知の勇者 ピアニカ その3

 静まり返った室内にピアニカの呟きのみが響いている。


「・・・・・神の恵みを・・・大地の恵みを・・・」


 ボソボソと断片的に聞こえるピアニカの声にアコールは感嘆する。


「ほう、人間の身でありながらそのような大魔法を唱えるとは」


 どうやらアコールにはピアニカの口ずさむ魔法の正体がわかったらしい。


「いまさら恐れても遅いぞ!ピアニカ様の大魔法でお前たちなど一網打尽だ」


 どうやらこのコンビの戦法はピアニカが一撃必殺の魔法を唱え、その間はチューバが彼女を守り抜くといったものらしい。そうなるとこの膠着状態は相手に取って有利でしかない。

 フォルテは一か八かピアニカの魔法を阻止すべく突っ込んでいく。


「そうはさせるか!!」


 しかし、そこにはチューバが盾を構え鉄壁の防御で立ちはだかっている。フォルテの特攻はなす術もなくチューバの盾に弾かれ、そのまま尻もちを付く。その際、フォルテの履いていたスリッパが宙を舞う。


「ぶわっ!!っぺ」


 フォルテの履いていたもこもこスリッパは無防備で詠唱していたピアニカの顔面にヒットした。

 その毛玉が口に入ったのか、盛大に吐き出すピアニカ。すぐさま駆け寄ろうとチューバはピアニカの方へと向き直る。


「そこで大人しくしていろ!すぐ楽にしてやるからな」


 チューバは再度詠唱を始めたピアニカを確認し、哀れに倒れこむフォルテに告げる。

 フォルテは為す術もない状況にただ黙って相手を見つめている。


「すぐには終わりませんよ」


 その状況を断ち切ったのはアコールの冷たい声であった。


「なんだと、?」


 アコールの言葉に、疑問と怒りを込めて返答するチューバ。ピアニカの魔法の威力を誰よりも信頼していたチューバはアコールの言葉の意味がわからずにいた。

 フォルテも立ち上がったが、アコールの意味するところがわからず立ち尽くす。


「いま勇者の唱えている魔法は、恐らくストーム。発動すれば確かに我々は吹き飛ばされ、この魔王城ですら崩壊する威力でしょう」


「ほぉ、よくわかってるじゃないか、なら醜い負け惜しみはやめるんだな」


 アコールの説明に、チューバは胸を張って誇らしげに返す。


「人の話はちゃんと聞くものですよ?私が言いたいのは、すぐには終わらないということです」


 アコールの言葉に疑問符を浮かべるチューバ。その様子をみてアコールはため息をつきながら話を続ける。


「これだけの大魔法、そうそう簡単に発動できるものではありません。それこそ何人もの術者が必要だったり、何日も前に準備して魔方陣を書き込んで、長い呪文を唱えたりしないと不可能です」


 アコールの冷たい目線はピアニカに向けられる。彼女はアコールの言葉の意味を察知しているのか肩を震わせて涙を流す、それでも呪文の詠唱は止めなかった。


「そんなに泣かれては、せっかく体に刻んだ紋章も涙で流れて消えてしまいますよ?」


 アコールは憐みの目線で悔し涙を流すピアニカを見つめる。


「そ、そんな、ピアニカ様?嘘ですよね?」


 やっと事態を察したチューバが、信じられないといった様子でピアニカに確認する。


「すべては魔王様の掌の上だったのです。やられた振りをして勇者の詠唱を破棄させる、頼りの大魔法が使えない勇者などもう恐れるに足りません」


 アコールの壮大な勘違いはさておき、フォルテの幸運が窮地を救っていた。


「ピアニカ様すいません。私が不甲斐ないばかりに」


 己の敗北を知ったチューバがピアニカに対して土下座をする。ピアニカはそんな彼を責めずに今だ詠唱を続け諦めずにいた。

 その勇ましい姿を見てチューバは、なお涙し床を叩いて悔しがる。


「国で厄介者とされてきたピアニカ様、それでも、それでも魔法の研究だけは必死に続けられた。それが実を結び、いつしか並ぶ者なき大魔導士へと成長され、迫害してきた民を、王を見返す機会が与えられたのに、やっとここまで来たのに、こんな結果とはあんまりです!!」


 これまでの苦労が水泡に帰し、肩を落として項垂れるチューバ。そんな様子を一同は物悲しく見つめていた。


「さぁ、魔王様。哀れな勇者に止めを」


 アコールがフォルテに止めを促す。しかし、フォルテにその意志はなく静かに首を振った。


「彼らをここで討つなんて、そんなこと出来ません」


 フォルテはチューバとピアニカの気持ちに胸を打たれ言葉に詰まる。もらい泣きしそうになるのを堪えるため遠くを見つめるフォルテ。

 アコールも釣られて遠くを見つめ納得したように話し出す。


「なるほど、魔王様のお考え、このアコール・ディオン察しました!」


 何を思ったのかアコールはコトを呼びつけ耳打ちする。


「アコール様かしこまりました!」


 恭しく一礼した後、コトはピアニカとチューバの元にいき一言二言話し、彼らを引き連れて姿を消した。

 一人状況の飲み込めないフォルテが呆然としていると、二人きりになった部屋でアコールがフォルテに話しかける。


「ここで勇者を討つより、生かして我が魔王軍の為に有効利用しようなどとは。さすが魔王様」


 アコールの話しについていけないフォルテ。


「とりあえず、勇者どもは魔王様の指し示した西の不毛地帯へと送りました、そこでストームを使用し、雨を呼び込めば土地の再生に使えますな」


「そ、そうか」


 フォルテは何とか相槌を打つ。フォルテが見つめた方角、そこには魔王領でも干ばつが続く不毛の地帯があった。

 それをフォルテの功績と勘違いしたアコールが勝手に指示をだし、一人フォルテの株を上げていた。


「本来ならば国家予算級の費用が掛かる大事業をこんな形で成就させようとは、さすがです、このアコール・ディオン感服致しました。それでは、魔王様の器の大きさと聡明な頭脳を改めて拝啓致しましたので、本格的なトレーニングメニューを考えるとしましょう」


 アコールは不敵な笑みを浮かべ、満足そうな顔で嫌がるフォルテを引きずって行くのだった。

 なお、勇者ピアニカはその後、数々の土地再生を成し遂げ偉大なる功労者としてその名を歴史に刻むのだった。

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