友情の勇者 ロンボーン

 天気の良い昼下がり、フォルテはいつもと変わらずデスクに向かっていた。午前中に溜まっていた書類をあらかた片付け、今は余裕をもって業務に取り組んでいる。


「仕事も区切りがつきましたし、一休みしましょうか?」


 フォルテは目の前のソファに腰掛けるモニカに話しかける。シンバは午前中から出かけていて、今日は一日モニカと二人きりであった。


「いいですね。私お茶菓子持ってきますね」


 何か仕事をしていたわけではないが、食べる事に目がないモニカは声を弾ませて立ち上がる。


「では、僕はお茶の用意しますね」


 フォルテは二人分のお茶を用意すべくキッチンへと向かった。

 フォルテは、仕事をしながらも先の戦いで現れた神の存在がずっと心に引っかかっていた。お茶を準備し、モニカと向かいあって座ったフォルテは意を決してその話題を切り出すことにした。


「モニカさん、この前の件なんですふぁごが」


 話を切り出したフォルテの口に香ばしい焼き菓子が詰め込まれる。


「フォルテ様、この菓子絶品ですよ。どんどん食べて下さいね」


 モニカはフォルテの口をお菓子で塞ぐ、まるで彼に話させないようにしているようだ。フォルテはそんなモニカの態度から心中を察して一言だけ告げた。


「もごもご、時期が来たら話してくれると信じていますよ」


「かしこまりました」


 モニカにしてはしおらしく、返事を返した。フォルテはその態度で一応は納得することにした。


「ただいま戻りました」


 二人でティータイムを楽しんでいると、元気な声と共にシンバが部屋へと入ってくる。


「あ、シンバさんおかえりなさい。ちょうどお茶にしていたところなんです、よかったらご一緒にどうですか?」


 フォルテはシンバの労をねぎらいお茶へと誘う。


「いやいやフォルテ様、そんな場合ではありませんよ!?もうすでに勇者がきているんですから」


 シンバの口から予想外の知らせ聞き、飲んでいたお茶が口から溢れるフォルテ。しかし、いつもなら、いの一番で逃げるシンバが、逃げもせずに勇者の襲来を伝えてきたことに疑問を感じた。


「え?勇者?来てるの?まだ警報もなってないよ?」


「そうですね、何も聞こえなかったですね」


 フォルテは勇者襲来の警報を聞き逃したのかと思いモニカを見たが、モニカも首を振って答える。しばらく耳を澄ませて待ってみるが、やはりフォルテの耳には何も聞こえてはこなかった。


「フォルテ様、今回の勇者は城内には攻め込んで来ておりません。こちらに書状をお預かりしておりますので、お読みください」


 魔王城まで来ない勇者とは可笑しなことを言うとフォルテは思いながらも、シンバから手紙を受け取り封を開けた。


「えっと、私は西の遠方より旅して参った勇者ロンボーンと申します。この度は魔王殿を打ち倒すべく城下まではせ参じました。今回を魔王殿を討つにあたり、仲間を引き連れておりそのため皆で城内へと赴くことが難しく、つきましては下記場所までお越しくださればと存じます?」


 フォルテは丁寧に地図まで同封された手紙を震えながら読む。


「まさか魔王様を呼び出す勇者がいるとは、場所ってまさか学校の体育館裏とか駐車場とかですか?」


「そんな、子供のけんかじゃあるまいし」


 モニカは手紙の内容を聞いて笑っていた。城内に勇者が来ないのだったらこの場所が安全なのは間違いない。シンバが逃げださずにいる理由もよく分かった。


「フォルテ様?如何いたしますか?」


「行かない訳にはいかないでしょうね。でも、ここにいて相手をするならまだしも。わざわざ討たれに出向くなんて、なんか情けないな」


 フォルテは肩を落としながら渋々支度を始めるのだった。

 呼び出された場所は城から程近い平原であった、フォルテは指定場所についたとき目の前の光景を疑った。

 目の前には勇者と思しき男性、そして、その背後には数千を数える一軍が控えていたのだ。

 圧巻な光景に目を奪われるフォルテ、相手の軍勢に対してフォルテ率いる魔王軍はフォルテとモニカの二人のみであった。


「どうしますフォルテ様?今から戻って仲間招集かけますか?」


 固まるフォルテにモニカは耳打ちする。


「まさか軍隊で来るなんて、出来ることなら一旦も戻りたいですが。もう相手の勇者とめが合っちゃってますもん」


「では、私だけ戻って助け呼んできますか?」


「嫌!一人にしないで!!」


 フォルテは泣きそうな声になりながらモニカの裾を掴む。


「でも勇者っててっきり一人で来るか、多くても4,5人のパーティで来るのかも思っていたのに、予想外に大所帯ですね」


「あんなの、もう本当のパーティーじゃない!?もう戦争じゃないこれ!?」


 フォルテは勇者の卑劣な罠?に怒りを感じて毒づく。

 そんなやり取りをしている間に、勇者と思われる一人の男が近づいてきた。


「急な呼び出しにも関わらずご足労頂き痛み入ります。私は勇者ロンボーンと申します」


 ロンボーンと名乗った青年はフォルテに丁寧に挨拶を交わす。

 細身でいて長身、整った顔立ち。そして綺麗に磨かれた鎧に身を包み、兜には金でできた鷲が優雅に飾られている。赤いマントをなびかせて、まさに勇者といったいで立ちであった。


「我が、魔王のフォルテ13世である」


 一方のフォルテは勇者の後方に控える軍団が気になって挨拶もうわの空であった。


「勇者よ、其方の後方に控える人々は何か?」


 フォルテは、もしや部外者であるという極小さな希望を、切に望みながらロンボーンに尋ねる。


「あちらにいるのは、全て私のかけがえのない仲間に御座います」


 ロンボーンは後ろを振り返って後方に控える仲間たちに手を振る。

 その仕草に呼応して、数千の軍勢が一斉に雄たけびをあげる。


「まさか軍隊を連れて来るとはな・・・」


 希望を絶たれたフォルテは、つい嫌味を口にする。


「待たれよ魔王殿!彼らは軍隊ではない!私の旅に賛同し、共に戦うことを誓ってくれた掛け替えのない仲間達だ!」


 軍隊と仲間の違いに疑問を浮かべ、フォルテは再度後ろに控える人々を見る。

 よく見ると性別年齢、服装もバラバラで若い子もいれば、杖をつく老人もいる。鎧を着こむ戦士も居ればぼろ切れを纏った浮浪者風の男性もいた。


「あの者たちは、みんな旅の道中で仲間に加わったのか?どこかで雇い入れた訳ではないのか?」


 フォルテは再度ロンボーンに確認する。戦闘の素人も含まれるのならば、全員が襲ってくるという悪夢はなさそうだ。


「あぁ、そうだ。旅の始め、国を出る時は私は一人だった。しかし、長い旅を続ける中で信頼できる友に出会い、それが一人、また一人と増えていった」


 ロンボーンは後ろを振り返りながら説明を続ける。


「隣国で衛兵として働いていたドノガン、迷いの森で出会った狩人のレイミ、道中盗賊に襲われていた商人のミゲルに襲っていた盗賊のファーマス。都のお店で出会った娼婦のソラリスに、物乞いのランドリフにあの子は、確かシマカウスだったかな?えーっと、それから」


 ロンボーンは、後半になると顔と名前が一致せず思い出すのに苦労していた。

 しかし、戦闘職の仲間はいいとしてそれ以外の仲間も多くいた、ロンボーンの説明では、大工やコックといった一般的なものから盗賊や死刑囚、テロリストや迷子など一緒に連れて来てはダメなメンツも多くいる。


「勇者よ、仲間選びに基準とかあるのか?」


 フォルテは統一性のない集団に疑問を持って伺う。


「絆に資格なんてない!真に心が通じ合うかどうかの問題だ!」


 ロンボーンは熱く友情を語るが、どうやら仲間にする判断基準は誘って付いて来れば誰でもいいようだ。

 しかしこの大所帯、まともに相手をするとなるとフォルテとモニカだけでは荷が重い。何とか城内と連絡を取って援軍を呼ばないといけなかった。


「それで、まさかその仲間たち全員でかかってくるのか?」


 フォルテはロンボーンに確認する。


「もちろんそうだ!我々は一心同体、強いきずなで結ばれているからな。そのために狭い室内でなく広い荒野まで呼び出したんだ!」


「ちょっと待て、こちらにも準備というものが、」


 どうやら、ここに呼び出した理由はたんに仲間が多くて城に入れないからだったらしい。

 慌てたフォルテが準備を整えるために、一時休戦を申し込もうとしてた時ロンボーンの仲間が駆け寄ってくる。


「勇者様、勇者様!!」


「えーっと君は、まぁいい、どうした?」


仲間の名前を思い出せないロンボーンは開き直って要件を伺う。


「また、山賊と海賊が喧嘩してます!!」


「またぁ!?」


 山と海、名前からして相いれない関係性をフォルテは感じた。


「それと詐欺師が勇者様の名前を語って悪さしていたそうで、被害届が来ています」


「なんで勝手に人の名前使うかなぁ!?」


 先ほどまで語っていた固い絆が脆くも断ち切られていく。


「それと娼婦が懐妊したそうですが、誰の子かわかりません」


「え!?俺以外にも手を出してたやつがいるの?」


 魔王と戦う前に勇者の抱える問題はどんどんと肥大化していく。


「これは戦いどころじゃなさそうですね」


 モニカがフォルテに耳打ちする。フォルテは黙って勇者の動向を見守る。


「魔王殿!すまないが、急ぎの用が出来た故、戦いは一時休戦と致したい!」


 しばらくすると、戦いどころではなくなったロンボーンはフォルテに休戦を申し込む。


「あ、うん、いいよ」


 あまりに可哀そうになったフォルテは、快くロンボーンの申し入れを飲んだ。


「かたじけない。それでは」


 そう言ってロンボーンは仲間の元に走って行く。手には怒りを込めた剣を握って。


「なんか疲れましたね。あの様子では仲間内のごたごたは当分解決しそうにありませんね」


 モニカがフォルテを労って話す。


「うん。帰りに甘い物でも食べて帰りましょうか」


「はい、フォルテ様」


 モニカは上機嫌で返事を返す、フォルテは気心知れた仲間に安心感を覚えながら帰っていった。

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