最速勇者 クラベス その2
男が一歩城内へと足を踏み入れると、どこから察知したのか警報が響き渡る。
「さすが魔王の本拠地、ここからは身を隠すのも難しいか」
警報により城内が慌ただしくなる中、男は城壁の茂みに身を潜ませる。そうやって、魔族の目を欺く男にもう一人の男性が声をかける。
「ここまでのタイムは1:03:20。ベストタイムを大幅に更新しています!勇者クラベス様、記録更新も目じゃないですよ」
タキシードを着こみ懐中時計を見つめる男性が勇者クラベスに話しかける。
「まだ、気は抜けませんよメトロノームさん。これからが本番ですので」
クラベスはしきりに時間を気にするメトロノームに告げる。メトロノームは懐中時計を胸ポケットに仕舞いながら黙って頷いた。
「メトロノームさん、戦闘は避けて魔王の所まで急ぎます!」
クラベスが静かに告げると、僅かに開いている窓を目掛け静かに庭園を駆け抜ける。そして、窓から城内へと侵入した。
城内ではすでに魔王軍の衛兵が慌ただしく動いていた。
「まだ、勇者は見つからないのか!?何やっている、城の中も外も徹底的に探せ!」
一際大きな魔族の男が声を張り上げて指示を出している。体と同じくらい大きな戦斧を掲げ部下のゴブリンやオークに支持を出し、彼らを城の各所へと送り出している。
クラベスはその様子を天井近くの梁から除き、見つからないように静かに這って進む。
「魔王城という割には警備が手薄ですね?何かの罠でしょうか?」
メトロノームが明らかに少ない警備体制を気にして言う。
「罠にしろ引っかからなければ問題ない。今はその警備の穴をついて魔王の元へ早く行けるんだ、有難く思っておこう」
クラベスは焦りと緊張感から顔は高揚し、うっすらと汗を浮かべていた。
「それにしても、あの大きなトロールは魔王軍の将軍でしょうか?普通に戦ったら、なかなか手強そうですね」
慎重に進むクラベスの後ろに続くメトロノームが、必死に声を張り上げるボンゴを見て言う。
「そうだね。どちらにしろ今のレベルでは戦っても時間かかるだけだ、無視無視」
クラベスは四天王のボンゴを上から見下ろしながら告げる。自分とはレベルが違いすぎるボンゴの迫力に内心肝を冷やしていた。
そうして警備の目を掻い潜り、クラベスとメトロノームは一度の戦闘をすることもなく、大きな扉の前に辿り着いた。そこは魔王城においても並ぶ事なき大きな扉。その先はは勇者たちの目指す場所、魔王のいる広間であった。
「なんとかここまで来れました。あとはあの扉の奥にいる魔王を倒すのみです。このままいけば低レベル、最速クリア目前だ」
「えぇ、素晴らしいです、クラベスさん。タイムレコードまで30分。十分時間はありますよ」
クラベスはただ魔王を倒すだけでなく、どれだけ早く倒せるかに重点を置いていた。その最後の障壁として扉の前には見張りの兵士が二人居座っている。
ここまで修練を続けてきた勇者ならば、取るに足らない相手であろうが、ここまで最短距離、最短戦闘回数で駆け抜けてきたクラベスにとっては厄介な相手であった。
「なんとか気を逸らさないと」
クラベスは柱に身を隠しながら周囲を伺う。そこで魔王へと通ずる扉の隣に、ひと際小さな扉があるとこに気づく。
「あれは?いったい」
不審な扉に気を取られていると、ちょうど後ろから警備の兵がやって来る。前後を挟まれたクラベスはやむに止まれずその小さな扉の中へと体を滑り込ませ、メトロノームもその後に続いた。
「いったいここは?」
部屋に入るなり罠がないかと周囲を確認するクラベス。しかし、その部屋には真ん中にソファが置かれ、窓際には大きなデスク。そしてデスクの上には飲みかけのコーヒーが置かれていた。
周囲に魔族の気配がないか慎重に探るが、どうやらこの部屋にはいないらしい。
「魔族たちの休憩室でしょうか?それにしてもさっきまで人がいた気配がありますね」
部屋の様子を観察してメトロノームが答える。
「えぇ、唯一の出口はずっと見張っていたのに、いったいこの部屋にいた魔族はどこへ行ったんでしょうか?」
クラベスは独り言のように呟く。メトロノームがその言葉に肩をすくめて返答する。
「クラベス様、時間も迫っております。早く魔王のところへ行きませんと」
メトロノームが再三時間を告げる。こうしてる間にも時間は刻一刻と過ぎている。
「分かっています。しかし、今外に出ても敵に見つかるだけですし」
クラベスは周囲を確認するため、デスクの奥へと歩を進める。そこには扉を閉め忘れた隠し通路がポッカリと口を開けていた。
「これは?もしかして、隠し通路?」
「なるほど、ここにいた魔族はここから別の部屋に向かったんですね」
メトロノームが納得したように隠し通路を覗き込む。
何処へ続くのかわからない通路であったが、何か直感めいたものを信じてクラベスは隠し通路の扉を潜った。
「まだ勇者は見つからないんですか?城内に侵入したのは間違いないんですよね?もしかして誤報ですか?警報の故障ですか?それなら帰っていいですか!?」
通路を進み出口の扉が見え始めると、クラベスの耳に必死に何かを叫ぶ声が聞こえてくる。声質は割と若い声でどうやら部下から報告を受けているようだ。
「まったく、シンバさんも相変わらずいつの間にかいないし、今日はモニカさんもいないんだから出来ればここに来るまでに片付けて欲しいんだけど」
クラベスは扉をそっと開けると、そこには扉を背にして座る若い魔族の姿が見えた。メトロノームに振り返って確認すると彼は黙って頷いた。
どうやら彼が魔王で間違いないようだ。
「こちらに気づいていない、悪いが一撃で終わらせてもらう」
クラベスは懐からボールのようなアイテムを取り出す。これが最速クリアを目指すクラベスの隠し玉、通称『重圧玉』。特別な鉱石を素材としたアイテムで、相手と自分のレベル差が大きければ大きいほど相手に大ダメージを与える仕組みになっている。
低レベル、最速クリアを目指すクラベスに対しては、まさにうってつけのアイテムであった。
「くらえ魔王!!」
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