時の勇者 リュート その2

 夜も更けた時、会はお開きの運びとなった。

 今だぐったりする子供のボンゴをバラライカが抱え、城下町に住むシンバとコトは二人で同じ方向に帰って行く。

 世間では犬猿の仲というが、シンバとコトに至ってはそんなこともなく仲良く並んで帰っていった。


「僕らも帰りますよモニカさん」


「えー、もう一件行きましょうよー」


「いくら明日が休みだからって、飲みすぎは体に毒ですよ」


 すっかり千鳥足のモニカを抱えフォルテは城へと帰っていく。


「うーん、フォルテ様すません。真っ直ぐ歩けますからー」


 迷惑かけまいと自分で歩こうとするモニカだったが、フォルテが手を離すとあらぬ方向に行き人や物にぶつかっていた。


「もう、大丈夫ですから、ほら肩につかまって下さい」


 フォルテはそんなモニカを支えて歩く。心なしかフォルテの表情は嬉しそうであった。


「いつも、いつもありがとうございます」


 モニカは嬉しそうにフォルテにもたれ掛かり二人は歩いて行った。


「僕の方こそ、いつもいつも頼りない魔王で申し訳ありません」


 フォルテは普段言えない気持ちを正直に話す。


「何言ってるんですか、フォルテ様にはフォルテ様の良さがあるんです。完璧すぎたら私がお側に居れなくなるじゃないですか」


 まじまじと見つめるモニカの視線をフォルテは見つめ返すことが出来なかった。


「そ、そんな事気にしないで下さい。モニカさんはそこに居てくれるだけでいいんです!あぁ、なんだか今日はお互い悪酔いしたみたいです!」


 フォルテは緊張のあまり空に向けて叫ぶ。周りの通行人がクスクスと笑っていた。


「ふふ、ありがとうございます」


 モニカは笑って答えた。いつもは気丈に振舞うモニカの意外な一面を目にし、妙に落ち着かないフォルテであった。


「さ、さぁもうすぐ城に着きますよ」


 フォルテは気を紛らわして前を向く、魔王城はもう目の前で城門もその視界に収めていた。モニカはすでにスヤスヤ寝息を立てている。

 なんとか城門まで担いでいくと、そこでは前で一人の男が騒いでいた。


「おーい!開けろ!!なんだよ、誰も居ないのかよ!?」


 夜中にもかかわらず騒ぎ立てる男性にフォルテは注意を促す。


「ちょっと、どうしましたか?こんな夜中に来城てもみんな寝てますよ」


 フォルテは酔っぱらいの類だろうと思って適当に追い払おうとした。

 男はフォルテと、抱えられたモニカを見て憎らしげに睨みつける。


「なんだお前は?お前こそ、子供がこんな時間まで色気付いてるんじゃねぇ、さっさとどっかいけ!」


 あまりに横柄な態度にフォルテはムッとする。


「失礼、こちらが私の宿舎なもので」


 フォルテは相手にしない事に決め、男の脇をすり抜けて城門のセキュリティロックを外す。


「お、おい?お前ここの使用人か?なら、俺も中に入れてくれよ。なぁ、頼むよ」


 男は城内に入ろうとするフォルテを呼び止めて懇願する。

 フォルテはその態度に苛立ちながら男に返答する。


「今日はもう遅いですからお帰りください。開門時間は朝9時からですので、また改めてお越し下さいませ」


 フォルテはそのまま背を向けて去ろうとするが、その腕を男が掴む。


「待てって言ってんだ、人がこんなに頼み込んでるんだ少しくらい聞いてくれてもいいだろ?」


 横柄な態度に転じた男に恐れを感じ、急いで腕を振り払おうとするフォルテ。


「どうせ魔王を倒すついでだ、使用人の一人や二人巻き込んでもこっちは構わないんだよ!?」


「魔王を倒すって!?」


 フォルテは男が発した言葉に一瞬にして酔いが覚め、血の気が引いていく。


「あぁ、俺は勇者リュート。魔王を討に来たんだ」


 思いもよらぬ勇者との遭遇に、フォルテは焦りの色を滲ませる。この時間では城内にほとんど人はいない。

 まさかこんな深夜に討ち入りに来る非常識な奴がいるとは思ってもいなかった。


「あぁ、勇者だぁ!?ごちゃごちゃうるせぇ!」


 リュートの怒鳴り声に目を覚ましたモニカが、その鬱憤をリュートにぶつける。

 酔っ払ったモニカの手加減ない拳がリュートに当たり、彼は地面を何度か転がって吹っ飛ぶ。慌てて駆け寄ったフォルテであったが、とりあえず息はあるみたいなので、ここは放っておく事にした。


「まったく、こんな時間にごちゃごちゃと、近所の迷惑も考えて下さい。むにゃむにゃ」


「すでにモニカさんの功績で、評判は落ちに落ちてますから気になさらずに」


 モニカ本人は自分が何をしたのか理解しておらず、フラフラとした足取りで城の中へ入って行く。フォルテもそれを追いかけて城の中へと消えていった。

 モニカを部屋まで送る途中、突然青い顔をして口を押さえる。


「うっ、気持ち悪いです」


「わわっ、ちょっと待ってください!」


 フォルテは慌てて近くだった自分の部屋へとモニカを運ぶ、彼女をベッドに寝かせ自分は急いで水を持ちに行く。


「どうぞモニカさん」


 フォルテはモニカに水を差し出す。


「ありがとうございます」


 モニカは水を飲んで落ち着いたようでそのままベッドに横になった。そのままスヤスヤと寝息を立てるモニカ、その様子を傍で見つめるフォルテ。二人だけの空間でフォルテはモニカとの距離を近づけていく。お互いの吐息すら触れ合える距離、そのもどかしい一線でフォルテは少し躊躇する。


「おぅ!!魔王、ここか!?」


 突然空いた扉に、飛び込んでくる不躾な声。フォルテはハッとなってモニカから離れ、飛び出しそうになる心臓を抑える。


「あ!?またお前か?ちょうどいい、ちょっと魔王のとこまで案内しろ!」


「またあなたは、どうやってここに?」


 フォルテは怒りを込めてリュートを見る。毎度毎度邪魔される勇者という存在に、初めて強い殺意を抱いていた。


「あぁ、さっきお前が打ち込んだセキュリティコード、盗み見てたんだ。これでも盗賊の資格まで制覇してるんだぜ、すげぇだろ?」


 品のないその態度と声は確かに賊に相応しかった。


「さっきも言いましたが今何時だと思ってるんですか?明日仕事の人もいるんですよ!?」


 フォルテが社会人らしいもっともな意見を交わす。


「仕事?そんなもん俺には関係ないね、俺は自由で時間に縛られない」


「はぁ、そうですか、無職の方でしたか」


「無職じゃねぇ、勇者だ!」


 勇者という職が仕事といえるのか考えるフォルテ。


「それなら、大人しくお家の中でも警備でもしてて下さいよ」


「てめぇ、喧嘩売ってるのか?」


「悪いですが、魔王は朝9時から午後5時まで!勇者は1日1時間まで!!社会人の常識です!!」


 フォルテは怒りに任せて声を張る、その勢いにリュートはたじろぐ。


「な、何言ってやがる、」


「大人なんですから!社会のルールくらいは守って下さい!!」


 見た目的には圧倒的子供のフォルテに社会常識をたたき込まれる勇者リュート。普段怒られ慣れていない勇者は、フォルテの迫力に言い返すことは出来なかった。


「りゅーちゃん!!」


 そんな怯えるリュートに後ろから声がかかる。


「もう、せっかく部屋から出て働いてくれるのかと思ったら。こんなところで人様に迷惑かけて!」


「か、母ちゃん。俺は選ばれた勇者なんだよ、だからこうして魔王を倒しに」


「馬鹿言ってんじゃないの!!いい歳していつまでも夢見て、隣の家のまー君を見てごらん立派に王宮で働いてて、もうお母さん悲しいわ」


 いきなり現れた年配の女性は、どうやらリュートの母親らしい。確かにこんな息子では親も苦労しそうだ。


「ほら、帰るわよ!お父さんもカンカンよ」


「えっ!?親父帰ってきたの?」


 リュートは母親に連れられて魔王城を後にする。賑やかな来訪者はこうして去っていった。


「んーむにゃむにゃ」


「モニカさん、こんな騒がしい中でも起きないなんて」


 すっかり熟睡するモニカに、これ以上抜け駆けすることも出来ず、フォルテは占領されたベッドを見つめ今夜の寝床を模索するのだった。

 そして、恐怖心を植え込まれたフォルテはそれからしばらく不眠の日々が続いていた。

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