試練の勇者 ピノア

 鳥たちが歌うようにさえずる高原、そこは風が心地よく吹き抜け、下界のむさくるしい暑さを感じさせない。日差しも木々に遮られ、まさにハイキング日和であった。


「のどかですねー」


 先頭に立って軽快に進むモニカが、前を見据えながら声を上げる。


「はぁ、はぁ、も、モニカさん少し休憩を」


 モニカの後ろには杖に寄りかかって、今にも倒れそうなフォルテが弱音を吐いている。


「またですかー?さっき休んだばかりじゃないですか」


「そ、そう言われましても、すでに体力の限界で。脇腹がものすごく痛いんです」


「だから水分補給はほどほどにって言ったんですよ。それなのに喉が渇いたってがぶ飲みしちゃうから」


 青白い顔をしながら必死に訴えるフォルテにモニカは笑いながら答える。

 しかし、さすがに見るに見かねたのか、フォルテの提案を受け入れ二人は切り株に腰かけた。


「はぁ、山頂はまだまだですかね?」


 フォルテは先の見えない上り坂を見上げてため息をつく。


「前来たときは山頂なんてあっという間だったんですけどね」


 未だ体力の有り余るモニカは適当に応える。


「あっという間って、もっと明確な距離とか時間を」


「確か麓から飛んで行ったんで10分もかからなかったような」


「そんなの当てになりませんよー」


 フォルテは話すも辛くなって来たのか、ツッコミもいまいち迫力がなくなる。


「だって、フォルテ様がすぐ行こうって言うから飛竜の手配も出来なかったんじゃないですか?」


「それは、モニカさんがたいしたことないって言うから。まさか、徒歩だとこれほどキツイと先に言って貰えれば手配出来るまで待ちましたのに」


 フォルテは未だ頂きの見えない路を見上げていた。二人は今、ドラゴンの住まうとされる霊峰グンデルに挑んでいる。

 事の由来は数日前、フォルテの下に吉報が届けられたことによる。部下のボンゴとバンジョー国第三王女のバラライカが結婚するとの知らせであった。

 前々からそんな予感を漂わせていたが、魔族と人間の王女、種族も身分も違う二人なのでそれ以上の進展はないだろうとフォルテは考えていた。

 しかし、時代の流れかバンジョー国との和平は進み次第に両国は進行を深めていった。フォルテも何度か国王と面会したこともあり、とても感じの良い国王で信頼を寄せていた。

 その甲斐あってか、二人の間にあった数々の障害も今は消え、晴れて婚姻の運びとなったのだ。


「ボンゴさんも急に言うんだもんな、皆みたいに前もって知らせてくれたらお祝いの品も用意できたのに」


「ちゃんとした話も進まぬ内に、上司に報告は出来たなったみたいですよ、見かけによらず几帳面なんですね」


 モニカはボンゴの気持ちを代弁する。ボンゴもれっきとした軍人、上下関係には意外に厳しいのだろう。

 そういった訳で二人はボンゴのお祝いの品を手に入れる為、こうして険しい山を登っていたのだ。

 休んでばかりいては先には進まないので、フォルテは重い腰を上げ、足を引きずって頂上へと向かう。


「こんにちわー、いいお天気ですね」


 モニカは相変わらず元気で、他の登山客と楽しそうに挨拶を交わしている。


「ど、どうも」


「ほら若いんだから頑張って、そんな事じゃ彼女さんに笑われますよ」


 少し白髪の混じった年配の女性から声援を貰うフォルテ、心の中で人間のあなたより年上でですと返しながら苦笑いだけ返す。


「それにしても皆さん元気ですね」


「ほんとに、こんな急な坂をものともしていませんね」


 フォルテとモニカは、道を譲った老人がスイスイ昇って行くのを見て感嘆の声を上げる。


「あ、でもあそこ!フォルテ様と同じで若いのにバテてる若者がいますよ」


 モニカの言葉に反応して先を見つめるフォルテ、そこには岩に腰かけて俯いている青年が目に入った。

 傍らにはタオルで必死に男性を仰ぐ女性の姿もあり、フォルテはかなり親近感を覚えた。


「こんにちは、大丈夫ですか?」


 モニカが心配になって声をかける。


「ごきげんよう、ご心配ありがとうござます。少し休めば、回復しますので大丈夫ですわ。こう見えて体力だけは取り柄ですので」


 余程疲れてるのか離せない男性に代わって女性が応答する。場所に似つかわしくない上品な物腰の女性であった

 モニカから遅れること数秒、ヨレヨレのフォルテも男性たちのもとに追いついた。


「はぁはぁ、だ、大丈夫ですか?」


「それより、あなたの方こそ大丈夫ですの?」


 男性を心配して声をかけフォルテだったが、逆に付き添いの女性に心配されてしまう。


「少し開けていますし、フォルテ様も休まれますか?」


「あ、あ、フォルテさん?」


 フォルテの名前に反応したのか項垂れていた男性が顔を上げる。青白い顔をして気分が悪そうだったが、その顔には見覚えがあった。


「えっ!?ピノアくん!?」


 フォルテたちは三度、勇者と遭遇したのだった。

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