体の大きなドラゴン、そして死の恐怖をまき散らすスケルトンもその一つであった。

 その闇を潜ませた漆黒の瞳を覗いたものは等しく恐怖を覚え、鼓膜も声帯がないので意思疎通も通じない。彼らを管理するネクロマンサーが居ない野良スケルトンは、城内への侵入をお断りしていた。

 フォルテは騒ぎ立てる職員の間を掻き分け、そのスケルトンに近づく。近くで見ると大きさはひとしおであった。


「えっと、もしかして、ボンゴさんですかね?」


 フォルテの声にスケルトンはその恐怖の眼を向け、カクカクと首を振って答える。今のボンゴの姿は、先日の戦いの報告を受け、想定したパターンの一つだったのでフォルテにそこまでの驚きはなかった。

 周りから浴びせられる恐怖の目線を感じ、何とか愛嬌を振りまこうとボンゴは不気味な踊りを披露する。しかしその行動が、逆に周囲に恐れと不安を伝播させた。


「どうしましょう、呼び出したスケルトンではないのでネクロマンサーもいないし、このままだと会話もできません」


 フォルテが頭を悩ませていると、背後から人混みを掻き分けてアコール=ディオンが現れる。


「いったい何の騒ぎですか!?ほぉ、これは、これは立派なスケルトンですね」


「あ、アコールさん。こちらボンゴさんなんです」


 スケルトンを見上げるアコールに事情を説明するフォルテ。


「なるほど、状況は分かりました。それにしても、こんな姿になりながらも職場に出勤するとは、なんとも労働意欲溢れる立派な方だ」


 フォルテは一瞬、こんな状況でも出勤を強要するブラック企業なのではなのかと自らの職場を心配する。


「しかし、そのお姿では色々と不便でしょう。ボンゴさん、こんな時は気にせず休まれていいんですよ?」


 アコールの言葉にボンゴはカタカタと骨を鳴らす。


「そうでした、声帯がないんでしたね。これでどうです?」


 フォルテもボンゴの意味するところが分からず戸惑っていると、アコールが魔法を発動する。

 緑の光がボンゴの首に巻きつくと、そこに仮の声帯を形成する。


「あー、あー、おお!話せる」


「そのままでは何かと不便でしょう、とりあえず数時間はこれで話せるはずです」


 ボンゴは話せることに喜んで、また奇怪な踊りを始める。その光景を見た周りの職員が死霊に誘発され次々に倒れていく。


「落ち着いて下さい、ボンゴさん!!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図を引き起こしながらも、ボンゴ本人は気づかず踊り続ける。

 何とか制止しようと今度はアコールが止めに入る。


「あっ、すいません。嬉しくて、つい」


「いえ、それで何用でこちらへ?」


「実は有給申請の用紙に判を頂きたくて、」


 ボンゴは持参した申請用紙を取り出して答える。

 アコールは申請書を受け取り中身を確認してため息をつく。


「なるほど、わかりました。これは、私が処理しておきますので、ボンゴさんは休まれて結構ですよ。それにしても、まだまだ改革すべきことは多いですね、フォルテ様」


 アコールに振られ、フォルテは一向に進まぬIT化を悩ましく思った。


「しかし、困りましたね」


 身も心も軽い足取りで去るボンゴの背骨を見つめて、アコールは考え込む。


「いったいどうしましたアコールさん?」


 フォルテは隣に立つアコールに話しかける。


「いえ、急なお休みですから、未だボンゴさんの代わりが手配出来ていないもので。もしここでタイミング悪くまた勇者が来れば、魔王様の部屋までノンストップと思いましてね」


「えぇぇ!?代わりの人の手配はどのくらい時間かかりますか?」


「んー、2時間もあれば可能かと。まぁ、そんな都合よく勇者も来ますまい。取り越し苦労ですな」


 不気味に笑うアコールの隣で、フォルテは悪い予感しかしなかった。


『緊急、緊急、勇者の襲来です。客員は直ちに指定の持ち場についてください。繰り返します、』


 まるで狙ったかのようなタイミングに頭を抱えてうずくまるフォルテ。


「これは困りましたね」


 警報を聞いて周りがバタバタと動き出す中、アコールは固まったまま考え込んだ。


「アコールさん、このままだと勇者が来ちゃいますよ!?」


 フォルテは願うような気持ちでアコールを見つめる。アコールは、そんなフォルテを見て静かに答える。


「シンバさん?城内で今動ける指揮官は誰がいますか?」


 アコールはフォルテにしか聞き取れないような声量で、この場にいないシンバに話しかける。


「はい!?えーっと、そうなるとコトちゃんだけですかね」


 まるで風のようにその場に現れたシンバがアコールに答える。どうやらいち早く、逃げる準備をしていたらしく、シンバは大きな荷物を抱えていた。


「それでは、最終防衛ラインはコトさんにお任せましょうか」


 アコールは淡々と指示を続ける。


「そんなアコール様!?彼女の本分は偵察、密偵、暗殺ですよ?真正面から勇者と戦うなんて無謀すぎます」


 シンバがコトを心配してアコールに抗議する。 


「それでしたらシンバさん?あなたが一緒に戦てコトさんを守ってあげては?」


 アコールはシンバの隠し持つ力を察知して意地悪そうに告げる。シンバは全て見透かされたことを察し、恐怖で黙っている。


「それでは、お二人でよろしくお願いしますね」


 アコールは満足そうに告げた。


「シンバさん、絶対に無理はしないで下さい。でも、なるべく頑張ってくださいと、コトさんにもそう伝えて下さい!!」


 フォルテはいつもと違い、楽観視出来ない戦いを憂いていた。


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