最速勇者 クラベス その3

「えっ!?誰!?」


 突然背後から声がし、慌てて振り向くフォルテ。そこには勇者と思われる男が二人、こちらを向いていた。

 一人の男の手から丸い物体が投げられる、フォルテはすでに避けることは無理と判断し両手で自らの顔を覆う。


「ははは、防御したところでもう遅い。最低戦闘回数でここまで来た私と、魔王のお前ではレベル差は相当なもの!そうなるとこのアイテムによるダメージも計り知れないだろう!?」


 重圧玉が割れそこから緑の閃光がフォルテに向けて吐き出される。フォルテの悶え苦しむ姿を想像しながら、クラベスは勝ち誇ったように拳を握りしめる。

 フォルテはあまりの眩しさに目がくらみ、足を滑らせて台座から転げ落ちた。


「やったのか!?」


 クラベスはあっけない幕引きに呆然として、いつの間にか倒れていたフォルテを見下ろす。


「1:18:42、クラベス様、魔王討伐のタイムレコード更新です!!」


 メトロノームが懐中時計を確認しクラベスに告げる。


「やった!?やったぞ!!この勇者クラベスが最速で魔王を打ち倒した!!」


 クラベスは飛び跳ねて喜びを体で表す、そのあまりのけたたましさに気絶していたフォルテも目を覚ます。


「いたたた、いったい何なんですか!?」


「しまった!?まさか第二形態があるのか!?」


 クラベスは突然復活したフォルテに驚く。


「おかしいですね?そんな情報はどこにもないんですが?とりあえずタイムは継続いたします」


 フォルテの復活に不思議そうに資料を見るメトロノーム。


「こんな時のためにもう一つ重圧玉を持ってきておいたんだ!さぁ魔王、大人しく倒されろ」


 クラベスは、至近距離で重圧玉をフォルテに向かって投げる。またもや眩しい輝きがフォルテを包む。


「もう!なんなのコレ?凄く眩しいんだけど!?」


 フォルテは光を放つ重圧玉を片手で叩き落とす。ダメージをまったく受けつけないフォルテにクラベスは驚愕する。


「え?なんで?」


 フォルテの反応に驚くクラベス。


「クラベス様、残り20分です」


 そんなクラベスに残り時間を告げるメトロノーム。


「わ、わかったぞ!?ただ強がっているだけなんだろ?ほんとは立ってるのも辛いはずだ!!」


 クラベスはヒノキの棒を取り出してフォルテに殴りかかる。


「ちょっと、痛い、痛いって」


 フォルテは必死になって頭を守る。その上から必要に棒で殴りつけるクラベス。


「もう、やめてって!!」


 フォルテも反撃の為に掌から魔法の炎を呼び出す。火の粉とも呼べるレベルの炎は、小さな火花を散らしながらクラベスに襲い掛かる。


「あちっ、あっつい」


 火の粉が服や肌にかかり、必死に払い落すクラベス。手に持ったヒノキの棒にも火の粉は燃え移り、あっという間に棒を炭へとかえる。


「このぉ、武器がなくても素手でやってやる」


 ここまで最速、最短距離で来たクラベスはレベルもやっと二桁に届くかといったところ、それでもその腕力は成人男性にもやや劣るほど。一方フォルテも魔王とは名ばかりのゴブリン並みのステータス。

 双方の殴り合いは子供の喧嘩のように微笑まし光景となった。


「はぁはぁ、早く倒れろ魔王」


「ぜぇぜぇ、もう諦めてよ」


 二人はすでに疲労で立っているのも辛そうであった。


「あークラベス様。タイムオーバーです。すでにレコード記録は超過致しました」


 そんな二人にメトロノームが時間を告げる。その言葉にクラベスは拳を下ろして、肩を落とす。


「ちくしょう!もう少しだったのに」


 すでに夢破れたクラベスはそのまま扉へ向かい足取りも重く帰っていく。

 何が起こったのかわからずに茫然とするフォルテに、称賛の声が浴び去られる。


「フォルテ様!やりましたね!!」


 クラベスと入れ替わりで興奮しながらシンバが部屋へと入ってきて、フォルテを褒めたたえる。


「まさか、お一人で勇者を退けるとは。感服致しました」


シンバは尻尾を振りながら輝く目でフォルテを見ていた。


「えっ?あれ勇者っだったの?」


「そうですよ!わたくしフォルテ様の激戦を草葉の陰から応援しておりましたが、それはもう立派に戦われて」


「僕もやるときはやるんですよ!」


「これだけの大活躍ですから、きっとモニカさんも見直してくれますよ」


「そ、そうかなぁ」


 フォルテは手ごたえを全く感じない戦いに虚しさを覚えながらも、モニカに褒めてもらえる夢を見ながら一人優越感を感じていた。

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