知の勇者 ピアニカ

「む、むむむ、はぁ!!」


 魔王城に設置されたトレーニングルーム、誰もいない空間に魔王フォルテの気合だけが響きわたる。

 喉を枯らし、気合を入れて突き出したフォルテの掌からは小さな火の粉が舞い散る。


「わぁ、フォルテ様、綺麗です」


 その幻想的な光景を目に四天王のコトは感嘆の声を上げる。そうして飛び散った火の粉は同じくほとばしるフォルテの汗によって儚く消え去る。


「消火もバッチリですね、フォルテ様」


「はぁはぁ、そんなつもりは、なかったんですけどね。やっぱり、僕の魔法では、とても攻撃に使えませんね」


 フォルテは疲れ果ててその場にしゃがみ込む。


「そんな事ないですよ!とても綺麗でしたよ。フォルテ様の火花、暗がりでやればきっとみんな見惚れますよ!」


 コトはそんなフォルテを元気づけようと笑顔で感想を述べる。


「別に宴会芸として練習してるわけじゃないからね?」


 フォルテは自身の力のなさを悔やみ、少しでも戦闘の助けになればと魔法特訓を実施していた。そこにはもちろん、勇者との戦闘時少しでも戦力になればと考えて事である。

 今のところ力のないフォルテが唯一希望を希望を見出せるものは魔法だけであった。しかし、その魔法も自力の特訓だけでは成長できずにいた。

 そのため魔法の特訓を仲間にお願いしたが、シンバはもちろんの事、モニカやボンゴは力と技で戦っていくタイプであったため、魔法の心得があるコトに訓練をお願いしていた。


「そもそも、私も魔法が使えると言っても幻術系が専門で、後は風魔法が少しですので、炎や闇の力を使うフォルテ様にお教えできるのは初歩の初歩だけですから」


「それは十分承知しているんですが」


 一通りフォルテの特訓に付き合った後に、コトは申し訳なさそうに告げてくる。


「やっぱりここは、魔王軍一の魔法使いアコール様にお願いした方が宜しいのでは?」


 そう、魔法に関しては魔王軍の智将、アコール・ディオンの右に出るものはいなかった。

 もちろん魔王のフォルテ自らが頼めば、魔法に関して師事してくれるであろうが、なによりその実力以上に忌み嫌われるアコールの性格に難があったため、彼に付きっきりで訓練をするのは精神的に無理だと諦めていた。


「さすがにアコールさんと特訓はちょっと、」


 フォルテは言葉を濁してコトに伝える。コトもフォルテの気持ちにを察してか、それ以上は薦めてこなかった。


「しかし、ずっと特訓しても今だ火の粉だけって。やっぱり才能なんですかねぇ」


 フォルテは一向に成長しない自分を卑下する。


「大丈夫ですよフォルテ様。そもそも一個人の魔法で大火力を出せる人は稀です。入念に準備した儀式魔法や、大人数を配置しての大魔法でもない限り圧倒的力を持つ勇者には歯が立ちません。私も魔法は姿を消したりちっと素早さ上げたりと補助程度しか使ってませんし」


 コトはフォルテを励まそうと必死に伝える。コトの主な任務は偵察・潜入なので、魔法も隠密行動に都合の良いものだけを身に着けていた。


『緊急、緊急!勇者の襲来です。各員は至急持ち場へ移動してください』


 そんな折り、城内に勇者の襲来を告げるアナウンスが鳴り響く。


「あぁ、なんだか久しぶりにちゃんとした警報聞きましたね」


 久々の正面からの勇者にフォルテは感慨深さを感じた。


「フォルテ様?なに感傷に浸ってるんですか?」


「そうだね、こうしている場合じゃない、急いで戻らないと!」


 走り出すフォルテにコトは落ち着いて答える。


「そんなに焦らなくても、とりあえずボンゴ様が出向いてくれてるはずですし」


「それなら余計急がないと!?」


 フォルテとコトではボンゴに対する信頼度は違うらしく、フォルテに急かされてコトは急ぎ広間までの廊下を急いだ。

 ちょうどその頃、城門前ではすでにボンゴが勇者を出迎えていた。


「正々堂々と正門からの討ち入りとは潔よし!俺は四天王が一人爆音のボンゴ。して、どちらが勇者だ?」


 ボンゴは目の前にいる男女二人組に話しかける。

 一人は大きな盾を持った重装備の男性騎士、もう一人は紺色のローブを着込みつばの大きい帽子で顔まで隠した魔法使い風の女性であった。


「私は護衛騎士であるチューバ。後ろに控えるのが我が主、勇者ピアニカ様である!」


 男の騎士チューバが名乗りをあげ、後方にいる勇者の女性はブツブツと聞き取れない声で呟いている。


「たった二人で、ここまでこれた事は褒めてやろう。だがお前たちの旅もここまでだ!」


 ボンゴは大見えを切りるが、目線は勇者ではなく城門に集まった野次馬に向ける。

 その先にはボンゴに熱い視線を向ける女性の姿があった。


「ずいぶんな大口を叩くな、それが体格と同じで見かけ倒しでないといいな。さぁ、やれるものならやってみろ!」


 ボンゴの気迫を正面から受けようと、チューバは大きな盾を構える。

 ボンゴはその大楯にも負けないほどの巨大な戦斧を振り回しチューバへと突進していく。

 盾と矛、両者の武具がぶつかり合い、周囲に甲高い音と火花を散らす。


「ぐぬぬぅ」


 チューバの盾に阻まれながらも、力で押し切ろうと力を込めるボンゴ。ボンゴの力にも屈せず耐え忍んで足を踏ん張るチューバ。二人の力は拮抗し膠着状態となっていた。

 二人の力比べに息をのむ観衆、そこに澄んだ声が空気を伝った。


「チューバ、ご苦労様でした。準備が整いました」


「誰だ?」


 ボンゴは声の主に気を取られる。それにより、チューバが後退した事に気づけず力を受け流されバランスを崩した。

 チューバはそのまま後退して距離を取る。体制を立て直し、再度武器を構えなおしたボンゴの周りには巨大な魔方陣が現れた。


「な、なんだこれは!?」


「もう、遅いです。エクスプロージョン!!」


 勇者ピアニカが力強く魔法を口にすると、ボンゴの体は爆炎に包まれその巨体は跡形もなく吹き飛ぶ。

 爆煙が引いたその場には、魔法の威力を物語るように巨大なクレーターだけが残っていた。


「さぁチューバ。行きましょう」


 ピアニカはチューバに声をかけると悠々とその場を後にし、城内へと足を踏み入れる。熱気の引いたその場には、野次馬の悲鳴と女性の嘆き声が響いていた。

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