勇者ロボ ヴォット

 その日魔王城の会議室では緊迫した空気に支配されていた。居合わせた面々が一応に口を閉ざし、目の前に置かれたモニターに注目している。

 全ての始まりは、魔王軍偵察部隊が持ち込んだ一つの映像であった。


「御覧のように、我が魔王軍の20名からなる一個小隊が、ものの数分で全滅しております」


 画面に映し出された映像には、小隊が駐留していた野営地から煙が上がる様子が移されていた。最大望遠で撮られた画像は粗く、攻撃の詳細までは確認できなかった。

 しかし、その悲惨さは画面から伝わり、会議に集まった軍の上層部たちは一様に口を紡いでいた。


「これを勇者一人の力で行ったのですか?」


 フォルテは沈黙に耐えかねて言葉を発する。


「はい、魔王様。信じられないかもしれませんが、その通りです」


 司会進行を担っている猿の獣人は可愛らしい尻尾を振りながら答える。

 彼女は魔王軍の誇る四天王の一人コト、綺麗に整えられたブロンドを全身にまとい、愛くるしく大きな瞳と可愛らしい表情を備えていた。

 コトはその種族特有の身軽さを生かし、魔王軍でも諜報、偵察任務を専属に行っていた。戦闘任務が少ないため、装備も軽装で可愛らしい皮の胸当てとデニムのハーフパンツとラフな姿であった。


「それで、その勇者がここまで到達するのは何時になるの?」


 フォルテはコトの振られる尻尾に目を奪われながら伺う。


「侵攻速度は目を見張るのもがあります。早ければ明日かと」


 コトは語尾を弱めて報告する。それにつられ尻尾もしょんぼりと下を向いてしまった。フォルテもあまりに時間のない状況で頭を抱える。


「悪戯に兵を出しても、ゲリラ戦に持ち込まれこちらの兵力を削られる。持久戦に持ち込もうにも、人間離れした体力で一向に消耗する気配が見られません」


 コトは申し訳なさそうにフォルテに報告する。

 その後有効な解決策も出ないまま議会はお開きとなり、フォルテは失意のまま自室へと戻っていった。


「まったく、今回の勇者は何なんですか!?今まで見てきた勇者と比べても別格すぎます!」


 もどってくるなりデスクに座って頭を抱えるフォルテ、シンバは彼にお茶を差し出し、フォルテと共に戻ってきたソファに座るコトに話しかけた。


「コトちゃん、本当に何とか出来ないのかい?」


「会議に出てなかったシンバにはわからないと思うけど。小細工くらいで何とかなるレベルじゃないの!それとちゃん付けはやめてって言ってるでしょ!」


 シンバとコトは同郷、同年代であり、昔からの顔なじみであった。


「ご、ごめん。でも本当にもう手立てはないの?」


 しょんぼりと耳を折りたたんむシンバにコトは首を横に振る。


「まだ希望はあるわ。どんなに勇者が強くても、こっちがそれ以上の力をもって制すればいいのよ!!」


 コトは目を輝かせて力説する。コトがそこまでいうほど魔王軍で圧倒的な戦力を有する人材は一人しかいなかった。


「おはよーございます」


 その本人が間の抜けた挨拶をしながら室内へと入ってくる。


「モニカお姉さまぁ!!」


 コトが目を輝かせながらモニカに近づく。


「あれ?コトちゃん。こんなところに珍しいね」


 モニカはコトに笑顔を向ける。その姿を見てコトは顔を赤くしながら、尻尾を振って喜んでいる。

 コトの正直な反応通り、彼女はずっとモニカを慕っていた。


「モニカさん!ちょっと態度が慣れ慣れしくありませんか?」


「そ、そうかなぁ?普通だと思うけど」


「ちょっとシンバ!!お姉様に向かってなんて口の利き方なの!?」


「まぁ、まぁ二人とも落ち着いて下さい」


 モニカを挟んで言い合う二人、この絶妙な三角関係をフォルテの声が割って入る。怒りの表情を向けて話すシンバをコトが目線だけでいなし、コトが話しを進める。


「お姉様、それが。今回の勇者はかなり手ごわいみたいなんです。そこで、万全を期してお姉さまのサポートに回るべくこうしてお待ちしておりました」


「へぇ、コトちゃんと一緒か、それは心強いね」


 シンバの嫉妬心を他所に女性二人は楽しく会話を続ける。そんな中、フォルテだけが今回の戦いに不安を残していた。


「あ、あ」


 ふと声を上げたシンバの方を見ると、先ほどまでの怒りの表情から恐怖の表情へと変化していた。


「シンバさんどうしたの?」


 フォルテはシンバに尋ねる。


「き、きました、、、勇者です!!」


 いつもは真っ先に逃げ出すシンバが、今日は男を魅せて逃げ出さずに報告する。


「そんなはずはないわ!?いくら何でも早すぎる!」


 シンバの言葉に驚きを隠せないコト、しかしフォルテとモニカはシンバの耳を疑うことはなかった。


「コトちゃん!急いで迎え撃つ準備して!さぁ、フォルテ様!行きますよ!!」


「ぼぼぼ、僕も行きますよ!コトちゃんに恥ずかしい姿は見せられませんから!」


 嫌がるフォルテと珍しくやる気を見せるシンバ、しかし双方とも体は正直で小刻みに震えていた。

 急いで戦闘準備をするコト。フォルテたちも急ぎ通路を抜けて隣の大広間へと向かう。


「しかし、飛んで火に入る夏の虫とはこのことです。城内には他の四天王もいますから、そう簡単には突破出来ないはずですから」


 コトは落ち着きを取り戻して言う。


「えーっと、もうボンゴさんなら、もう倒されちゃったみたいです。あと残ってるのは我々だけですね」


「なんなのそれー!?」


 シンバの情報にコトは悲鳴をあげる。


「フォルテ様!」


 シンバは前を歩くフォルテに話しかける。


「どうしたの?シンバさん」


「その、勇者ですが、、もう居ます」


「え?」


「すでに勇者は隣の広間で待っています!!」


 フォルテは通路の先、桁違いの力を持つ勇者が待つ部屋を見つめた。大広間へと続く扉は、いつも以上に重苦しく感じる。

 扉に手を掛けたフォルテは、緊張からかなかなか開くことが出来ずにいた。

 そんな彼の手をモニカは優しく握る。


「大丈夫よフォルテ様。どんな化け物が相手でも私が負ける訳ないでしょ?」


 みんなに緊張が伝播する中、モニカだけは期待感からか高揚がみられた。

 フォルテは、もちろんモニカの実力は他の誰より信じているが、今回は不安が拭えなかった。


「そ、そうですフォルテ様!私も怖いですがコトちゃんを全力で守ってみせます!!」


 シンバも震えながらフォルテに声をかける。


「私もいますからね!モニカお姉様には指一本触れさせませんわ!」


 コトも気合い十分といった感じで後に続く。しかし、そこには護る対象としてフォルテは含まれていなかった。

 皆の想いに押され少し気持ちの軽くなったフォルテは、勇者の待つ広間の扉を押し開けた。

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