憂鬱な勇者 サンシン

 魔王城のお膝下、城を中心として栄える城下町はいつもたくさんの人で賑わていた。魔族の商人はもちろんのこと、交易は広く開放されているので人間の姿もちらほら見て取れる。

 そんな賑やかな大通りをフォルテとモニカは歩いていた。


「いつ来ても賑やかですね、あっ、あっちに美味しそうな屋台が出来てますよ!?」


 モニカはあちこちにある誘惑に惑わされながら楽し気に歩いている。


「も、モニカさん!?あっちの人間、こっちのこと睨んでませんか!?も、もしかして勇者かも!?」


「何言ってるんですかフォルテ様?あの格好、どう見ても売り子じゃないですか。フォルテ様をカモとして狙ってるんですね」


「わぁ!あっちは武器を構えてる!?衛兵は何してるんですか!!?」


「フォルテ様、あれはお魚を捌く包丁ですよ。ほらあんな大きな魚、普通の包丁じゃ切れないですからね」


 フォルテは職業病とも言うのか、見知らぬ人間を見ると皆が勇者に見えていた。

 その度にモニカにしがみつき助けを求めていた。


「大丈夫ですよフォルテ様。一国の王ですらフォルテ様の姿を知るものは一部のみ、ましてや勇者なんてフォルテ様のお姿を知るものは皆無ですよ」


「それなら、わざわざ僕が勇者の前に立たなくてもいいような・・・」 


 フォルテの悲痛な思いはモニカには届かず、楽しそうに屋台のほうへと向かっていく。

 その後を追いながらも、フォルテはどこか浮かない顔であった。


「まだ勇者を恐れてるんですか?せっかくの気分転換なのに浮かない顔して」


 モニカは元気のないフォルテに話しかける。


「いや、とりあえず安全なのは理解したんですが、帰ったらまたアコールさんの特訓が待ってると思うと、気が重くて」


 この前の戦い以降フォルテはアコールに師事を受け、日夜特訓に明け暮れていた。その訓練は体力的にはもちろん、精神的にも過酷なもので毎回訓練後のフォルテは精魂尽き果ててていた。

 そんなフォルテを不憫に思い、今回モニカは気晴らしに城下へ連れ出したのであった。


「フォルテ様、そんな気を落とさないで。せっかくの外出ですから、今日は日頃の苦労は忘れて楽しみましょう!」


 モニカはその持ち前の明るさでフォルテを励まし、その様子を見てフォルテも今を楽しむ事に決めた。


「フォルテ様!フォルテ様!?」


 突然モニカが驚きの声を上げフォルテの袖を引く、フォルテはモニカの食い意地に苦笑いしながら、彼女の視線と合わせその方向に目をやった。


「モニカさん、今度はなんの屋台ですか?」


 フォルテは辺りを確認し、モニカの好みそうな屋台を探す。

 しかし、いくら探しても目当ての屋台はなかった。

 そこにあったのは人混みと、はしゃぎまわる子供や仲良さげな老夫婦、子供を抱いた女性、賑やかに酒を飲みかわす男性などが見えた。


「モニカさん、何もないですよ?いったい、ん?あれは、たしか」


 フォルテはよくよく見てみると目に映る女性に見覚えがあった。


「えぇ、以前押し掛けてきたお姫様です」


 その女性は筋骨隆々で逞しく、隣で店を開く漁師風の男よりも逞しかった。確か名前はバラライカと言ったか。

 その身体からは他者を圧倒する威圧感と、寄せ付けない眼光が溢れ、そして腕には小さな子供が抱かれていた。


「えぇ?いつの間に生まれたんですか!?」


 この前まで婿すら募集していたお姫様が、いつの間にか子供まで生んでいることに驚きを隠せないフォルテ。


「しかも、あの子供の顔。見覚えありませんか?」


 モニカに言われ、フォルテはバラライカが抱く子供の顔をよく見てみる、それは人とは違うゴツゴツした薄緑色の肌、大きな鼻、つぶれた耳。まさにトロールのようであった。しかも誰かによく似ている。


「あ、あの顔!ボンゴさん!?」


 そう、その顔はボンゴに瓜二つであった。


「あの二人いつの間に、しかも手が早いことに子供まで生まれていたとは」


「いやぁ、ボンゴくんも奥手そうに見えてやりますねぇ」


 モニカの顔はにやにやが止まらず、フォルテは開いた口塞がらなかった。そうして二人はバラライカが通り過ぎるのをただ黙って見ていた。


「それにしても、ボンゴ君の回復力にお姫様の剛腕が加われば鬼に金棒ですよね。あの子供、将来期待できますよ」


 モニカは心底楽しんでいるように笑いながらフォルテに語る。


「あぁ、うん。末恐ろしいね」


 フォルテは、まさかボンゴに先を越されるとは思わずに軽いショックを受けていた。


「まさか、シンバさんにも先を越さなんてことは・・・」


 フォルテは周りで花開く幸せに少し嫉妬心を燃やしていた。

 つい意識して隣のモニカを見るが、彼女はいつもと変わらぬ様子で歩いていってしまった。


「意識しているのは僕だけですか、モニカさんだって少しくらいそんな素振りしてくれてもいいのに」


 フォルテは少し情けない気持ちでモニカに聞こえないように呟き、また気分が沈んでいった。

 なかなかはっきりしない自分のいけないと思いつつも、一向に付け入る隙を見せないモニカにもやきもきしていたのだ。

 フォルテが何かしらのきっかけを探していると、ふいにモニカが立ち止まった。


「えっ?モニカさん?どうかしましたか?」


 自らの考えを読まれたのか思い、一瞬言葉に詰まるフォルテ。

 立ち止まったモニカに並ぶ形で歩みを止め、モニカの顔をそっと覗き込む。

 モニカは何も答えることなく、ただ黙って人ごみの中を見つめていた。


「ど、どうしたんですかモニカさん?まさか、今度はシンバさんを見つけた、なんて言い出さないで下さいよ?」


 何も言わないモニカに焦りながら、必死になって目を凝らすフォルテ。やはりシンバの姿は見つからなかった。


「シンバさん、いませんねぇ。モニカさんの見間違いじゃないですか?」


 フォルテは笑って答えるが、なおも険しい顔を見せるモニカ。

 フォルテはもしや、先ほどの自身の言葉を聞かれ拗ねているのかと勘繰る。


「も、モニカさん。もしかして先ほどのこと気にされてますか?」


 モニカはなおも答えない。


「た、確かに僕も男ですし、魔王という地位もあって、引っ張っていく立場もありますが。なんというか、いまだ経験値も浅いものでそこはモニカさんにも協力して欲しいなと」


 フォルテは顔を赤くし俯きながらモニカに思いを告げる。

 そんなぎこちないフォルテの態度にモニカは口を開いた。


「あれは、勇者かもしれませんね?」


「えっ?」


 フォルテの想像とは別に、モニカは勇者の存在を嗅ぎ分ける。


「だから勇者ですよ!あの人の動きや体から発せられる気っていうんですか?なんか纏ってる空気が勇者のものと同じなんです」


「えっ!?あれ?今までの話は?」


「何言ってるんですかフォルテ様?外出だからって気を抜きすぎですよ!」


 動揺しるフォルテを叱るモニカ、どうやら彼女は怪しい人物の挙動を探っていたようで、フォルテの会話は耳に入っていなかった。


「す、すいません」


 いつもいい加減なモニカに言われ少し腑に落ちない気はしたが、今は先ほどの自分の恥ずかし言葉を忘れようと必死に辺りを見回す。

 しかし、辺りを見回しても勇者らしき人影は見当たらずフォルテは一度視線をモニカに戻した。


「あそこにいる男性です。ほら、こちらに背を向けて歩くぼさぼさ頭でラフな格好をした人です」


 モニカはいまだ勇者を見つけられないフォルテを察して対象人物を指さす。そこには確かに遊び人風の男が歩いていた。

 所々穴が開いたズボンに擦り切れたシャツ、足元はサンダルで手には買い物袋をぶら下げていた。

 その容姿はとても勇者には見えず、魔王城へ戦いに向かうより、近所に買い物をしに行くほうが合っていた。


「とても勇者には見えませんが」


 フォルテは見間違いかとモニカに尋ねる。


「確かに見た目はだらしないですが、あの体躯はそうとう鍛えられています。とても一長一短で作れる体つきではありません。それにあの足さばき流れるような体重移動は達人の域ですよ」


 モニカの目は真剣そのもので、とても冗談を言っている風ではなかった。


「僕には日頃の怠慢で蓄積した豊満なお腹と、朝から呑んでいるであろう千鳥足にしか見えませんか」


 フォルテの目には対象の男は違って見えていた。


「もし本当に勇者なのなら、なんであんな恰好で街をふらついているんでしょうか?」


 フォルテは素直に疑問を口にするが、すぐさま考えが浮かんだ。


「もしかして、偵察?」


「えぇ、そうかもしれません、あぁやってこの街、しいては魔王城の弱みを探っているのかもしれません」


 自ら仮説を建てたフォルテにモニカは同意した。


「とりあず、後を付けてみますか?」


 モニカの提案にフォルテは頷いて答える。

 そうして二人は勇者と思しき男性の後を付け繁華街を進んで行った。

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